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バリトンの深い声と柔らかな言葉遣いで自分の名前を呼ばれたとき、アイリスの心臓はひときわ大きく鼓動した。耳たぶあたりの長さの髪は少しカールされ、白皙の美貌に似合っていた。この惹きつけられる魅力の前では、女性たちが夢中になるのも当然のことであろう。
心臓が大きく高鳴りながらも、アイリスにとって一番苦手な男性のタイプであった。背が高く洗練された大人の男性で、おそらく頭脳も良く、何事もスマートにこなす人であろう。貴族の男性では多いタイプであり、過去、アイリスを笑顔の裏で嫌っていた男性たちとよく似ていた。
「私がエドモンド・クラークです。受付での失礼な対応を心から謝罪します」
エドモンドの謝罪の言葉にアイリスは現実に戻り、唾を飲み込んだ。
「謝罪を受け入れます。私はアイリス・フォン・ディルマークと申します。お時間をいただきまして、ありがとうございます。大叔母様のことでお話したいことがありまして伺いました」
エドモンドは室内の左側にある応接用のソファに案内した。ソファに座るように勧められ、アイリスは緊張のあまり震えた手を隠しながら何げない顔でソファに座った。エドモンドもゆったりとアイリスの正面に座ると、エバンスが飲み物を持って入ってきた。エバンスはテーブルにカップを置き、すぐに部屋から出て行った。
「弁護士のバルフォアド氏からお話はうかがっていますが、あなたからも話を聞きたい。母に話があるとのことですが、どのようなお話でしょうか?」
アイリスはエドモンドの冷ややかな視線を向けられ、気持ちを引き締めた。彼からの警戒のまなざしから、彼らが私たちをどのように見ているのかを探る必要があった。
「フォスター家の資産に関するお話です。マチルダ様は他家に嫁いだ方ですが、血筋はフォスター家の直系のお方です。フォスター家の資産を受け取る資格があります。フォスター家の今後に関してマチルダ様とお話をしたいのです」
「あなたはフォスター家にとってどのようなお立場なのですか?あなたはフォスター家を名のっていませんね」
「はい。マチルダ様は私の母の叔母に当たります。私の母はフォスター家の前当主ジェームズ・フォン・フォスター子爵の娘になります。前当主は私の祖父になります。母はディーンマーク家に嫁ぎましたので、私はディーンマーク家の者です」
「バルフォアド氏はフォスター家の弁護士ですか?」
「いいえ、ディーンマーク家の弁護士です」
「あなたが我々とフォスター家の資産を話し合うために代表で来られたということでよろしいですか?」
アイリスは代表という含みのある言い方が引っかかった。まるでアイリスのほかに誰かがいるかのような言い方であった。フォスター家の資産の権利を持つものはアイリスと大叔母マチルダしかいないというのに、何か誤解があるのだろうか。
エドモンドはアイリスから少し視線をそらした。
「最初に伝えておきましょう。私はバルフォアド氏からこの話をされたとき、何度もこちらはフォスター家とは関わりのない家だと話しました。私たちには関係のない話だと話しましたが、聞き入れてもらえませんでした。まさか大陸を越えてまで、こちらに来られるとは思いませんでした。あなた方は何を望んでおられるのですか?」
フォスター家を関係のない家だと言い切るエドモンドに、バルフォアドが言うように大叔母マチルダと会わせてもらえない可能性が高いと感じた。アイリスは表情を変えることなく、視線を下に落とした。
「それは、大叔母マチルダ様もそのように思っていらっしゃるということでしょうか?マチルダ様がフォスター家とは関わりがないとおっしゃられているのですか?」
エドモンドからの返答がないため、アイリスは視線をエドモンドへ向けた。銀と灰色の不思議な瞳がじっとこちらを見ていた。その瞳に怯えたことを悟られないように、再度問う。
「いかがでしょうか?マチルダ様のご意思でしょうか?」
「いいえ、母には今回の件、一切話をしていません。あなたは母とフォスター家の関係を知っていますか?」
やはり大叔母には話をしていないのだ。それならすべて話はエドモンドで止まっていることになる。アイリスは、何とかマチルダに会うために慎重に話を進めることにした。
