一、託された願い【12】
ドアを押し開き入ってきたのは、黒髪で白衣姿の若い男──ラフグレ医師だった。
ラフグレ医師はバインダーを片手に、かけた眼鏡の位置を人差し指で正しながらニコリと微笑んできた。穏やかな印象ながらも、とんでもなく天然ボケが激しい医師だった。
ラフグレ医師が入室すると同時、その背後ではすぐにドアが閉められ、鍵がかけられる。
ベッドに座るカイルの所まで歩いていき、自身もその隣に腰を下ろす。
「調子はどうですか?」
「見てわからないのか?」
「相変わらず愛想がないんですね」
「元気だよ。入り口のドアを蹴り破って脱走したいくらいにな」
「相変わらず例えが上手いですね」
「例えじゃねぇよ。本心だ」
「やだなぁ。そんな怒らないでくださいよ」
「普通誰だって怒るだろ? なんで俺がこの部屋に監禁されなければならないんだ?」
ラフグレ医師は首を傾げる。
「さぁ? そんなこと訊かれましても」
「お前、医者だろう?」
「医者ですが、何か?」
「なんでわからないんだ?」
「担当なんですよ。僕の仕事はあなたの毎日の健康診断ですから、そういうのは別の担当に言ってもらわないと」
「じゃ、その担当を呼んで来い」
「やだなぁ。僕にそんな権限があるわけないじゃないですか」
カイルの口端が怒りに引きつる。ラフグレ医師の胸倉を掴み上げ、
「お前に権限があろうとなかろうと俺には関係ねぇんだよ。今すぐ呼んで来い」
交錯するように、ラフグレ医師の手がカイルの頬を抓り上げる。にこにこと笑顔で、
「やだなぁ。そんなことしていたら僕の仕事が終わらないじゃないですか」
「か、関係ねぇだろ。ってか、離せよオイ」
「そちらこそ、離していただけませんか?」
舌打ちしてカイル。
「あーもういい、わかったよ」
突き飛ばすようにして彼の胸倉から手を離す。
ラフグレ医師もカイルから手を離した。うきうきと上機嫌に胸ポケットからペンを取り出し、
「さて、と。いつもの問診を始めましょうか」
「ちょっと待て」
「はい?」
首をことんと倒すラフグレ医師に、カイルは疑問を投げかけた。
「なんで毎日毎日『健康だ』と答えなければならないんだ?」
「毎日が健康であるとも限りませんよ」
「医者が何言ってんだ。俺は毎日健康だし、怪我も治った。それじゃいけないのか?」
「いけなくはないのですが……」
「じゃ退院させろ」
「そう怒らないでください。僕だって一日でも早くあなたを退院させてあげようと精一杯の努力はしているつもりです。しかし……」
と、陰気に顔を俯けて、気まずく言葉を濁す。
「しかし、なんだ?」
「しかしですね。ただ……あなたが毎日毎日面白いように問診で引っかかるものですから」
「問題点はなんだ?」
「それをご自分で気付いて初めて退院できるのですから、僕が教えてしまったら意味がないでしょう?」
カイルは重いため息をついた。
「もういい、わかったよ。始めろ、問診」