二、俺の体を返してくれ【6】
壁に突き当たるまでが、気が遠くなるほども長かった。
ひたすら真っ直ぐに廊下を歩いていくと、鍵のプレートに刻まれた部屋番号をようやく見つけ出すことができた。
部屋は隅から三番目だった。
「ここがアイツの部屋か……」
部屋が両扉式になっているとは、なんと贅沢なんだろう。この分だと部屋もきっとかなり広そうだ。
鍵を差込み、解除する。
カイルは両扉をゆっくりと開けていった。
扉を開けたら居間だった。
「こ、これが候補生寮──しかも個室ッ!」
カイルはぷるぷると首を左右に振る。
(ははは。そんな馬鹿な話があるか。きっとここは四十人部屋だ)
一人部屋にしてはあまりにも広すぎて、しかも必要な生活道具は羨ましいくらいにそろっていた。
高級そうなソファーに超高価な白亜石のテーブル。床には赤い絨毯が敷かれていて、壁には暖炉が埋め込まれてある。
「王様気分のつもりかよ……」
高級感あふれる室内は文句のつけようがないくらい超高価な物ばかり。やはり王様を守る者はこういう生活に慣れていないといけないのだろうか?
(いいなぁ、候補生)
思い出す、一般生徒寮にある自分の部屋。
とても狭く、上級生の歴史をひしひしと感じる六人一部屋の共同生活。男たちの汗でむさ苦しい寮内。食堂はいつもすし詰め満席で、メニューは日替わり定食一つのみ。卒業生が刻んでいった歴史ある壁文字。共同風呂。共同トイレ、談話室などなど。
不満、要望を申し立てても一切通らないという恐ろしい寮。ちなみに、寮のモットーは『慈愛、節約、共同』。寮母の口癖は『贅沢は敵だ』。
それに比べてここは──。
「やっぱり、諦めずに目指せば良かった。候補生……」
がっくりと項垂れる。が、
「さて、と」
すぐに気分を切り替える。どんなに後悔しようと無駄なものは無駄。それに自分は今、その候補生の身だからだ。せっかくのこのチャンスを存分に楽しまなくては損をする。
「触るなら、今だ」
一歩、部屋の中へと足を踏み入れるカイル。
しかし一歩、踏み出した足を元の位置へと戻す。
カイルはぽりぽりと頬を掻いて考え込んだ。
他人のプライベートを探索するのは、あまり良い気分ではない。
(だけど、アイツだって今俺の部屋で生活しているわけだから、俺もこの部屋を楽しんでもいいわけだよな?)
元の姿に戻ればきっと、もう二度とこんな生活は味わえなくなるだろう。
「…………」
お邪魔します。と気弱に呟いて、カイルは扉を閉めてアレクの部屋に入った。
──部屋を探索して、およそ数十分。
「変だ。絶対何かがおかしい」
寝室、居間、書斎、よくわからない空っぽの部屋、トイレ、浴室。
探索して分かったことは、とにかく無駄に広かった──じゃなく、全てが空っぽだったということだ。まさか事故を想定して片付けていたわけでもあるまい。
きっとこれがアレクの性格なのだろう。
「だが……」
全く何も無いというのは少し違和感を覚えてならない。たとえアレクがどんなに掃除好きだろうと、生活感が無くなるまで、こんなにきれいにするだろうか?
カイルは眉間にシワを寄せて腕を組み、しばし考え込んだ。
「空き部屋と間違えたわけじゃないんだよな。寮母が鍵をくれたし、鍵が全ての部屋に共通するなら鍵の意味がないしなぁ……」
首を捻る。
「まさかアレクの奴、ここにある自分の物を全て俺の部屋に移動させたわけじゃないよな?」
すぐに首を横に振って否定する。
「──なわけないか。そんなの誰が見てもすごく不自然で怪しい行動だもんなぁ……」
カイルは再度、今いる居間からぐるりと部屋を見回した。
疑問に思うことはただ一つ。
アレクの私物──休日に町へ出掛ける時の私服や日用品、学業の道具などといった全ての物が一切無いのだ。
カイルは頭を抱えてうめいた。
「アイツ、いったい普段はどんな生活をしていたんだ?」
伝説の聖魔騎士の息子という以外は全てが謎に包まれている。
あ。そういえばあの時、一部の人しか自分の正体を知らないと言っていたな。その一部が誰かも分からないし、そうなると余計『いつものアレク』を演じにくくなる。
「ここはもう、本人に会って直接訊くのが一番だな」
納得したところで、カイルは側にあった置時計を目にする。
学校はもうすぐ終礼が始まる頃だ。
カイルは早速とばかりに部屋を出て、学校へと向かった。