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 ディーンマーク家のディーン城の起源はおよそ千年以上前とされており、最初は小さなみすぼらしい家であったと言われている。それから長い年月をかけて拡張され、今のような姿になったのは五百年前だと史書には残されている。

 かつては要塞として機能していた城は小高い山の上に建てられ、城壁に囲まれた難攻不落な城であった。城の周辺は深い森林に囲まれ、敵はなかなか城の姿は見ることは叶わず、たどり着くことができなかったと言われている。そのため、精霊がディーン城を隠しているという不思議な伝承も数多く残されていた。

 ディーン城を中心に数十キロ広がる森林がディーンマーク家の敷地であった。この深い森林を北に向かえば断崖絶壁となり、南に抜けると数千人規模の町がある。断崖絶壁の辺りは未開の地と呼ばれ、あまりにも自然の険しさに開発をあきらめた土地であった。南にある町は鉄道も通っていないほどの田舎町で、町を中心にどこまでも続く広大な農耕地帯となっている。ディーン城に使用人として常駐している者は十名にも満たない。ほとんどが近くの町から通いで来てもらっていた。


 アイリスは広大な城の廊下を歩きながら、まるでこの世界に自分しかいないのではないかと思ってしまうほど感傷的になり、思わずため息をもらした。実際に千人規模で人を住まわせることが可能な城に、十数人しかいないのだから、アイリスが感じる寂しさも間違ってはいないだろう。


 天井に描かれた見事な絵や黄金に飾られた壁にシャンデリアが、このディーンマーク家の繁栄を物語っていた。ディーンマーク家は王家とも縁があり、自国の中でももっとも古き家柄として年配の貴族たちからは古き血筋の方と呼ばれることもある。

 王家は栄枯盛衰とともに移り変わったが、ディーンマーク家はこの地に一族がたどり着いたときから変わらずこの地を支配している。それは時代とともに君主制がなくなり、政治が議会制となって貴族たちが領主という立場を失っても変わることはなかった。

 君主制が崩壊したことで貴族たちは領地を失い、爵位に城と屋敷、そして持っていた現金だけが残された。それはディーンマーク家も同じことで、ディーン城以外の二つの城と国内各地にある四つの屋敷、そして金や銀に宝飾品の数々、当時の通貨などが取り上げられることなく残された。

 ディーンマーク家は持っている現金を使い、この辺り一帯の土地の権利を買った。ディーンマーク家の当主たちは所有している土地を使い農耕を事業として始めた。会社を設立し、土地でできた農作物を国内だけではなく、他国に輸出したのである。それ以外にももともとあった綿の生産にも力を入れた。それが成功したことは、ほとんどの貴族たちが自分の屋敷を維持できなくなり没落していったのに比べ、ディーンマーク家は城も屋敷も手放すどころか、所有地にある町が発展させ、より財産を増やした結果を見れば明らかであった。

 ディーン城の近くにある町の住人のほとんどが会社の社員であり、町にある病院や学校などの運営もオーナーとしてディーンマーク家が絡んでいる。このような町が二つほどあり、ディーンマーク家の事業が多くの従業員の生活を支えていた。


 その優秀なる一族ディーンマーク家の最大の欠点といえば、後継ぎがいないことであった。アイリスの祖父も兄弟がいなく、父も兄弟がいなかった。そして、アイリスにも兄弟がいない。ディーンマーク家の直系はアイリス一人となり、直系どころか親戚もいない状態であった。遠縁といえば、祖母の方の家族が少しと、曾祖父の兄弟につながる者がいるぐらいである。

 ディーンマーク家が滅びるときは血筋が途絶えたときであろうと世間からは見られていた。


 アイリスは廊下の一番奥にある応接室に入ると、ソファから立ち上がった老紳士に声をかけた。

「先生、お待たせいたしました」

「突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきましてありがとうございます、閣下」

 そして、アイリスはもう一人ソファから立ち上がった人物に驚き、緊張した。

「カタード神官もようこそお越しくださいました」

「ありがとうございます。閣下」

 

 扉のすぐ近くには執事のロベルトと侍女頭のポロニャール夫人が控えていた。アイリスはポロニャール夫人をちらりと見ると、老婦人はお茶の用意を始めた。アイリスはソファの側で立っている二人の側にいくと、丁寧に座るように勧めた。

