一、託された願い【9】
※ 評価してくださった方へ。
評価をくださり、ありがとうございました。これからの執筆にとても参考になりました。深くお礼申し上げます。
思っていない、か……。
カイルの心にアレクのその言葉が引っかかる。
(まさかコイツ、どこか遠くに行った果てに死のうなんて考えてないよな?)
チラリと、カイルはアレクへ目をやった。
「なぁ、アレク」
「ん?」
「このまま一緒に、俺の故郷へ行く気はないか?」
「──え?」
思いもよらない言葉だったのか、驚いた表情を見せるアレク。
彼が口を開こうとした瞬間に、カイルは手で制して止める。
「『なぜ?』とか言うなよ。俺もどう答えていいかわからない。だがまぁ、とにかく聞いてくれ。
俺、西大陸の出身なんだ。西大陸は酪農が盛んで……まぁ、なんというか。山奥の田舎ばかりで不便な所は多いが、俺と一緒に牧夫をやらないか?」
「ぼく……ふ?」
「家畜を育てる仕事だよ。俺の実家が牛を放牧しているんだ」
アレクは口元を緩ませると首を横に振った。
「僕には無理だよ」
「できるさ。俺なんてガキの頃にやっていたんだぜ?」
「上手くやっていく自信がない」
「自信なんて関係ないさ。お前は閉塞した窮屈な世界しか知らないからそう思うだけで、実際やってみればわかる。
覆い包まれそうな青空の下で、緑色の絨毯みたいな草原がどこまでも広がっていて、気持ちいい風が吹き抜けて、牛がのんびりゆっくりと歩いていくんだ。けっこう解放感があるぜ」
憧れを抱いてか、アレクの表情に笑みが戻る。
「解放感か。いいな、そういうの」
「だろ? だから、まぁ……なんというか」
カイルは視線を泳がせると、気まずく言葉を濁して頬を掻いた。
「ここだけの話なんだが。実を言うと、お前も一緒に来てくれた方が俺も色々な面で帰りやすいというか、なんというか……」
すると突然、アレクの表情からスッと笑みが消える。
「やはり君は学校へ戻るべきだ」
「──え?」
カイルは呆然と問い返した。
アレクが真っ直ぐにカイルを見つめ、真顔で言う。
「君は学校へ戻って、そのまま聖魔騎士を目指すんだ」
「な、何言って……? 急にそんなこと──」
「本当にここで諦めるのか?」
「…………」
心に突き刺す何かを感じ、カイルは時を止めた。目を伏せて思い悩む。
後悔しないと言えば嘘になる。だが、あの学校へ戻って残りの三ヶ月間を頑張ったところで結果は変わらない。無駄な足掻きをするくらいなら、いっそうのこと──
「僕は聖魔騎士を目指すつもりは更々無い。それならば僕がこのまま消えて、候補席を君に譲った方が全て丸く収まる」
視線を上げ、カイルは言い返した。
「気持ちは嬉しいが、たとえ俺が聖魔騎士を目指したところで卒業まであと三ヶ月。この際はっきり言おう。
俺は魔剣が扱えない」
「一週間あれば充分だ」
「い、一週間!?」
カイルは愕然とした。一週間で扱えるようになるならば、今までの苦労はなんだったというのだろうか。
アレクが人差し指を教鞭のようにして振る。
「魔剣が扱えないのは才能の有無が問題じゃない。その魔剣が君に合わなかっただけなんだ」
「合わない?」
「なぜステイル教師が君を連れて買い物に行けと言ったのか、魔剣を一緒に買いに行ってわかったよ。君は魔剣というモノを物として認識しているからなんだ」
理解できず、カイルは首を傾げた。
「どういうことだ?」
「魔剣は『物』じゃない、『生きモノ』だ」
「生きモノ?」
「そう。店でペットを買った経験は?」
カイルは首を横に振った。
「ない。だが、見たことはある」
「その時に君と目が合った動物は?」
「買わないから目を合わせないようにしていた。まぁ、向こうもこっちを見ていなかったから──って、これがどう関係するんだ?」
「つまり、わかり易く例えればそういうことだよ。君が魔剣の呼び声に応えるか否か、興味を示すか示さないか、だよ」
「魔剣の呼び声?」
「そう。君にしか聞こえない魔剣の呼び声に応えることができた時、君の想いに魔剣が応える」
「魔剣が応える、か……」
──ザッと、急に辺りが薄暗くなった。