第69話
「でも星のバックって不思議だよね。大きいなとは思っていたけど、その中に便利なものがたくさん入ってるんだもの。僕、驚いちゃったよ」
澄くんは星を見ながらそう言った。
星からすれば森の中を手ぶらで、まるで休日の午後によく知ってる緑色の公園の中を散歩をしているみたいに、ぶらぶらと歩いて行動している澄くんのほうが不自然だと思ったけど、森の門番として森に住んでいる澄くんからすれば道具は森のどこかで(自分で作って)調達すればいいわけで、わざわざ持ち歩く必要はないのかもしれないし、焚き火にマッチで火をつけたみたいに最低限の小さな道具は、澄くんはぶかぶかのズボンのポケットの中に入れて持ち歩いているようだし、いざというときに必要になるものは森の中に家があるのだから家の中に置いておけばいいし、それにもしかしたら、いざというときは手ぶらなほうが森の中では便利なのかもしれない。(それともただ単に澄くんが荷物を持ち歩かない主義の人なだけなのかもしれない)
考えても、いまいち判断がつかない。星はそれほど詳しく、森の中で偶然、出会ったばかりの澄くんのことを(そして森のことも)知らない。(そんな澄くんにキスはしたけど……。星はそっと、澄くんに気がつかれないように、自分の唇に中指で触れる)
星は澄くんの大きな木が目印という言葉から、昔、子供のころに読んだ本の中に出てくる木の上に作られた簡素な小屋のような(子供たちの手作りの秘密基地のような)建物をイメージした。(もちろん、実際の澄くんの家はそうはなっていないと思うけど)
木のハシゴがあってそれを使って小屋まで昇り降りをする。手作りのブランコとかもあって、木を切る斧と切り株があって、今は雨が降っているけど、木の上にある小屋からの眺めは最高で、空が曇ってなければ、星がとってもよく見える。
ふふ。そんな空想をしていると、だんだん楽しくなってきた。
澄くんはにやけている星の顔を不思議そうに眺めている。(実はそれは魚も同じだった。星がこんなに無防備な笑顔を他人に見せることはとても珍しいことだったからだ)
澄くんはどうやら星の返事を待っているようだが、星は澄くんへの返事を忘れてしまっているようで、終始、自分の楽しい妄想に耽っている。
雨の音が周囲の雑音を消し去り、やがて澄くんも星の言葉を諦めたので、傘の中はまた無音になった。




