ペンタゴンの憂鬱
アメリカ合衆国、バージニア州。
国防総省の地下深くに位置する国家軍事指揮センター(NMCC)は、かつてないほどの重苦しい空気に包まれていた。
円卓を囲むのは、国防長官、統合参謀本部議長、そして先日、相模湾での国際観艦式で文字通り「格の違い」を見せつけられた第七艦隊司令官、アーサー・ミラー中将ら、アメリカ軍のトップたちである。
「……信じがたい報告ばかりだ。
我々が太平洋の覇権を握って半世紀以上、こんなふざけた事態は一度もなかった」
国防長官が、頭を抱えながら疲労に満ちた声で唸った。
正面の巨大なメインモニターには、現在ペンタゴンが把握している、日本の独立極秘部隊『S.O.D.U. (戦略海洋防衛隊)』――通称【北斗打撃群】の構成艦艇のデータがズラリと並べられていた。
「長官。信じがたいと仰いますが、これらは全て、過去数週間の間に我々や同盟国が直接喰らった事実です」
ミラー中将が、レーザーポインターでモニターの艦影を一つずつ指し示していく。
「まず、旗艦である原子力空母『CVN-00 こうよう』。
その甲板には、我々の指揮下から完全に外れた無法者の戦闘機部隊『ヤタガラス』が陣取っています。
そして、その周囲を固める打撃部隊。
……我々のアーレイ・バーク級を赤子扱いする圧倒的機動力の、あまつかぜ型駆逐艦『DDG-X03 みやつかぜ』『X05 あきつかぜ』。
それに、魔改造のテストベッドとなった『X02 ときつかぜ』」
円卓の将官たちが、渋い顔で頷く。
「さらに最悪なのが、この黒いピラミッド群です。ふるたか型次世代駆逐艦『DDG-X11 ふるたか』『X12 あおば』『X14 きぬがさ』。
……昨日、我々の偵察ドローン部隊が太平洋上で彼らに接近を試みました。
しかし、射程外と思われた距離で、突如全機が強烈なジャミングと指向性EMP(電磁パルス)の直撃を受けました。
数機はシステムが完全に焼き切れて海面へ墜落し、残りの機体もコントロールを失い、不規則な軌道で飛び去るしかなかった。
……奴らは、莫大な電力を兵器に転用する、我々のズムウォルト構想を完全に実用化しています」
会議室に、水を打ったような静寂が落ちる。
「物理的」な攻撃をされる前に、「電子的な死」を与えられたという事実は、現代戦において致命的な実力差を意味していた。
「洋上だけではありません。
広大な日本のEEZには、我々が失敗作として捨てたはずのインデペンデンス級の魔改造艦、のづき型(LCS-X)がウジャウジャおり、完璧なステルス性で我々の偵察網を無力化しています。そして極めつけは……」
ミラー中将がポインターを、モニターの最下段――真っ黒な海中を泳ぐ巨大なシルエットへと合わせた。
「深海3,000メートルという、いかなる最新鋭原潜でも圧壊する深度を無音で泳ぎ回る、超弩級原子力潜水艦『しんえん』です。
数日前、オホーツク海に展開していた同盟国のハンターキラー二隻が、深度1,500メートル下方から放たれた『たった一回のアクティブソナー』の直撃を受け、戦意喪失して急速浮上させられました」
「……馬鹿げている。まるでSF映画の悪役のカタログを見せられている気分だ」
統合参謀本部議長が、忌々しげに葉巻を灰皿に押し付けた。
「さらに、彼らには風早型特務補給艦『AOE-X01 はやすい』という完璧な兵站まで存在する。
つまり長官。彼らはもはや『日本の防衛部隊』などという枠には収まりません」
ミラー中将は、両手を卓上につき、アメリカのトップたちを見据えた。
「強力な盾、絶対的な矛、完全な兵站、そして深海と空の支配。
彼らは単一の部隊でありながら、アメリカの『核の傘』も、第七艦隊の援護も一切必要としない、完全に独立した『軍事エコシステム』を構築してしまったのです」
「……ではどうする。我々アメリカが、極東の島国に太平洋の覇権を明け渡して、尻尾を巻いて引き下がれとでも言うのか?」
「正面からの武力衝突は、もはや我々にとってもリスクが高すぎます。空母一つ沈められれば、政権が吹き飛ぶ。……ならば」
ミラー中将の目が、冷酷な光を帯びた。
「表の力が通じないのなら、裏の力を使うしかありません。奴らの実働部隊ではなく、『頭脳』あるいは『足元』……日本国内の政治中枢に、直接亀裂を入れるのです」
アメリカ国防総省の地下深くで、世界の覇権を賭けた新たな「冷戦」の火蓋が、静かに切って落とされた。
北斗打撃群という圧倒的な武力に対し、世界最強の国家は、禁断の策へと手を伸ばそうとしていた。




