二、俺の体を返してくれ【10】
四本とも、ほぼ似たようなデザインだった。
カイルはその内の一本を手に取り、木箱から取り出していく。
あまりの感動に声が震えた。
「ゆ、夢じゃない……。夢であってたまるもんか」
俺はこの感動を一生忘れないだろう。
緊張のせいか、それとも感動のせいか。魔剣を掴んだ手が小刻みに震えて力が入らない。
それでもカイルはぎゅっと、その手で実感を味わうように魔剣を握り締めていった。
感触を肌で感じる。
自分の手に合った、ちょうど良い形。重くもなく、それでいて軽くもない。全ての迷いを消し去ってくれるよな安心感。今まで触れてきた魔剣とは何かが違った。
「すげぇ……」
思わず感嘆の声が出る。
今度はその魔剣の鞘と柄とに持ち替えて、軽く力を込めて握り締める。
抜剣するべく、そのままゆっくり左右に引いて──
「あ、あれ?」
引いて──
「あれ? おかしいな」
魔剣が鞘から抜けない。
さらに強い力で思いっきり鞘から引き抜いてみる。──が、抜けない。
「な、なんでだよ……。俺のやり方が違うのか?」
魔剣ってこうやって抜くもんだよな? 普通。
片手に持ち替えて見つめ、眉間にシワを寄せてうなり考え込む。
他にどんなやり方があるだろうか?
その一、鞘を割ってみる。その二、壁に叩きつけてみる。その三、念じてみる。
(ダメだ、こんなこと。俺の頭がイカレているとしか思えない)
まぁたしかにこの魔剣が普通じゃないと言えば普通じゃないのかもしれない。元はシン聖魔騎士が使っていた魔剣だ。普通のやり方と違うのかもしれない。
何かこう、特別な──
カイルはハッとした。
「まさか呪文のような言葉が必要だったりするのか……!」
手紙のことを思い出し、空いた片手でもう一度手紙を開いて目を通してみる。
黙読し、カイルは手紙から魔剣へと視線を移すと、ごくりと唾を飲み込んだ。
真剣な表情で唱える。
「クランク・スィ・トゥーザ・キース」
ばんっ! と、突然黒い木箱の蓋が激しい音を立てて閉まる。
カイルは心臓が止まりそうになるほども驚いて、びくりと身を震わせた。
「…………」
いや、違うだろ。
「──って、なんでこっちが閉まるんだよ!」
カイルは木箱にすがりついた。蓋を開ける隙間を探す。
「あの言葉の意味は蓋の開け閉めなのか!? オイ、こら開け! 開けって言ってんだろ! なに勝手に閉まってんだ! 魔剣をまだ一本入れていないだろ! 開け、このッ!」
木箱相手にひたすら格闘し続けるカイル。
しばらくそんな時間が過ぎた後。
カイルはふと、我に返った。
「あ、そうか。またあの言葉を言えば済むわけか……」
冷静を取り戻し、自分に情けなく項垂れながら、もう一度呟くようにしてあの言葉を唱えた。
※
気がつけば。
そう、気がつけば自動照明灯のおかげで、外が暗くなっていたことさえわからなかった。
魔剣は結局全て鞘から抜くことはできなかった。
要領が悪いのか、はたまたやり方が間違っているのか。もしかしたら魔剣が自分のことを受け入れてくれていないのかもしれない。
「たしかに俺はアレクじゃないしな」
ご主人様のことはちゃんとわかっているってことか。
魔剣を木箱の中に収納し、呪文を唱えて蓋を閉める。
大あくびをしながら体を伸ばして軽くストレッチをし、カイルはそこから立ち上がった。
気だるい足取りで書斎部屋をあとにする。
部屋中のカーテンを閉めて回り、そして寝室に入ってベッドにごろんと横になる。
仰向けに寝転がって、手に持っていた例の写真と手紙を掲げて眺めた。
改めるように、カイルは自分が写った三枚の写真を扇状に広げてもう一度見つめる。
(いったい誰が? 何のために……?)
自分が写る二枚は別として、あとの一枚は明らかにアレク以外の人間が撮影している。
(誰かがストーキングしているというのか?)
呆れるように鼻で笑って、カイルは重いため息を吐いた。
「なわけねぇか」
だったら今、何らかの形で俺に脅しをかけてきてもおかしくないはず。だが、そんな気配なんて全く感じられない。そんなことより──
「アイツ、最初から俺のことを知っていて近づいてきたんだな」
初対面から変な奴だと思っていたが、まさかこんな裏があったなんて。
ますますアイツのことが分からなくなってきた。
「全ては計画的だったというわけか」
空いた片手で顔を覆い、舌打ちする。
「まさかアイツ、体が入れ替わることまで計画だったんじゃないだろうな?」
いったいどんな方法でだよ。と、呆れるように内心で自分に突っ込む。
体が入れ替わったのは偶然の事故。だが、たとえ何らかの奇跡が起きて体が入れ替わってしまったとしても、全部アイツの都合の良いように事が運んでいる。
『君は学校へ戻って、そのまま聖魔騎士を目指すんだ』
顔を覆っていた手を拳に変えて、激しくベッドに叩き込む。
「こんな姿になってまで、俺は聖魔騎士を目指すつもりなんてないからな」
むくりとベッドから起き上がり、手紙と写真をポケットに突っ込む。
「俺の体は何が何でも取り戻す。だから首を洗って待ってろ、アレク」
カイルは再び行動を開始した。