一、託された願い【11】
──すっ、と。
カイルは静かに目を開いた。その瞳に映る、一面真っ白な天井。そして明かり。
大きく一回、深呼吸をする。
……生きている。
最初に浮かんだ言葉はそれだった。意識して両手を動かすと、両手はぴくりと反応を返してきた。そのままゆっくりと握り締める。瞬間、鋭く刺すような痛みが腕を突きつけていった。
反射的に顔を歪め、痛みに悲鳴を上げる。
脳裏に蘇る戦慄の記憶。馬車が大きく傾いて横転していくあの一瞬、俺は──
カイルは上半身を勢いよく起こした。全身を無数の針で突き刺されたような感覚が背中を通して脳髄まで駆け抜けてくる。うずく体を抱きこむようにして、カイルは苦鳴を上げた。
「お、おい!」
駆けつけてくる白衣の老人。そして複数の足音が慌しくこちらに近づいてくる。
老人がカイルに手を貸しながら優しく声を掛ける。
「無理するんじゃない。まだ痛みが体に響くはずじゃ」
カイルの体を二、三人で支えて仰向けにゆっくりと寝かせる。それでようやく、カイルはベッドの上で寝ていたことを理解できた。
カイルは周囲を見回す。そこには白衣を着た人達が複数、心配そうな表情で自分を見つめていた。
その中の老人へと目をやり、
「あんたは……誰だ? ここは……?」
「ここは病院じゃ」
「病院? なんで俺……こんなところに?」
「何も考えんで良い。今はとにかく安静に休むことじゃ」
「……あんた、医者か?」
問うと、老人はこくりと無言で頷いた。
カイルは老人の白衣を掴むと、痛み耐えながら再び体を起こし、
「なぁ、アレクはどこだ?」
周囲の声が、物音が、一瞬消えたように感じた。誰も何も答えてくれない。カイルは泣きそうになった。
「アレクは居るんだろう? どこにいるんだ? 生きているよな?」
老人がようやく、なだめるように答えを返してくれた。
「あ、あぁ。もちろんじゃとも。今ちょうど手術をしておってな。だからすぐに会わせるのは無理なんじゃ。とにかく今日はゆっくり休みなさい。いいね?」
カイルは小さく頷き、再び深い眠りに落ちていった。
体の痛みは一ヶ月半後にはだいぶ楽になった。いつも通りの生活とまではいかなかったものの、それでも自由に行動できるほどに回復はした。
その頃になっても、カイルがアレクと会うことはなかった。
いや、それだけじゃない。全てにおいて何かが変だった。
部屋は閉塞的な個室のまま、
「なぜだ?」
自問自答する。本来ならもうとっくに退院できてもいいはずだ。自分の体は自分でわかる。それなのに、
「何かがおかしい……」
部屋はシングルベッドが一つ、トイレ、洗面台、衣装棚という簡易な内装となっている。体が通り抜けできないほどの小窓が一つ。ここまでは普通──まぁどこにでもある内装だ。だが、何より一番おかしいのは、
「俺がいったい何をした?」
なぜか出入り口のドアには鍵がかけられていた。
明らかに何かが変だ。異常としか思えない。しかも学校の友達が誰一人として見舞いに来ないというのはおかしい。まぁそれなりの友人関係だったと言われればそれまでだが、せめてステイル教師か両親ぐらいは会いに来てくれてもよさそうなのだが……。
会いに来るのは日に一度、『ラフグレ』という若い男性医師だけである。
──ふと、鍵が外される音が聞こえてきた。