「マチルダ様はご結婚のときに、フォスター家から絶縁されたことは聞いております。マチルダ様のお父様も兄のジェームズ・フォン・フォスター前子爵もマチルダ様をゆるさなかったと聞いております」
「その通りです。それなのに、なぜ、フォスター家の資産の話を持ちだされるのですか?」
エドモンドの口調は丁寧であったが、目は刺すように鋭かった。アイリスは言葉をつまらせ、とっさに次の言葉が出てこなかった。
「いまさら母に何の話をすると言うのでしょうか?母はあの家から絶縁された身だ。それも、すでに四十年近くがたっています。その間、あちらは一切、母を無視してきました。母は何度も許しを求め謝罪し、そのために古き大陸に帰ったこともありました。無視するどころか、フォスター家の者たちは母を屋敷に入れることなく、追い返しました。あなたはディーンマーク家の者です。フォスター家の者が来たのならば、話をすることができるでしょう。しかし、フォスター家の者は来ないのであれば話になりません」
アイリスはエドモンドの言葉になにも言えなかった。エドモンドの理屈のほうが通っているからだ。でも、もうフォスター家の者は誰ひとりとして残っていない。今、フォスター家の遺産に関して話す権利があるものはアイリスしかいないのだ。とても手ごわい男性だと、アイリスは何とか侮られないように毅然と頭を上げた。
今後、フォスター家の屋敷をどうするのか、マチルダの生家であるのなら、ディーンマーク家の者としてよけいに好きなようにはできなかった。それをどのように伝えてよいのかを迷いながら、マチルダが今でもフォスター家とつながっていることを話すしかなかった。
「マチルダ様はセロースの貴族の系譜にお名前があります。フォスター家から除籍されておりません。そのため、マチルダ様はセロースの貴族であり、フォスター家の爵位を継承する権利があります」
貴族という言葉にエドモンドの表情がかすかに険しくなった。
「なるほど、ようやく問題の箇所が出てきたということですね。あなたが気にされているのは爵位でしょうか?どなたか子爵の爵位を継承したい方でもいるのですか?母の存在が不都合であると?」
「そのような方はおりません。私はフォスター家の財産と爵位を含めて、マチルダ様にご相談したいとお話しているのです」
「その話であれば、弁護士同士で十分ではありませんか?こちらも弁護士を立てますので、あなたの弁護士であるバルフォアド氏と協議して解決すればいいと思います」
頑なに、この件にマチルダを関わらせたくない意図が見えた。アイリスは、目の前にいる自分の血縁者であり、はとこであるエドモンドの態度に次第に気持ちが沈んでいった。
「マチルダ様とお会いすることはできませんか?」
「わざわざお越しいただいたが、母とは会ってほしくないと思っています」
その拒絶の言葉はアイリスが想像していたよりも激しかった。
「なぜと聞いてもよろしいでしょうか?」
エドモンドの表情は変わることなく、どこか淡々としていた。
「一つは、私たちはフォスター家の財産などあてにもしていないし、必要としていないからです」
アイリスは彼の言葉に俯きそうになる。弁護士からの報告書を読んだときに感じたことが当たってしまった。夫人が一番つらいときにフォスター家は手を差しのべなかった。それから四十年近くたって、いまさらフォスター家の遺産だといわれてもいらないというのだろう。フォスター家の遺産など必要ないほど彼らは富を持っているのだ。
「そして、今となってはフォスター家の資産は私たちにとってお荷物なのです。大陸をまたいだ古い国の、それも王族たちがいる国のものなど私たちには手に余るものです。古い慣習に従っている者たちは新しい大陸を目の敵にしています。私たちを野蛮で蛮族の国の者と言っていましたね。私たちがフォスター家のものを得たら、その方たちはさぞかし文句を言ってくるでしょう。まあ何を言われようと気にはしませんが、煩わしいのは嫌ですね。関わりたくないという気持ちをわかっていただけましたか?」
