二、俺の体を返してくれ【9】
「な、なんでこんなところに……? アレクとは知り合いだったのか?」
この写真だけではアレクとラフグレ医師の関係が深いのか浅いのかわからない。
カイルに嫌な予感が駆け巡る。
「どういうことだ? それに俺──」
写真を見つめて、呟く。
「この時の会話なんて全く覚えていないんだが……もしかして、なんかヤバイ会話でもしていたのか?」
ふと、カイルは三つ折りにされた手紙に目をやった。
恐る恐る手紙を開いてみる。
その手紙には綺麗な字で短くこう書かれてあった。
【書斎の部屋へ行き、右側の部屋隅に長方形の黒い木箱がある。
クランク・スィ・トゥーザ・キース】
「書斎の部屋……?」
カイルは首を傾げた。書斎部屋はここである。なぜここに隠されていたのに『行き』と書かれているのだろう。
不思議に思いながらも、カイルは周囲を見回してみた。
「右側……。右側の隅──あ、あった。これか」
自分の斜め後ろの四隅にぴったりと違和感無く置かれてある黒い木箱を見つける。
「へぇ。木箱だったのか、これ。てっきり椅子かと思っていた」
大きさとしては両腕を伸ばしたくらいの長さ。高さは腰掛椅子にちょうど良い。
カイルは黒い木箱に歩み寄ると、そこに座り込んだ。木箱をじろじろと怪しげに見回したり、触れたり叩いたりして調べ始める。
……うん。普通の木箱だ。
開き口の無い木箱を前に、カイルは呆然する。
(アイツ、いったい何が言いたかったんだろう?)
手紙の趣旨がつかめない。
カイルはため息をついた。
もう一度、手紙に目を通してみる。
「木箱があったからって、いったいなんだというんだ? 木箱がそんなに重要なことなのか?」
まさか。
カイルはハッとする。
「もしかしてアレクの奴、この木箱を作った人物の元へ会いに行ったんじゃ……」
導き出した答えに、カイルは思わず立ち上がった。ぐっと拳を握り、自信に満ちた答えを口にする。
(きっとそうだ。アレクはそいつに会いに行ったんだ。その人物の名前こそが──)
「『クランク・スィ・トゥーザ・キース』」
カチン、と。
木箱から内鍵が解除されるような金属音が聞こえてきた。
(ん?)
カイルは木箱を見下ろす。
(今、何か音が聞こえてきたよな……?)
木箱の前にまた座り込んで、もう一度調べてみる。
すると、さっきまで何の変哲もなかった木箱の側面に、蓋であることを示す数センチの隙間ができていた。
カイルは我が目を疑った。
「まさか仕掛けがあったというのか? しかも音声でかよ……。すげぇ。なんか、まるで魔法みたいだ」
不思議に思いながらも木箱の上部分に手をかけ、ゆっくりと押し上げていく。
独特な軋み音を響かせながら開いていく蓋。
完全に開いたところで、カイルは木箱の中をのぞき込んだ。
「…………」
表情を固めたまま、黙って蓋を閉じる。
カイルは片手で顔を覆い、ふるふると頭を振って現実逃避をした。
「嘘だ、何かの間違いだ。これは夢だ。俺は夢を見ているんだ」
ため息をつく。
そしてもう一度、カイルは蓋を開けてみた。
木箱の中には幾重にもクッションとして置かれた上品なシルク生地の上に、優しく大切に置かれた四本の魔剣があった。触れることを躊躇わせるような、国宝級の雰囲気を漂わせている。
(これはきっと、絶対に俺なんかが気軽に触れてはいけない物だ)
直感がそう断言する。
古き時代より引き継がれてきた魔剣なのだろう。なによりアレクはあのシン聖魔騎士の息子なのだ。当然、親から子へと引き継がれていてもおかしくはない。
カイルはごくりと生唾を飲んだ。
「こ、これが……シン聖魔騎士の魔剣……」
幼い頃からずっと憧れていた人物が愛用していた魔剣──いや、聖魔騎士を目指す者なら誰もが憧れてやまない物──それが今、自分の目の前にある。
自分の心に悪魔がささやいた。
良心がグラグラと揺れる。
(ほ、ほんの少しだけなら触ってもいいよな?)
そんな衝動に、カイルは魔剣に手を差し伸べる。だが、
(いやダメだ。触ったら自分の手垢がついてしまう)
すぐに手を引っ込め、欲望を耐えるように服でその手をこすり合わせながら諦める。
──ん?
何かに気付いて、カイルは自分の片手を見つめた。
そのままゆっくりとした動作でポンと手を打ち合わせる。
「そっか。俺、今はアレクだったんだ……」
だったら触れることも許されるはずだ。
納得したところで、カイルは木箱の中にそっと手を差し入れた。
壊れ物を扱うかのごとく、そっと一本の魔剣に触れてみる。