二、俺の体を返してくれ【3】
カルロウ教師が呆れのため息をつく。
「まぁとにかく言い訳でも何でもいい。そのノート一冊全てを文字で埋めて持って来い」
「それを無理だと言っているんです。せめて半分とか」
「お前が私の代わりに監督不行き届けの始末書を書いてくれるというなら話は別だが? ちなみに始末書はそのノート五冊分に相当する」
速攻でカイルは頭を下げた。
「すみませんでした。丁重にお断りさせていただきます」
「それに比べればノート一冊など簡単なことだろう?」
カイルはすぐに身を起こして反論する。
「しかし、どんなに言われても書けないものは書けないんです」
ダンと机を叩いてカルロウ教師。感情あらわに指を突きつけて怒鳴り出す。
「誰のせいで始末書を書くはめになったと思っているんだ! お前のせいだぞ、アレク!
しかもよりにもよって、これから卒業前テストを作成しないといけないというこの多忙な時期に。その上減給減俸、有給休暇の取り消し。お前は私に何か恨みでもあるのか?」
カイルは両手を振って否定する。
「い、いや別にこれはわざとしたわけでは──」
「だったら書けるな?」
「……はい。わかりました」
カイルはため息とともに肩を落として承諾する。カルロウ教師に無言で一礼して、辞書と思われるノートを手に教員室を後にした。
※
「──そういえば」
カイルはハッと気付いた。
「あの教師に寮のことを訊くのを忘れていた」
まぁ訊けるような雰囲気ではなかったが。
カイルは仕方なく自分で色々探してみることにした。一日の授業が終わるまで、まだ何時間か残っている。良い機会だから、このままブラブラと候補生校舎の中を見学するとしよう。
……と、思ったが。
候補生とて在席する教室がないわけではない。それなのに教室に戻らず、うろうろブラブラしていたら不審な目で見られるに違いない。──そう。俺は今、優等生アレクなのだ。
カイルは自分にそう言い聞かせるようにして気持ちを切り替えた。
「よし!」
気合いを入れて一歩を踏み出す。そして、
「……で、アイツの教室どこだっけ?」
年齢順で教室を分ける一般生徒校舎と違って、候補生校舎の教室は実力で分けられている。A~Fの六段階。アレクの実力はどのくらいだろう。そんなことでわざわざまた教員室に戻ってカルロウ教師に訊くというのは手間を取らせるようで申し訳ない。
(あ。たしかアイツ、自分はシン聖魔騎士の息子だって言っていたよな)
伝説の聖魔騎士の息子ってことは、無論実力の高いAクラスだ。それ以外考えられない。
カイルは意気揚々と最上階にあるAクラスに向け、階段を上り始めた。
Aクラスにたどり着いたカイルは、教室のドアを開ける。
しかし、教室には誰もいなかった。演習場で訓練でもしているのだろうか?
見回して、そのまま黒板を目にし、その内容に絶句する。
『自主』
その一言のみ。なんという投げやり授業なんだ。
カイルは呆れるようにそう思ったが、すぐに納得する。
(そうだよな。そもそも教師が候補生たちに教えられる授業なんて素行ぐらいだもんな)
素行……。
まさにアレクのような生徒を指すのではないだろうか。
「大変だよな、教師って」
自分のことはさておき、カイルはカルロウ教師に同情する。そのことでピンと何かに閃く。
「あ、そうか」
自主ならば教室に居残っていても誰も何も言わない。
カイルは手持ちの辞書ノートに目を落とした。
「今のうちに書いてしまおう」
机は全て共同となっているせいか、私物は置かれていない。
カイルはその内一つの席へと座り、辞書ノートを置く。そして、
……えーっと。
ぽつんと一人寂しく席に座って、呆ける。
「筆記用具がない」
どうやら寮に戻って自分の部屋で暇を潰していた方が有意義に過ごせそうだ。