エドモンドの答えはかなり辛辣であった。エドモンドの言うように、古き大陸と新しい大陸の間にはお互いに大きな溝があった。生活レベルやさまざまな技術の差だけではなく、一番大きいのは価値観の違いであろう。古き大陸の国々ではいまだに王侯貴族が特権階級を保持しており、共和制になった国でも同じである。
新しい大陸では王侯貴族は存在しない。その者たちの権威は通用せず、どんな者であろうと平等であると言っている。その考えは古き大陸を支配していた王国貴族たちには理解されず、その思想を嫌悪する者も多かった。エドモンドが言うように、この国に住む者にとって古き大陸の貴族の資産など手に余るものに違いない。
それでも一度大叔母と会って話をしたい。
「マチルダ様ご本人がそうおっしゃられるのなら、仕方がないと思います。そうでないのなら、やはり一度お会いして話をするべきだと思います」
「古い貴族の屋敷など必要ないと言っているのです。爵位も含め、あなたの方で好きにしてもらっても私たちは問題ありません。屋敷の売却のつてがないようでしたら、ご紹介してもよいのですよ」
会社の事務処理をするかのような言い方に、アイリスは不愉快に感じた。伝統あるフォスター家の屋敷を簡単に売却すればよいととれる言葉に怒りを覚える。代々の当主たちが守り、改築していった屋敷は歴史的にも価値があるものである。それを簡単に手放せとは、この大陸の者らしい考え方であった。
アイリスは古い習慣に縛られている貴族たちが良いと思っているわけではない。この新しい思想や自由で誰もが財を築き上げることができる国を否定しているわけではない。それでもエドモンドの言葉は、幼いころから学んできた貴族としての誇りと権威をおとしめられたように思えた。
アイリスはまっすぐとエドモンドを見据えた。
「あなたはどうやら勘違いをされているようです。遺産の権利はマチルダ様にあり、あなたにはありません。フォスター家の資産をどうするのかを決めるのはマチルダ様です」
エドモンドの不思議な色合いの瞳が瞬きを繰り返した。そして、手で口元を覆うと小さくため息をついた。
「一番の理由はこれ以上母にショックを与えたくないということです」
「ショックというのは、どういうことでしょうか?」
「母にはフォスター家の資産とあなたが来られた件は話しておりませんが、フォスター子爵が亡くなったことは伝えました。初めて子爵が亡くなったことを知ったのは、バルフォアド氏が私に連絡をくれたときです。子爵が亡くなってから一カ月以上が経っており、母は子爵の葬儀にも呼ばれなかった。自分の兄の葬儀にも呼ばれなかったことに、母はとてもショックを受けていました」
アイリスはその話に血の気が引いた。祖父の葬儀はアイリスが手配して行ったが、そのときはマチルダの存在を知らなかったので呼ぶことなどできるはずもない。自分の責任とは思わないが、それでもマチルダの心情を思えば、フォスター家がいまだに自分を許していないと思い、ショックを受けるであろうことは理解できた。
「そ、それは、その」
自分がマチルダの存在を知らなかったといえば、アイリスにマチルダの存在を教えなかった祖父が最後まで許さなかったといっているようなものであった。
「わかってもらえましたか?あの家に関係する者と母を合わせたくないのです。母がフォスター家にどれだけ苦しめられてきたことか。これ以上の苦しみを与えたくないのです」
アイリスは何も言うことができなかった。エドモンドはアイリスを見つめたまま続けた。
「母はあまり体調もよくないのですよ。心臓も少し弱っています。あまり驚かせたくないし、このことは母の負担になる。私自身もフォスター家に対しては嫌悪を持っています。フォスター家とは終わりにしたいし、その一族に関わるものとはつき合いたいとは思いません」
はっきりとしたエドモンドの拒絶の言葉に、アイリスはこれ以上説得する言葉を持っていなかった。彼らは裕福であるのだからフォスター家の資産を必要としていないし、逆に荷物である。そして何よりフォスター家がマチルダにとってつらい思い出であるのなら、このまま無理に会うことはできなくなった。
アイリスの目の前で新しい扉は閉ざされ、ディーンマーク家とフォスター家の重責だけがのしかかった。
