一、託された願い【13】
ラフグレ医師はにこりと笑って、
「ご協力感謝いたします。──では早速、いつもの問診をやりましょう」
面倒臭そうに片手を挙げて、カイルは無言で了承した。
ラフグレ医師がバインダーに挟んでいた分厚い紙束を楽しそうに一枚めくった。そしてその書類にペン先を落とし、
「ではまず、あなたの名前から──」
「だから! なんで俺の名前から訊くんだ!?」
ラフグレ医師は少し考え込むように声を落とし、
「学校でテストの用紙をもらったら、まず名前から書きませんか?」
「それとこれは関係ねぇだろ!」
「まぁそう言われましても。困りましたね……」
「何にどう困るっていうんだよ!」
「もし僕が、あなたを他の患者さんと間違えて問診していたら嫌でしょう?」
…………。
カイルは目を数回瞬かせて、驚き顔で訊いた。
「あるのか? そんなこと」
「ないですけど」
きっぱりと答えを返してくるラフグレ医師に、カイルの怒りが頂点に達する。握り締めた拳をわなわなと震わせて、
「だったらスッ飛ばして次に行けばいいだろうがッ!」
「ま、まぁそう怒らないでください。事務的な確認なんです。協力していただかないと──」
「もういい、わかったよ! 答えるから!」
「では、お名前を」
「カイルだ」
「出身は?」
カイルは口端を引きつらせた。
「あ・の・なぁ!」
ラフグレ医師はきょとんとした顔で返事をする。
「はい?」
「俺が毎日毎日言っているのはそこなんだよ! いったい何なんだ、その問診は! 当たり前の質問を毎日毎日毎日毎日、なんで繰り返さなければならないんだ!? 俺を馬鹿にしているのか?」
「ですから、そう怒らないでくださいって。あくまで事務的な確認なんです。たとえ当たり前の質問でも協力していただかないと──」
「省略できないのか? 肝心な質問はたしか四十番目からだっただろう?」
「では、この十二番目にある『今日の機嫌は?』という質問はどうします? 『とても落ち着いている』と書いちゃっていいですか?」
「…………」
うんざりと、カイルはため息交じりに項垂れた。
「あーもういい。わかった、わかったよ。協力するからいつも通りに質問してくれ」
──三時間後。
ラフグレ医師はドアを開け、
「では、また明日来ますね」
「あ、明日って……ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「さようなら」
「おいっ!」
ドアが閉まり、外からあっさりと鍵がかけられる。
カイルはドアの向こうにいるラフグレ医師に向けて叫んだ。
「なんで退院できないんだよ!」
ドアの向こうから聞こえてくるラフグレ医師の声。
「それを……ご自分で気付くしかないんですよ」
「だから、いくら考えたってわかんねぇよ! いったい何が原因なんだ? 頼むから教えてくれ!」
「また、明日来ますね」
「ふざけんな!」
カイルは感情任せに思いきりドアを蹴った。──が、すぐにその声は痛みを訴える悲鳴へと変わった。