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俺がアイツでいる理由。  作者: 高瀬 悠
第一章 託された願い
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一、託された願い【2】


 心地よい風が窓から吹き入る進路指導室A。その室内はこざっぱりとしていた。簡易な机とパイプ椅子が部屋の中心に置かれている。部屋隅に寄せられた書棚にはたくさんの資料がぎっしり埋め込まれており、見ているだけでも頭が痛くなってきた。

 そんな一室で、黒髪をきっちりと結い上げた生真面目な女性教師──ステイル教師の姿はあった。大胆な開襟シャツに丈の短いスカートからすらりと伸びた美脚を組んで椅子に座っている。

 そのステイル教師の机上にはハッキリ『退学届け』と書かれた書類が置かれていた。


「どうぞ、座って」


 向かい側に座るよう席を勧められる。

 座るしか選択の余地はないカイル。自然と目は『退学届け』の書類にいく。

 その視線に気付いてか、ステイル教師が口元をハッと押さえて、慌てて机上の書類を片付け始めた。

 カイルは怪訝に眉間にシワを寄せ、首を傾げる。

「なぜ片付ける必要があるのですか? 俺は退学なんですよね?」

 えっ! と驚いた表情でステイル教師は問い返す。

「もしかして、あなた退学を?」

「──も?」

「違うの?」

「俺は退学手続きを受ける為に呼び出されたのではないのですか?」

「誰がそんなことを?」

 真顔で問い返してくるステイル教師に、カイルはようやく級友に騙されていたことを知った。きっと今頃、取り乱すカイルの姿を想像してどこかで笑っているに違いない。いつものことなので、まぁいいやと軽く流す。それより──

「誰か退学するんですか?」

 ステイル教師はカイルに向けてニコリと微笑んだ。

「それを知ったところで、あなたの居眠りの罰が消えるわけでもないでしょう?」

「それもそうですね」

 ぴしりっ、と。どこに隠し持っていたか、ステイル教師の手から飛んできた輪ゴムがカイルの額に見事に当たった。

 痛む額に手を当て、カイルは言葉を続ける。

「すみませんでした」

「その言葉、最初に聞きたかったわね」

 ステイル教師の表情がようやく教師らしい顔となる。感情を隠し、口を横一文字にして、

「もしあなたが私のスカウトした子供じゃなかったら、とっくに退学処分にしていたところよ。いったいどういうつもり? 全ての授業で居眠りするなんて。昔のあなたからは想像もつかない姿ね。もう少し真面目に授業参加できないかしら?」

 沈んだ面持ちで、カイルは問い掛ける。

「ステイル教師。なぜ、俺をスカウトしたんですか?」

「あら。今日はいつになく真面目な質問をしてくるのね」

「茶化さないでください。俺は真面目に訊いているんです」

 フフと笑ってステイル教師。

「何度訊いても答えは同じよ、カイル。それは教えてはいけない規則になっているの。自分で理解しなさい」

「俺は聖魔騎士になる資格なんてないんです。クラスに迷惑をかけているなら俺を退学処分してもらって結構です」

「資格がないなんて、なぜそう思うの?」


「卒業までに魔剣を扱えなければ、聖魔騎士はおろか警邏隊にだってなれません。魔剣が騎士としての攻防の常識ならば、俺は誰も守ることができないからです。実技も負けてばかりだし、魔剣を使っての護身法も、反射的な状況判断も何一つ満足にできません。

 当然、卒業までに習得できる自信もないですし、このまま在学していても学校始まって以来の超一般人として恥じながら卒業していくだけです」


「いわゆる『落ちこぼれ』と言いたいわけ?」


「わざわざ遠回しに言っているのに、そんなあっさりストレートに言わないでください。その言葉は結構精神的に応えるんです」


 ステイル教師は肩を落として呆れのため息をついた。


「今まで十年間、あなたはこの学校で何を学んできたの? 聖魔騎士が何の為に王様を守るのか、警邏隊が何の為に存在するのか、それをもう一度考え直してもらわないと卒業させられないわね」


「それって留年しろってことですか?」


「当然よ。理解するまで何十年だってこの学校に居てもらうわ。いい? あなたが無能なら私も無能。あなたをスカウトしたのはこの私よ。

 あなたは聖魔騎士になれる素質を充分に持っているわ。それを──」


 ガチャリと突然ドアが開き、

「失礼します」

 ノックもせずに入室してきたのは、カイルと同じ年頃の金髪の少年だった。清楚感のある短めの髪。人形のように端整な顔立ち。透き通るような空色の双眸は宝石のようにきれいで美しく、着ている詰襟の黒い高級な軍服は、とても彼に似合っていた。

「あの制服……聖魔騎士候補生……」

 将来を有望視されている候補生。離れ校舎で同じ騎士の教育を学ぶ優秀な生徒の一人である。

 カイルは自分の制服を見つめた。

 茶色の安っぽい生地の軍服。彼らが高嶺の存在であることを思い知らされる。

 その候補生はカイルの存在などお構いなしに真っ直ぐにステイル教師へと歩み寄り、言い放った。

「何か頼み事はないですか?」

 言葉に愛想も主語もない。

 ステイル教師は冷たい態度で候補生を見上げて、

「今のこの状況を見て、あなたは何も思わないのかしら? 大切な話をしているから後にしてちょうだい」

「それは困ります。今すぐ答えてください」

「またカルロウ教師を怒らせたのね。これで何度目? あなたも懲りない生徒ね」

 候補生は表情を変えず、淡々と言葉を返す。

「彼が勝手に怒っているだけです。僕のせいではありません」

 ステイル教師は重いため息をついた。一瞬だけカイルに視線を向け、再び候補生へと視線を戻す。

「わかったわ。じゃ、明日の実技で使用する魔剣を一本、町から買ってきてくれないかしら?」

「わかりました」

「この子と一緒に、ね」

 ステイル教師は顎先でカイルを示した。

「俺も一緒にですか?」

 カイルは自分に指を向けた。

 候補生の目がカイルへと向く。


 カイルと候補生はしばし目を合わせた。


 候補生は少し考え込むように間を置いた後、

「わかりました」

「ちょっと待ってください、ステイル教師!」

 カイルは思わず『待った』をかけた。

 首を傾げてステイル教師。

「何か問題でも?」

「問題も何も、俺は次の授業に出ないと──」

「出なくて良し」

「でも単位が──」

「全ての授業で居眠りしているあなたが『単位』という言葉にこだわるのはどうかと思うわ。あなたの単位は在って無いようなもの。担任は私。卒業を決めるのも私。

 彼と一緒に買い物に行ってきてちょうだい」

「……はい」

 承諾するしか余地はなかった。仕方なく返事をして気だるく立ち上がると、愛想のない候補生とともに進路指導室を後にした。




 


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