唯一の近しい血族の一人であるエドモンドは、アイリスのことなど遠い地からきた他人としか見ていないのだろう。四十年という長い月日が生み出した溝は、アイリスが考えている以上に埋めることができない深いものであった。このような結果は初めから当然のことだったのかもしれない。
アイリスはマチルダと会うことをあきらめようと、しかたがないと自分を慰める。どんなに望んでもどうにもならないことがあることは、よくわかっている。
「お気持ちはわかりました。それでは、あなたが言うように弁護士同士で話をしてもらうことにしましょう」
もうエドモンドを見ることができずに視線を下に向けたまま答えた。そのときノックの音と同時に扉が開かれ、二人の若い男性が颯爽と入ってきた。
「これは来客中だったのですね」
アイリスはすぐに入ってきた二人がエドモンドと兄弟なのがわかった。髪色は違うがエドモンドと顔立ちがよく似ていたからだ。二人はアイリスに丁寧に謝罪した。
「これは失礼しました」
そんな二人の謝罪の言葉に、なぜかエドモンドはあきれたように二人を見ていた。
「予定よりも来るのが早いようだけど?」
「兄さん、すみませんね」
一人が悪びれもなく言うと、もう一人がニヒルな笑みを浮かべた。
エドモンドが弟たちを見る目はとても優しかった。先ほどまでの冷たい雰囲気は変わり、穏やかで頼りになる兄のような顔をしていた。アイリスは、どこか心が麻痺したかのようにぼうぜんとエドモンドたちを見ていた。ああ、本当に彼らにとって自分は招かざるべき客であり、厄介事を持ち込む者だったのだ。フォスター家などもう関係なく、大叔母は家族に囲まれてとても幸せなのだ。
ふっとこちらを見ているエドモンドの視線に気がつき、アイリスは退散するべきだろうと思った。
「もうお話は終わりましたので、私は失礼します」
アイリスは立ち上がると、エドモンドと二人の男性が少し驚いた顔でこちらを見ていた。エドモンドが怪訝な表情でアイリスを呼び止めた。
「アイリス嬢。あなたの立場はどうなるのですか?そのことを話していませんよ」
おかしなことを言うとアイリスは首をかしげた。立場とはどういう意味なのかとわからなかったが、もう結論は出ているので聞く必要も感じられなかった。
「マチルダ様とはお会いになれない。これ以上のお話はないと思います。失礼します」
エドモンドと二人に別れの挨拶をするとアイリスは部屋を出た。もう、ここにはいたくなかった。
ニューキャッセスに来て数日で、アイリスの冒険は終わってしまった。足が重く感じられ、脳裏にあの誰もいない城が浮かんだ。
頭の中ではバルフォアドに事の顛末を話すことや、予定より早く国に帰り、仕事をしないといけないことなどが次々と浮かんだ。ふっと気がつけば、いつのまにかエレベーターの前でぼんやりと立っていた。アイリスは深く息を吐き出すと、エレベーターのボタンを押した。
「失礼、アイリス嬢」
突然、後ろから声をかけられ、驚きとともに振り返った。後ろにはエドモンドが、なぜか複雑そうな表情で立っていた。わざわざ追いかけてきたことに、アイリスは緊張のあまり唇を噛みしめていた。まだ何かあるのだろうか。アイリスはエドモンドが怖かった。
「先ほどの話ですが、最終的には弁護士同士で話をするべきだと思っています。母と会ってほしくないという気持ちは偽りのない気持ちです。ですが、もう少しあなたの事情を聞く必要があると思っています。あなただけが、なぜこの場所に来たのかの理由が知りたい」
アイリスはバッグをぎゅっとつかむと、突然の譲歩にどのように返答しようかと迷った。彼が先ほど言った言葉は本心に違いないが、今の言葉は一族の中でアイリスが来たことに違和感を持ったような言い方であった。そう考えてみれば、彼はずっとアイリス以外の一族の者がいるような言い方をしていた。
アイリスはひどく情けない気持ちになった。
もしかしたら、彼はアイリス以外に本当に誰一人としていないことを知らないのかもしれない。
「私の話も聞いていただける機会を与えてくれるのですか?」
エドモンドはなぜか自嘲するような笑みを浮かべた。
「さきほどは失礼しました。私も一方的な言い方であったと反省しています。あなたから今のフォスター家がどのようになっているのか聞くべきであると考えなおしました。しかし、弟たちがいる前ではこの話をしたくないのです。どこのホテルに滞在しているのか教えてほしい。改めて私から連絡します」
