八咫烏
空気を引き裂く轟音が、広大な太平洋の空へ吸い込まれていく。
F-35Bが垂直離陸によって残した強烈なジェットブラストの熱と、焦げた航空燃料の匂いが、『こうよう』の飛行甲板にまだ色濃く漂っていた。
艦橋の上層、飛行甲板を眼下に見下ろす旗艦司令部壕。
分厚い防弾ガラス越しに、空の彼方へ消えていく機影を見つめていた北斗打撃群司令・天城少将は、ゆっくりと双眼鏡を下ろした。
「見事な上がりっぷりだな。さすがは『はぐれ者』たちの筆頭だ」
「ええ。空自のトップエリートたちも、今頃モニターの前で舌を巻いていることでしょう」
傍らに立つ如月二佐が、手元の電子タブレットを操作しながら薄く微笑んだ。
タブレットの画面には、今朝方の国内ニュースのトップ見出しが躍っている。
『海自・空自、初の本格統合運用演習を開始。次世代空母でF-35B発着艦試験』
――それが、日本国民と世界に向けて発信された「表向き」の公式発表だった。
「世間もメディアも、見事に騙されてくれています。自衛隊の統合運用能力をアピールする、素晴らしい広報活動だと」
「結構なことだ。連中の『盾』としての面子を潰す必要はない。本土の空を護るのは、あくまで航空自衛隊の役目だからな」
天城は振り返り、作戦海域のホログラム海図を見下ろした。
「だが、我々S.O.D.U.(戦略海洋防衛隊)は違う。我々は防衛省や自衛隊の指揮系統から完全に切り離された、総理直轄の独立組織だ。自衛隊からのいかなる干渉も受けず、超法規的な判断で海の向こうの脅威を『叩く』ための槍……。であれば、当然、我々自身の『空の刃』が必要になる」
S.O.D.U.所属、第1戦略航空隊。
それが、先ほど飛び立ったF-35B飛行隊の真の名称だった。
彼らは航空自衛隊の所属ではない。機体のテールに描かれていたのは、日の丸や空自の部隊マークではなく、三本の足で獲物を掴む異形のカラス――日本神話における導きの神鳥、『八咫烏』のエンブレムである。
「如月。ヤタガラスの連中の仕上がりはどうだ」
「技術は間違いなく世界最高峰です。何せ、空自の教導隊や海自のテストパイロットの中から、『腕は超一流だが、規則に縛られない問題児』ばかりをヘッドハンティングした無法者の集まりですからね。空自のお堅い連中とは、すでに何度か通信帯で喧嘩をしていますが」
「はっ、頼もしい限りだ。行儀の良さなど求めていない。必要なのは、この海の上から敵の中枢を確実にえぐり取る技量だけだ」
その時、艦橋のスピーカーから、ノイズ混じりの通信音声が響いた。
『――こちらヤタガラス・リーダー。空の散歩は快適だ。これより高度を下げる。打撃群各艦、俺たちの航跡に遅れるなよ』
一切の緊張感を感じさせない、不敵な声。
だが、レーダー員が報告した彼らの機動データは、限界ギリギリの旋回Gを記録する凄まじいものだった。
「口の減らないカラスめ」
天城は苦笑しつつ、艦内マイクのスイッチを入れた。
「こちら司令部。ヤタガラス、貴機らの『転属』を歓迎する。これより本艦は針路を南西へ変更。予定通り、第4海域における対艦攻撃演習に移行する」
日本周辺海域を守護する「北斗」の星々に、暗闇の空を支配する「八咫烏」が加わった瞬間だった。
最強の空母打撃群は、その真の牙を隠したまま、さらに深い太平洋の青へと進路を取った。




