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赤い瞳の冥府の王は白き乙女を手放せない  作者: なかな


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獣の妖魔



 私が今月から始めたアルバイトは婦人服の販売スタッフで、年末から年始にかけて3ヶ月間だけの採用だ。

 セール期間のサポートスタッフなので、売り場を整えたりバックヤードの整理をメインに頼まれているけれど、人の少ない平日のシフトに入ってレジ業務や接客の仕事も仕込まれている。


(足、痛ったぁ)


 憧れていたキレイめ大人カジュアルのブランドだから、売り場に立てた時はとっても嬉しかったけど、ファッションビル内にある店舗の床って硬いんだよね。

 厚底なブーツを履いてスタイルアップを狙ったけど、早くも足が悲鳴を上げている。


清野(きよの)さん、今お客様途切れてるから、この間にフィッティングルームの清掃をお願いね」


 店長から声をかけられ、店舗の奥にある個室スペースへと移動した。


(ここ、居るんだよね)


 実はこのフィッテングルームの隅に、小さな妖魔がいるのを見つけてしまったのだ。まだ透けた影のような物で、大した悪さは出来ないけれど、近くにいる人を何故かイライラしやすくさせてしまう。

 妖魔は普通の人には見えない存在だから、皆はそれに気が付かないけれど。


(この大きさなら、私の力だけでもいけるかな?)


 エンマからエネルギーチャージをせずに、手のひらに光の球を作り出す。


「行けっ!」


 小さく呟くように声を出し、手の内の光球を投げて送り出す。

 黒い影に光の球がめり込み、内側から溢れ出す白い光に包まれた妖魔は霧散した。


(よしっ、消えたっ)


 無事に妖魔が消えたフィッテングルームは、まるで照明を取り替えたかのように明るい。ささっと手早く清掃を終わらせると、様子を見にきた店長がキョロキョロしている。


「清野さん掃除もしっかりできるのね。バッチリよ」


 店長からの褒め言葉をもらえてしまった。

 まさか妖魔退治がこんな風に役立つとは思わなかったよ。


「掃除、慣れてますから」


 街の妖魔の掃除なら、ね。



 ◇

 


 休憩時間込みの7時間。バイトを終えてからの帰り道はもう薄暗かった。


 都心をぐるりと巡る山手線から、埼玉県の主要都市へと沿線をつなぐ要の駅「池袋」は、東京でも利用者数がトップクラスの賑やかな駅だ。

 駅周辺に電気店やディスカウントストアも有り、幅広い年齢層の人たちが行き交っている。

 

 そんな池袋駅前に立ち並ぶビルの照明がチカチカと光り輝く中、私は帰りを急ぐ。

 長時間の立ち仕事をした上に、ついやってしまった妖魔退治で体が酷く重たい。今日は寄り道をせずに真っ直ぐ帰って、部屋でゴロゴロしていよう。


(そう言えば、今朝はエンマと喧嘩までしたんだった)


 私がエンマに突っかかり余計なことを言ってしまったから、エンマは機嫌を損ねたままで冥府に帰ってしまった。


(あぁ、早く中身も大人になりたい。落ち着いた余裕のある大人になりたいよ)


 私の魂の一部はエンマが作ってくれたはずなのに、何故にこんなに幼稚なのか?もしかしたら、本当にエンマが作りそこねちゃったの?


 モヤモヤとした気持ちのまま、改札口へと急ぎ歩いていると、歩く人の隙間を縫うように進む黒い物体が目に入った。


(妖魔だっ!それも四足になっちゃってる!)


 それは黒い煙のような体に頭と四肢、尾を付けて歩く、獣姿に変化した妖魔だった。



 ◇



 獣の姿になった妖魔の動きは、俊敏かつ衝動的だ。静かに物陰に潜んでいたかと思うと、いきなり走り出して人に喰いかかったりする。


 妖魔を消滅させるスキルはだいぶ身に付けた私だが、獣の妖魔は行動が読めないし動きは早いしで、退治するのはかなり苦手だ。

 

(どうしよう……、追いかける?誰かが被害に合う前に仕留めたいよね)


 人の流れを気にせず歩みを進める獣の妖魔は、何かを見つけたのか、急にスピードを上げ駆け足になった。


(誰かをターゲットに定めたのかもっ)


 このまま妖魔を見送ってしまったら、何の為にエンマに魂を改造されたのか分からない。私の存在意義って、妖魔を倒せる力を持っているって事でしょう?


 私は疲れた体に鞭打って、妖魔の後を追った。

 


 *



 妖魔は駅の地下構内を走り抜け、反対側の西口へ向かう。私もその後を追って走るけれど、人混みの中を進むにはスピードの限度があった。


(やばいっ、見失っちゃうっ)


 獣の妖魔が地上出口への階段を駆け上がるのを見届けて、そこで見失ってしまった。


「結局っ……、見失うとか、ゲホっ」


 息が上がって、前屈みになり呼吸を整える。


 あの獣の妖魔が何かを追っていたのなら、西口を出た辺りで誰かが被害にあっているはずだ。


「よしっ、乗り掛かった船だ。探してみるか……」


 私は重たい体を引きずるようにして地上へ向かった。



 *



 もし妖魔が誰かを襲うのなら、魂の取り込みを邪魔されないよう、静かな場所を選ぶはず。人通りの多い場所で魂に喰らいつき、相手に倒れこまれてしまったら、周りに人だかりが出来てしまうから。

 じっくり味わいながら魂を取り込みたい妖魔には、それは不快なはず。


 人が少ない場所と言っても、ビルばかりの駅前は飲食店やレジャー施設の看板が掲げられ、どこを探せば良いかも分からない。


「建物の中に入られたらお手上げだよね」


 誰かの後を追ってビル内に入った事も考えられ、そうなったらもう私の手には負えない。今後は獣の妖魔に追いつける脚力でも鍛えるしか、改善方法は無さそうだ。


 諦めてしまおうかと思いつつも人の流れに目を向けると、その流れはバスロータリーの方向からやってきている。確か、その辺りには開けた静かなスペースがあったはず。


「そこだけチェックしてから帰るか」


 私は芸術劇場前の広場だけは見てから帰ろうと決めた。


 

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