一、託された願い【14】
◆
長く、真っ直ぐに続く廊下を、ひたすら無表情で歩いていくラフグレ医師。
行き交う人の姿はない。
いくつもの同じような造りのドア前を通り過ぎ──
ふと前方から、黒のスーツの上から白衣を羽織った四十代くらいの銀髪の男が歩いてきた。
すれ違い様に、言葉を投げかけられる。
「今日も同じか?」
ラフグレ医師はぴたりと足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
長い銀髪を一つに束ね、スラリとした体格のその男は、足を止め、背を向けたままでラフグレ医師に言葉を投げ続ける。
「国王がお怒りだ。もうこれ以上は待てない」
ラフグレ医師は微笑した。
「珍しいですね、フェイラ宰相。貴方のような階位ある方が、このような辺鄙な場所へわざわざ足をお運びになるとは」
男──フェイラ宰相は射殺すように目を細め、厳格な表情をラフグレ医師へと向けた。
「国王の元に、あの事故の報告が届いた。『今すぐアレクを連れ戻して来い』との命令だ」
ラフグレ医師は人差し指で眼鏡を押し上げ、位置を正す。
「なるほど。国王のご命令、というわけですね」
「こちらの提案した方法をすぐに実行しろ」
ラフグレ医師は軽蔑するようにフェイラ宰相を睨んだ。
「あんな強引なやり方は、こちらとしてもお引き受けできません」
「一日だけくれてやる」
「彼の心など、どうでもいいと?」
「どうなろうと構わん。国王がお待ちだ」
フェイラ宰相は踵を返した。一言残す。
「やれ」
◆
意外に今日は早く、ラフグレ医師はこの部屋にやってきた。しかも何だかいつもと様子が違うように思える。
入っていきなり無言で、今もずっとカイルの隣に腰掛けている。
しばらく様子を見ていたカイルだったが、いつまでもこんな状態が続きそうだったので、仕方なくこちらから声を掛けてみた。
「今日はやらないのか?」
「──え?」
ラフグレ医師が不意を突かれたような驚いた顔を固めて、カイルを見る。
カイルは肩を滑らせた。
「いや、『え?』って……。どうしたんだよ、今日は。いつもの質問はしないのか? 『調子はどうですか?』って」
「あぁ、忘れていました」
「わ、『忘れていました』はねぇだろ」
カイルは首を傾げる。
「何かあったのか?」
微笑してラフグレ医師。
「こんな僕でも、私情で何かと悩みが多くて……」
と、重いため息を吐かれる。
カイルは鼻であざ笑った。
「あんたでも、そんなことがあるんだな」
「一応人間ですから」
「い、一応?」
「えぇ。完璧ではない、という意味で」
「あぁそうかい」
どうでもいいように流して、
「──で、やらないのか? いつものやつ」
「本当はこんなやり方、好ましくないんですけどね」
「はぁ?」
カイルは意味を理解できずに数回瞬きをし、ラフグレ医師を見つめた。
いつになく真剣で真面目な表情をするラフグレ医師。
「カイル、でしたよね? 名前」
初めて名を呼ばれ、カイルは戸惑った。
「な、なんだよ突然……」
「今まで入院生活の中でずっと、何かおかしな点に気付きませんでしたか?」
カイルは真顔できっぱりと答えた。
「全部が常に変だと思っている」
「今日は特別に、その全ての疑問にお答えしましょう」
「全ての……疑問?」
カイルは首を傾げた。