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盤上の暗殺者

日本列島は、見えない炎に包まれていた。


 ここ数週間、アメリカが裏で主導する「非公式な経済制裁」により、エネルギー資源と食料の輸入が突如として停滞。国内の物価は異常な高騰を見せ、国民の生活は混乱の極みに達していた。


 さらに、SNSや巨大メディアのアルゴリズムは意図的に操作され、『S.O.D.U. は世界を第三次大戦に巻き込むテロ組織だ』というフェイクニュースが昼夜を問わず垂れ流されていた。国民の怒りの矛先は、完全に御子柴内閣と S.O.D.U. へと向けられていた。



 そして今日。国会議事堂の衆議院本会議場には、異様な熱気が渦巻いていた。

 かつて S.O.D.U. 特命担当官の深山に裏金を握られ、震え上がっていたはずの汚職議員たちが、勝ち誇ったような顔で議席に座っていたのである。

 彼らは、アメリカのCIAから『悪魔の取引』を持ちかけられていた。御子柴内閣の不信任決議案に賛成し、

S.O.D.U. 解体法案を通せば、失脚を免れるばかりか、凍結された海外口座の資産を倍にして保証する、と。



「――以上により、現内閣は直ちに退陣し、世界を脅かす違法な武装組織を解体すべきであります!

これより、内閣不信任決議案の動議を提出――」



 野党の重鎮であり、汚職議員たちの筆頭格である男が、演壇で高らかに宣言しようとした、その時だった。

 突如として、本会議場に設置された巨大なモニター群、そして全国に生中継されていたテレビ放送の画面が一斉にブラックアウトした。

 次の瞬間、画面に映し出されたのは、都内の高級料亭の密室。

 そこに座っていたのは、今まさに演壇に立っている重鎮議員と、金髪の外国人――身分を偽装して入国していたCIAの極東担当エージェントの姿だった。



『――先生が不信任案を通してくだされば、我々アメリカは貴方の資産と地位を完全に保証します。あの厄介な部隊さえ消えれば、日本の世論操作など容易いことです』



『ふふっ、頼もしい限りだ。泥舟となった御子柴なんぞ、いつでも沈めてやる。 S.O.D.U. の連中も、せいぜい地獄で吠えるんだな』



 極めてクリアな4K画質と音声で、国家反逆罪に等しい「密約」の決定的瞬間が、全国民の目の前に白日の下に晒された。

 議場は水を打ったような静寂に包まれ、演壇の重鎮議員はマイクを握りしめたまま、白目を剥いてへたり込んだ。

 彼らは知らなかったのだ。

 S.O.D.U. の情報網を司る深山が、彼らの裏切りなど最初から「想定内」として泳がせていたことを。超小型の蠅型ドローンによって撮影されたその映像は、CIAの『他国への悪質な内政干渉』という決定的な証拠となって、瞬く間に世界中へ拡散されていった。





 同じ頃、アメリカ合衆国・ワシントンD.C.。

 日本の国会中継を見ていたCIA長官と大統領は、作戦の完全な失敗を悟り、顔面を蒼白にしていた。



「……くそっ! なぜ我々のトップエージェントの極秘接触が、あんな鮮明な映像で抜かれている!

構わん、日本への経済制裁を最大レベルまで引き上げろ! 奴らの息の根を物理的に止めてやる!」



 大統領が怒号を飛ばした直後、執務室のドアが乱暴に開き、財務長官が血相を変えて転がり込んできた。



「だ、大統領! ウォール街が……ニューヨーク証券取引所のシステムが、完全に沈黙しました!!」



「なんだと!?」



「ただのダウンではありません!

軍需産業、巨大IT企業、エネルギー関連……

我々アメリカの根幹を成す主要企業の株価が、たった数分で『99パーセント下落』という異常な数値を叩き出しています!

このままでは、数時間でアメリカ経済が崩壊します!」



 大統領が絶句したその時、ホワイトハウスの最高機密ホットラインが、けたたましく鳴り響いた。

 震える手で受話器を取った大統領の耳に届いたのは、氷のように冷たく、一切の感情を感じさせない日本人の声だった。



『――S.O.D.U. 財務担当の深山です。少々、貴国の市場システムを“お借り”しております』



「き、貴様らの仕業か……ッ! これは明白なテロ行為だぞ!」



『テロ、ですか。他国の政治家を金で買収し、偽のニュースで国民を苦しめる行為は正義だと?』



 深山の声には、微かな冷笑が混じっていた。



『我々の量子コンピューター群をもってすれば、貴国の経済システムを石器時代に戻すことなど、造作もありません。

……直ちに日本への制裁を解除し、声明を発表しなさい。

さもなくば、次は世界の基軸通貨である「ドル」の価値そのものを、文字通り紙屑に変えますよ』



 世界のルールメーカーを自負していた超大国のアメリカが、武力ではなく、

自らが最も得意としていた「経済」と「情報」の分野で、

極東の独立部隊に完全に首根っこを掴まれた瞬間であった。



 表の海で絶対的な盾と矛を見せつけた北斗打撃群は、裏の盤上においても、決して触れてはならない「絶対の暗殺者」を飼っていたのである。

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