二、俺の体を返してくれ【12】
見た感じ、四十代くらいだろうか。長い銀髪を一つに束ね、スラリとした体格のその男は、入ってきた瞬間に無言でカイルを睨みつけてくる。
(な、なんだよ。俺が何かしたか?)
カイルはその男から身を引いて、カウンターへの道を開けた。
男が問いかけてくる。
「『言の葉』を送りたいのだろう? ならばその代金は私が払おう」
「誰だよ……お前」
訊ねたが、男は答えなかった。
無言でこちらに歩み寄ってきて、そのまま片腕を強く掴んでくる。
カイルは驚いた。
「な、なんだよ、離せ!」
振り払おうとしたが、男は見かけによらず力強い。
「用事はそれだけか?」
「だから、誰なんだよお前」
「用事が済んだら私と共に来い」
否応無しにぐっと腕を引っ張られる。
「離せよ!」
言い知れぬ嫌な予感に、カイルはその男の手を激しく振り払った。
警戒に数歩後退して、男との距離を置く。
「誰だよ、お前。アレクの知り合いなのか?」
男はクツクツと肩を震わせ笑った。
「どうやら本当にアレクではないようだな」
「……?」
どういうことだ?
男が無言で詰め寄ってくる。
逃げることへの反応に遅れて、カイルは再び男に片腕を掴まれた。
「お前を王宮へ連れて帰ることにした。くだらない用事にかけている暇はない。さっさと来るんだ」
「ちょ、待てよ」
引っ張られる腕をカイルは踏み止まって抵抗する。
「俺はアレクじゃない」
「そんなことはわかっている」
「──え?」
「黙って私と共に来い」
油断したこともあって、男から腕を引かれた時にカイルは数歩、前のめるように進んだ。踏み止まることができず、男が歩く勢いのままに引きずられていく。
「ちょ、待て──」
カイルは男の掴む手を空いた手で掴み返す。そして、
「待てって言っているだろ!」
ようやく男の手を振り払って、数歩後退した。男を睨み据えてわめく。
「説明ぐらいしろよ! こっちは何がなんだか分からねぇだろ!」
「……」
男は無言のまま懐に手を入れ、そこから一丁の拳銃を取り出した。
カウンターにいた郵便屋の老人が只事でないことを察し、慌てて席を立って逃げ出す。
男は躊躇うことなく、銃口を老人に向けて発砲した。
ドサリ、と。
老人がカウンターの向こうで倒れたことが音となって伝わってくる。
「なっ──!」
「動くな」
銃口をカイルに向け、男は冷静にそう告げた。
動きを止めるしかないカイル。耐えるように拳を握って奥歯を噛み、男を鋭く睨みやる。
「死にたくなければ私の言葉には素直に従え。二度は言わん」
男が本気であることを知ったカイルは握り締めた拳を緩め、大人しく男の言葉を了承する。
「……わかった」
銃口をカイルに向けたまま近づいてくる男。
腕を掴まれ、カイルは外へと連れ出されていく。
待っていたかのごとく店の出入り口扉が開き、外から三人の体格の良い男たちが入ってきた。
同じ服装であることからして、恐らく仲間なのだろう。
逃げ道を塞ぐようにして囲まれ、外へと連れ出されたカイルは、すぐ側に待機していた黒塗りの馬車へと乗せられた。