聖域の予算委
2029年2月。
国会議事堂、衆議院第一委員室。次年度の国家予算案を審議する予算委員会は、重苦しい熱気と怒号に包まれていた。
防衛費増額に関する議論がある程度まとまりかけた矢先、野党の護憲派ベテラン議員が、鬼の首を取ったように声を荒らげたのである。
「総理! 私はこの予算案の不透明な項目、『特別防衛機密費』について問うているのです!
噂によれば、この巨額の予算はあの憲法違反の極秘部隊……
『S.O.D.U.』とやらに流れているそうじゃないですか!
本年度の自衛隊全体の防衛費を遥かに凌駕する額を、得体の知れない部隊に注ぎ込むなど、断じて許されるものではない! 直ちに全額削減すべきだ!」
その発言を皮切りに、議場は騒然となった。
「そうだ! 軍拡反対!」
「国民の血税をなんだと思っている!」
「総理、説明しろ!」
あちらこちらからヤジや罵詈雑言が飛び交い、委員長が静粛を求めるベルを何度も鳴らす。
だが、答弁席に座る御子柴首相は、焦るどころか、冷ややかな視線で議場を見渡していた。
「……本件については、国家機密に関わる部分も多々あるため、S.O.D.U.の財務・広報を統括する特命担当官を参考人として招致しております。彼から答弁させます」
ざわめきの中、一人の男が静かに参考人席へと歩み出た。
S.O.D.U.特命担当官、深山 尊。
仕立ての良さが一目でわかるダークスーツに身を包んだ彼は、怒り狂う国会議員たちを前にしても、氷のように冷たく、一切の感情を読み取らせない眼差しを向けていた。
「S.O.D.U.財務担当、深山です。……ただいま『血税を注ぎ込んでいる』とのご指摘がありましたが、少々事実誤認がございますので、当組織の『活動費』の内訳について、この場でお答えできる範囲でご説明いたします」
深山がマイクに向かって淡々と話し始めると、不気味なほどの落ち着きに圧され、議場のヤジが次第に小さくなっていった。
「まず、当組織の莫大な運用資金のうち、皆様の仰る『国家予算』から頂戴しているのは、全体のわずか【三割】に過ぎません」
「な、なんだと……? では、残りの七割もの巨額はどこから出ているというのだ!」
護憲派議員が唾を飛ばす。深山は薄く笑った。
「次の【三割】は、当組織が保有する次世代技術の特許権益および、同盟国企業への一部ライセンス提供による『純利益』です。
そして次の【二割】は、我が国を標的とする某国諜報機関やフロント企業から、サイバー空間を経由して “合法的に没収” した工作資金で賄っております」
議場がどよめいた。それはつまり、他国の裏金をハッキングで奪い取り、自らの兵器の燃料にしているという、国家の裏側の告白だったからだ。
「そして……最後にお尋ねの【残り二割】ですが」
深山の声が、一段と低く、議場によく通る冷徹な響きへと変わった。
「これは、外国勢力と結託して私腹を肥やしている国会議員の皆様や、利権に群がる都道府県の地方議員の皆様の “ふところ” から、この国の未来を護るための防衛費として、直接 “頂戴” しております」
シンッ……と、巨大な委員室が静まり返った。
冗談ではない。深山の眼は、確実に獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「……ハニートラップに引っかかり、某国に情報を売って得た裏金。
脱税目的のペーパーカンパニーに隠した資産。
我々S.O.D.U.は、それらを既に全て把握し、独自の権限をもって回収を進めております。……ご安心ください。
皆様が不正に蓄財したそのお金は、一円の無駄もなく、日本の領空・領海を護るための弾薬と燃料に変わっていますから」
唖然と口を開けたまま固まる議員。
先ほどまでS.O.D.U.を痛烈に批判していた議員の中にも、突如として顔面を蒼白にし、冷や汗を滝のように流して手元の書類を握りしめる者が続出した。
(……ば、バレているのか!? あの女と会ったことや、口座の件まで……!)
公になれば即座に失脚、いや、それどころか国家反逆罪に問われかねない。固唾を呑み、下を向いて震え出す議員たちの姿が、議場のあちこちで見受けられた。
中には、隣に座る「売国奴」と噂される議員から、サッと距離を取る者までいる。
「……以上が、我々の資金源です。他に、我が組織の予算削減を主張される清廉潔白な・・・・・先生は、いらっしゃいますでしょうか?」
深山の静かな問いかけに対し、先ほどまでの怒号が嘘のように、議場には誰一人として声を上げる者はいなかった。
武力だけでなく、国家の中枢の「首根っこ」すらも完全に掌握しているS.O.D.U.の底知れぬ恐ろしさが、国会という表舞台に初めて刻み込まれた瞬間であった。
『これは最もスタンダードで、最もプレジャラブルで、そして最もディボリッシュなやり方であると言えます。』




