二、俺の体を返してくれ【8】
カイルはきょとんとした顔で、しばし自分の真上にある引き出しの底を見つめていた。
(音がしたよな? 何か軽い物が落ちてきたような──)
たしかこの辺で……。
カイルはそっと手を伸ばし、引き出しの底に触れてみる。
その瞬間、ハッとする。
慌てて机の下から飛び起きて立ち上がり、急いでその引き出しをもう一度開けてみる。
そこに入っていたのは一枚の白い封書だった。
(なぜだ? さっき見たときはたしかに空っぽだったのに……)
何か仕掛けでもしていたというのだろうか? 恐らくさっきの衝撃で引き出しの中に落ちたと思われる。
(裏に隠していたというのか? でもいったいなぜ──?)
何の為にこんなことをしてまで隠す必要があったのか?
カイルは不思議に思いながらも、その手紙を手にとってみた。
封書はどこでも見かけるような正方形の、普通の封書だった。
名宛すら書かれていない、真っ白な表面。
ただ、裏を返してみたときに、この封書が普通の封書ではない特別な物であることを示すことがされていた。
(赤い蝋燭印……?)
しかも開封された後のようで、印はすでに割れていた。
その印を重ね合わせてみて、カイルは首を傾げる。
赤い蝋燭を使用するのは王族か高級官僚の貴族。それがどこの誰かというのは、封書口に押す紋章で分かるとされていた。
「この紋章、どこかで見たような気がするんだよな……」
はて、どこだったか。
薄ぼんやりした記憶の中を探してみたが、思い出すことはできなかった。
「まぁいいや」
カイルは封書の口を開き、中を見てみることにした。他人宛の手紙を盗み見するのはあまり気分の良いものではなかったが、彼の行方を知る重要な手がかりとなるものがこれしかないのだ。
封書の中に入っていたのは一枚の手紙と数枚の写真だった。
カイルは手紙よりも先に、写真を見てみる。
写真に写っていたのはアレクとその家族だった。
黒い軍服姿のシン聖魔騎士と、その隣には煌びやかなドレスを着た美女。その女性の腕の中には白い産着に包まれた赤子がいて、二人の間にはドレス姿の女の子が椅子にちょこんと座っている。
カイルはその写真を見て微笑した。
(へぇ、お姉ちゃんが居たのか。……楽しそうに笑っているな)
自分は家が貧乏だったので家族写真なんて高価な物は持っていないのだが、でももし自分も撮ってあったとしたら、きっとこんな感じだったんだろうな。
カイルは次の写真へとめくってみた。
──が、急に笑みを消す。
二枚目の写真はあの女の子が少女へと成長しており、表情は暗く、だが敵意を秘めているかのように凛とした表情をしていた。そして隣にいる五歳くらいのアレクに表情は無い。二人とも喪服姿で寄り添うように立っている。
「アイツ……」
ぽつりとカイルは呟きを漏らす。
「失ったのは父親だけじゃなかったのか?」
しかもなぜこんな写真を……?
気になったカイルはさらに写真をめくった。
瞬間、息をのむ。
「え……? なんで俺が……」
恐らく望遠で撮影されたと思われる。友達と楽しそうに話している自分の写真だった。
カイルの背中に悪寒が走る。
「な、なんだよ、これ……」
すぐに次の写真をめくる。
今度はカイル一人の写真。
(いつの間にこんなものを?)
最後の写真に写されていたのは、候補生校舎の裏庭で壁に背を預けてぼんやりと空を眺めている自分の姿だった。
(これはたしかあの時──)
実技の授業をサボっていた時だ。自分だけ魔剣が扱えなかったために手合わせする相手がおらず、授業を受けることさえも苦痛に感じていつもココに逃げ込んでいた。ココなら誰も来ないし、気楽に時間を潰せる唯一の場所だったからだ。
(ん? この写真……)
どうやらカイルを中心に写しているというわけではないようだ。よく見てみれば、校舎の壁に寄りかかる自分のすぐ隣──校舎内の窓辺に一人の男性が立っている。その男性の胸倉を掴んでアレクが怒りあわらに口論している様子だった。
カイルは気付いた。
「この男!」
ラフグレ医師。白衣ではなく教師のような衣服に身を包んでいるが、その顔は紛れも無くラフグレ医師だった。