一、託された願い【15】
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深くお礼申し上げます。
「カイル。事故が起きたあの日から、君は一度でも自分の姿を鏡で見たことがありましたか?」
ラフグレ医師の言葉に、カイルは一瞬その意味が理解できなかった。
何回か目を瞬かせ、何十秒かの間を置く。引きつる笑みで、
「な、なんだよそれ……。どういう意味だ?」
自分の声が動揺で沈んでいく。
ラフグレ医師は懐から裏返された手鏡を取り出し、カイルに差し出す。
「君が混乱するといけないと思い、今までずっと隠させていただきました。君をここに監禁していたのは、君の姿が映るモノを全て取り除く必要があったからなんです」
「…………」
カイルはゆっくりと差し出された鏡に手を伸ばした。伸ばした手が小刻みに震えている。
鏡を取り落としそうになりながらもしっかりと掴み、恐る恐る自分の胸の前まで引き寄せた。
あの事件以来、初めて見る自分の顔。
黒髪で、仏頂面でやぶにらみな目をしていて、気だるく覇気がないような……そんないつもの自分の顔を思い浮かべながら、カイルは手鏡を自分の顔に近づけて映し出した。
────!
その鏡に映ったのはカイルではなかった。短い金髪で、人形のように端整な顔立ちをしていて、透き通るような綺麗な空色の双眸の、アレクの顔が映っていたのだ。
なんでアイツの顔が映るんだ?
激しく動揺する気持ちが手を通して手鏡に伝わり、小刻みに震えた。そこに映るアレクの表情がカイルの心境に合わせて変化する。絶望の混じった驚愕な表情へと。
「う、嘘だろ……何の冗談だよ。笑えねぇって」
はははと苦笑う表情さえも、鏡はアレクのままで映し出す。
今まで自分は錯覚に囚われていたというのだろうか? たしかによく聞いてみれば、この声は自分の声ではなく、アレクの声だ。
心の中で何かが崩れた気がした。
癇癪に叫んで、カイルは手鏡を勢いよく床に叩きつけた。声の限りに喚いて暴れだす。
ラフグレ医師がカイルを捕まえ、無理やりベッドに押さえ込んだ。
なおも暴れるカイルの手首を掴んで、ラフグレ医師はいつにない気迫で叫ぶ。
「カイル、落ち着きなさい! カイル!」
二度目に強く名を呼ばれ、カイルはハッと我に返った。今にも消えそうな声で誰にでもなく呟く。
「……俺はいったい誰なんだ?」
ラフグレ医師はその問いに答えず、「しーっ」と何度も小さくため息を吐いて落ち着かせた。
カイルの荒れた呼吸はしだいに落ち着きを取り戻していく。
高ぶった感情は絶望へと変わり、言い知れぬ不安が涙となって流れ落ちた。
カイルは自身に問いかける。
「なんで……気付かなかった? どうして……?」
「大丈夫です、カイル。落ち着いて。ゆっくりと深呼吸して」
言われた通りに、カイルは大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出す。
ラフグレ医師は白衣のポケットから何かを取り出し、気付かれないような仕草でカイルの腕に刺した。
チクリとした痛みを感じた後、しばらくしてカイルは深い眠りに襲われた。




