一、託された願い【1】
「──イル。おい、いいかげん起きろって、カイル」
級友に揺り起こされて。十六歳の少年──カイルはゆっくりと目を覚ました。短い黒髪に、やぶにらみな黒目。十代の後半を迎えてなにがしかの成長を見せ始めるも、その表情はやや拗ねた顔立ちをしていた。だからといって周囲を威圧するほどの体格でもなく、中肉中背といったどこにでもいそうなごく普通の少年だった。
机から寝ぼけた顔を持ち上げて、カイルは状況を把握しようと周囲を見回し始める。
休み時間に入ったのか教師は教室から姿を消し、茶色の安っぽい軍服姿の男子生徒たちが自由に動き回っていた。
聖魔騎士養成学校。──王を護衛する騎士を育てる特別施設である。東・西・南・北そして中央。世界中の大陸からこの中央大陸にある施設へと集められた子供達は騎士としての基礎教育をここで学ぶのだ。より強い騎士を育てる為に、世界にたった一校しか存在しない。
奇跡の巡り合わせで入学できたカイルだったが、今は周囲においていかれないよう後ろからついていくのがやっとの実力でしかなかった。このまま卒業を迎えれば、カイルは確実に町を転々とさまよい歩く傭兵となっていることだろう。
故郷に残してきた幼馴染みの女の子──エリの顔を思い出す。
(あんな約束さえしなければ……)
罪悪感から夢にまで見るようになった『約束の日』のこと。彼女には申し訳ないが、あの約束は果たせそうにない。まぁガキの頃の約束だから彼女もきっと忘れているだろう。
「俺、また寝てしまっていたんだな」
カイルを取り囲んでいた五人の同じ年頃の男達──級友は、呆れたようにため息をついた。
「のんきな奴だよな、お前」
「寝癖、ここんとこについているよ」
「何の為にこの学校で勉強していると思っているんだ? 全ては聖魔騎士になる為だろう?」
「一人だけ受験資格がないなんて、かわいそうな奴」
「明日の試験、お前は受験できないらしいぞ」
カイルは怪訝に首を傾げた。
「……試験?」
再度、級友達は呆れのため息をついた。
「もう二度と巡ることのない『天の恵み』を忘れているとは」
「なんと哀れな……」
顔をしかめるカイル。
「天の恵み?」
級友達は額に手を当て、同情に呟きを落とす。
「念願の聖魔騎士候補生になれるチャンスだというのに」
「なんという堕落っぷり」
「いつまでも壁に張り付く粘着テープでいいのか? お前の人生」
カイルはどうでもいいとばかりに机にうつ伏せた。
「勝手に言ってろ。どうせ候補生に上がれたとしても聖魔騎士は高嶺の花だ」
「夢のない奴だなぁ、お前」
カイルはうつ伏せたまま、三本の指を突き上げた。
「三ヶ月だ。あと三ヶ月で俺達はここを卒業する。現実を直視することも大切な人生勉強の一つだ」
級友達がやれやれとお手上げをする。
「その若さで人生を諦めるとはな」
「あ~ぁ。老けるのも諦めも最後までお前が一番だったな」
「卒業論文の題材はお前にするよ」
「ま、退学にならない程度に頑張れよ」
「いつまでもそのままじゃ警邏隊の道も危ういかもな」
「卒業後はみんなでお前の落ちぶれた人生を見に行ってやるからな」
「じゃ、三ヵ月後に牢屋で会おう」
「ちょっと待て。なんで牢屋なんだ?」
「がんばって」
「何が『がんばって』だ。お前らそれでも友達か?」
カイルは勢いよく机から立ち上がると、気だるく歩きながら教室から出て行く。その背後から級友の声。
「どこ行くんだよ」
「お前らがうるさいから便所に行くんだよ」
「あ、そうだ。言い忘れるところだった。ステイル教師が退学処分のことで話したいことがあるそうだ。だから急いで進路指導室へ行ってこい」
平然と言い放つ級友に、カイルは半眼で唸った。
「……お前ら、ほんっっと友達甲斐の無い奴らだよな」