一、託された願い【10】
カイルは馬車の窓から顔を出して、外の様子を見る。
「おっ。なんとかの森ってやつに入ったみたいだぜ、アレク」
「トンブル樹海」
「あーそれそれ。その森」
御者台から皓々と灯る小さな光が揺れているのが見え、カイルはその方向にいるであろう御者台の中年男に声を投げた。
「なぁ、おっちゃん! こっちの明かりは無いのか?」
中年男の素っ気無い声が返ってくる。
「灯篭があるはずだから自分でやりな」
「俺がやるのか?」
「当然だろう」
「まぁいいけど……」
合点がいかない返事をして、カイルは窓から頭を引っ込めた。
アレクが不安そうに問いかけてくる。
「わかるのか?」
「あぁ、多少な。さっきも話したと思うが、俺の実家は山奥にある。こんな森に遭遇するのは日常茶飯事だったんだ。昔の記憶でしかないが、だいたい全部統一した場所に設置されているはずだと思うから……」
カイルは時々差し込んでくる日差しを頼りに、手探りで近辺の壁を調べてみた。所詮は馬車の中だ。そんなに探し苦労するほど広くはない。灯篭はすぐに見つけることができた。その側に置かれたマッチ箱を手に取り、慣れた手つきで火をおこし、灯篭を明るくする。照明にしてはあまりにも頼りない明るさだったが、無いよりはマシだ。相手の位置や姿を確認するだけならこれだけで充分である。
アレクがホッと胸を撫で下ろす。
「君がいてくれて助かったよ」
照れくさく頭を掻いてカイル。
「別に礼を言われるほどのことでもないんだけどな」
トントン。
御者台の中年男が覗き窓の付近を軽く叩く。
カイルとアレクはともにその方向へと顔を向けた。
中年男は覗き窓の引き戸を開けてくるりと振り向き、二人に声を掛ける。
「外はそろそろ昼だ。少し早いが飯にしよう。──そこの黒髪のガキ」
「俺?」
カイルは自分を指差した。
「あんたの足元の床に穴があるだろう?」
言われ、カイルは足元の床に視線を落とした。
その足元には確かに、指をひっかけるくらいの穴が空いていた。
「あ、これのことか」
座り込んでよく見てみれば、正方形の小さな扉になっている。
カイルはその扉を開こうと穴に手をかけようとした
──まさにその時だった。
御者台の男の叫び声とともに、馬車が大きく右へ傾いた。
何が起こったのかも理解できないまま、視界がぐるんと激しく右回転する。体が無重力に浮かび、衝撃がきたのは次の瞬間だった。
何もかもがひっくり返ったような、全てがいきなり真っ暗な闇に包まれて。
……痛みを感じなかった。
水を打ったように静まり返った漆黒の闇を、浮かんでいるような、沈んでいるような、漂っているかのような、そんな感じだった。
なぜだろう。なんだかすごく寒い気がする。
眠りもだんだん深くなっていく。もう、このまま眠ってしまってもいいかもしれない。
──君が思う聖魔騎士って何?──
アレクの声が流れ込んでくる。
右手が、仄かに温かい……。
──君ならきっと、その答えを見つけ出してくれる──
温もりが徐々に薄れていく。
──君が思う通りに生きればいい──
消えていく。
──それが君を導く答えになる──