「わかりました。滞在先はシーサイドホテルです」
「‥‥住所はわかりますか?」
「はい」
ホテルの名前だけではどこのホテルなのかが分からなかったのだろう。アイリスはバッグから手帳を取り出し、ホテルの名前と住所を書いて、書いた紙をちぎって手渡した。エドモンドはそれを受け取ると、まだ何か言いたげであった。
「あなたはどのくらい滞在する予定ですか?」
アイリスはその質問に心の中で呟いた。それはあなた次第だと。まだ話を聞いてくれる余地があるのなら、もしかしたらマチルダと会う機会も出てくるかもしれない。そんな淡い期待も持ったが、慌ててその期待を心の中から消した。もう落胆したくなかったからだ。
「最初は二週間くらいの予定でした。でも、今はわかりませんわ」
「カサノバに来たのは初めてですか?」
「はい。初めてです」
「この国に知り合いはいるのですか?」
変な質問をするとアイリスはため息が出そうになった。エドモンドとの会話は緊張で疲れる。いったい何を知りたいのだろうと、彼の意図がわからなかった。
「知り合いはおりません」
エドモンドがどこかあきれたようなまなざしでアイリスの服装を見ているようであった。
「知り合いはおりませんが、何も問題はありません」
「君の弁護士は体調が悪いと聞きましたが、助けが必要ではありませんか?」
エドモンドの思わぬ申し出に、アイリスはぽかんと見上げてしまった。最初の印象は合理的で無駄なことはしない人だと思っていたが、意外に面倒見がよい人なのだろうか。バルフォアドの心配をし、アイリスが困っているのなら助けの手を差し伸べようとしてくれている。
それに、アイリスはエドモンドに言われるまでバルフォアドがぎっくり腰で動けないことを忘れていた。エドモンドが声をかけてくれなかったとしても、そうそうに国に帰ることなどできなかったと現実を思い出した。
「先生はぎっくり腰になってしまったのです。お医者様にも診ていただきましたが、今は起き上がるのもままならない状態です。ですが、安静にしていれば大丈夫だと言われております」
「それはお見舞い申し上げます。それではすぐにはあなたの弁護士と話すことはできなさそうですね。医者からも安静を言われているのでしたら、当分は部屋から出ることもできないでしょう。確か三日前にこちらに到着されたと聞きました。弁護士の先生はいつから腰を痛められたのですか?」
「到着した翌日の朝です。ベッドから起き上がれない状態でした」
アイリスはバルフォアドの痛みで蒼白な顔を思い出し、気持ちが沈んだ。
「それではこちらに着いてから、あなたはほとんど一人で過ごされていたということですね。食事はどうされていたのですか?」
本当に何が知りたいのだろうと、困惑しながらも正直に答えた。
「すべてルームサービスです」
エドモンドは大きく息を吐き出し、「なるほど」と呟いた。何がなるほどで、いったいどういうことなのだろうか、次第にいらだちが募ってきた。
「それでは、今晩、私と夕食を一緒にどうでしょうか?外国に来たばかりでお一人というのは寂しいものです」
アイリスはその突然の申し出に、内心は悲鳴を上げていたが、これまで培われてきた淑女としての教育のおかげで叫ぶことはしなかった。いったいこの人は何をいっているのだろう。
「あなたは私をお食事に誘っているのですか?」
「ええ、先ほどの続きは、そのときに聞きましょう」
そのとき初めてエドモンドが微かにほほ笑んだ。その笑みにアイリスの心臓の鼓動が一気に高鳴った。いったい何が起こっているのか、この急展開にめまいがした。でもこれはマチルダと会うためのチャンスでもある。もちろんこのチャンスを逃すはずもなく、アイリスはそのお誘いを受けた。なぜ、先ほどはあれほど頑なな態度であったのに、このような歩み寄りをしたのかはわからないが、エドモンドを変えるような何かがあったのなら、まだ望みがあるように思えた。
「それでは、七時にホテルへ迎えに行きます」
「わ、わかりました」
アイリスは興奮と震えを悟らせないようにしながら、エドモンドと握手をした。




