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誰もいない海の底で

2026年3月。小笠原諸島沖。


春の穏やかな日差しが降り注ぐ海上で、S.O.D.U(戦略海洋開発隊)北斗打撃群は、マスコミを招いての大規模な「防災救援訓練」を行っていた。

 「ご覧ください! 旗艦『こうよう』のカタパルトから、大型の浄水プラントが射出されます!」

 「被災地への空輸を想定した、見事な投下精度です!」

 ヘリコプターから実況するリポーターの声が弾む。

 甲板には「災害派遣」の横断幕が掲げられ、平和そのものの光景だ。

 艦橋でその様子を眺める天城少将も、カメラに向かって柔和な笑みを向けている。

 だが、彼が耳に装着したインカムには、全く別の報告が飛び込んでいた。

 『……司令。予想通り、ねずみが入り込みました』

 通信主は、最後尾に控える戦略指揮艦『たかお』のCIC(戦闘情報センター)。

 『某国籍の無人潜水ドローン部隊、推定20機。深度600を高速で潜航中。我々の演習データおよび、海底ケーブルの盗聴を狙っています』

 天城の表情は微動だにしない。口元には「聖人」のような微笑みを浮かべたまま、喉元のマイクで短く囁いた。

 「水上の艦は動かすな。記者に感づかれる」

 『では、放置しますか?』

 「まさか。……掃除屋を起こせ。誰にも見られず、音も立てず、一片の残骸も残すな」

 深度2,200メートル。

 そこは、太陽の光など一度も届いたことのない、永遠の闇と冷徹な水圧の世界。

 通常、生物が存在しないはずのその領域を、全長100メートルを超える「黒い影」が滑るように進んでいた。

 SSN-X 原子力潜水艦『しんえん(深淵)』。

 北斗打撃群の「8番目の星」であり、公式記録には存在しない幽霊船だ。

 『……目標、深度600。旧式のAIドローン群。騒々しい連中だ』

 『深淵』の艦内。照明が極限まで落とされた発令所で、艦長が独りごちた。

 彼らが採用している「超伝導電磁推進(MHD)」は、スクリューを使わない。そのため、機械的な振動音は皆無。まるで深海魚のように、水流そのものとなって移動する。

 敵のドローン群は、頭上1,600メートル上層を得意げに泳ぎ回っている。彼らのセンサーは優秀だが、まさか「自分たちの限界深度の遥か下」に敵がいるとは夢にも思っていない。

 『深度差アドバンテージ、1,600。一方的な狩りになりますが』

 ソナー手が淡々と告げる。

 『構わん。司令からのオーダーは掃除だ。……黒龍(魚雷)、1番から4番、注水』

 深度600メートル付近。

 某国が放った最新鋭の無人潜水艦隊「シー・ウルフ・パック」は、順調に任務を遂行していた。

 上の海面では、日本人が能天気に防災訓練をしている。その隙に、艦隊の音紋データを収集し、あわよくば海底ケーブルに盗聴器を仕掛ける──完璧な作戦のはずだった。

 その時。

 先頭を泳ぐドローンのAIが、異常を検知した。

 『下方ヨリ、急速接近スル物体アリ』

 解析する間もなかった。

 深海の闇を切り裂き、真下から垂直に食い破るように出現した「何か」が、先頭のドローンを粉砕した。

 爆発音はない。ただ、圧倒的な水圧の変動だけで、ドローンのボディが缶ビールのようにひしゃげ、圧壊する。

 『敵襲! 敵襲! 回避行動──』

 AIたちがパニック信号を共有する。だが、敵の姿が見えない。

 ソナーには何も映らない。スクリュー音もしない。

 ただ、仲間たちが次々と「見えない牙」に噛み砕かれていく音だけが響く。

 それは戦闘ではなかった。

 『深淵』から放たれた特殊音響魚雷は、炸薬で爆発するのではなく、特殊な周波数の衝撃波を発生させる。それは敵のソナーと電子回路だけを焼き切り、船体を沈黙させる「静かなる死刑執行」だった。

 一機、また一機。

 鉄屑となったドローンたちが、深海へと沈んでいく。

 その横を、巨大な黒い影──『しんえん』が、興味なさげに通り過ぎていく。

 数分後。某国の秘密基地にある制御室。

 『信号途絶。全機、ロスト』

 モニターに無慈悲な文字が並んだ。

 オペレーターたちは凍りついた。

 「な、何が起きた? 日本の艦隊は海上で演習中だったはずだ!」

 「何かに……深海から引きずり込まれたとしか……」

 「馬鹿な! あそこは深度2,000メートルだぞ! 何がいるというんだ!」

 彼らは知る由もなかった。

 日本の海の底には、決して覗いてはいけない「深淵」が口を開けていることを。

 「……本日の演習は、大成功に終わりましたね!」

 海上では、リポーターが興奮気味に締めくくりのコメントをしていた。

 拍手が湧き起こる中、天城少将はインカムからの報告を聞いていた。

 『……掃除、完了しました。ゴミは全て深海海溝の底へ。海は綺麗そのものです』

 「ご苦労」

 天城は満足げに頷き、詰め寄る記者たちに向かって爽やかに言った。

 「ええ、本当に。我が国の海は、本日も異常なしです。……海面の下に至るまで、ね」

 美しい夕焼けの下、北斗打撃群が港へ向かう。

 その雄姿を称える人々は、誰も知らない。

 彼らの足元、暗い海の底で、たった今、20隻の侵入者が人知れず永遠の闇に葬られたことを。

海上の明るく平和な「防災演習」と、深海の無機質で残酷な「殺戮」の対比が、S.O.D.Uの底知れぬ不気味さを演出しました。

また、派手な爆発ではなく、「圧壊させる」「回路を焼く」という、証拠を残さない静かな戦い方が、潜水艦ならではの恐怖を引き立てられたかなと思います。

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