 ディーンマーク家の専属弁護士であるバルフォアドの突然の訪問の理由がわからなかった。祖母が亡くなったことで遺産に関してさまざまな手続きが必要であったため、バルフォアドとは頻繁に会っていたが、それも無事に終わったはずである。そして、町にある神殿の神官であるカタード神官がいることに不安を募らせた。祖母の葬儀でまだ何かあるのだろうかと緊張した。

 弁護士のバルフォアドやカタード神官は、祖父の代からディーンマーク家のためにさまざまなことに力を貸してもらってきた。執事のロベルトや小作頭のフォロットを含め、古参の彼らに対応するときはとても緊張する。彼らがアイリスを当主として認めていないわけではないことはわかっているが、彼らを失望させたくないという気持ちがいつもアイリスの中にあったからだ。

 アイリスが灰色のワンピースが皺にならないようにソファに座ると、ポロニャール夫人が紅茶の入ったカップをテーブルにセッティングした。


「今日はどうされたのですか?」

 滅多に表情を変えることがない弁護士が老いた顔を少し険しくした。

「相続に関して見落としがございました」

「相続の見落としですか?」

「はい。閣下の母君のご実家であるフォスター家のことでございます」


 アイリスは余計に困惑した気持ちで、いかめしい顔をした老紳士の顔を見つめた。母方の実家であるフォスター家もディーンマーク家と同じく直系はいなくなり、親戚もいない状態であった。祖父のジェームズには叔父がいたがアイリスの両親が亡くなったのと同じ時期に亡くなっている。その叔父には二人の娘がいたが、二人とも生涯結婚はしなかった。祖父にとっていとこにあたる二人は両親が亡くなった後、祖父を頼り、フォスター家の屋敷に住んでいた。二人とも祖父よりも十五歳以上も若かったのに、二年前に亡くなってしまった。

 フォスター家は親戚も後継ぎもいない家であったため、二カ月前に祖父のジェームズが亡くなったことで、フォスター家の財産と爵位はアイリスのものとなった。


「フォスター家がどうしたのでしょうか?」

「フォスター家の継承に関して、もうお一人正統な継承者がいらっしゃいました」

 アイリスの心臓がどきりと鳴る。突然の継承者の存在に、心臓が激しく高鳴っていく。それはフォスター家の継承を奪われるという不安からではない。もう自分に肉親は誰もいないのだと思っていたところに、近しい血筋の人がいるというからだ。


「どういうことでしょうか? 祖父が亡くなったときに相続のことで曾祖父の代から調べたはずではありませんか?それでも誰も出てこなかったのでしょう?」


 期待しないようにしようと思うのだが、アイリスの期待は膨らむ。この調査報告で母に兄がいたことを知ったのだが、若くして亡くなっていたことを知って落胆した記憶は新しい。もしかしたら、祖父の隠し子でもいたのだろうか。あの厳格な祖父がそのようなことをするようには見えなかったが、それ以外にどう考えても正統な継承者などいるようには思えなかった。


「落ち着いて聞いてください。あなたの祖父ジェームズ・フォスター閣下のお子は、あなたの母君のセシリア様と兄のジョージ様のお二人以外におられないのは間違いありません。もちろんジョージ様は十歳でお亡くなりになりましたので、ジョージ様に関係する方ではありません」

「それではどなただというのでしょうか?」

「ジェームズ・フォスター閣下にはご兄妹がおられました。あなたの曾祖父であるエリック様にはお二人のお子がおられました。お一人はジェームズ様、そしてもうお一人は妹君のマチルダ様です」

 思いもよらない話にあぜんとした。なぜなら一度もそのような話を聞いたことがなかったからだ。


「どういうことでしょうか?そんな、お祖父さまに妹がいたなど聞いたことがありません。母も一言も言っておりませんでした。まさか、正妻の子ではなかったということでしょうか?」

 あまりの衝撃的な内容に、アイリスは悲鳴に近い声で身を乗り出した。もしかしたら、身分違いの子であったのだろうか。正妻の子ではない可能性も考え、アイリスは息を飲んだ。今なら隠すようなことはないだろうが、曾祖父の時代なら正妻の子ではない場合は隠すこともあり得た。


「いいえ、マチルダ様は正妻のお子でいらっしゃいます。曾祖父エリック様は先妻がお亡くなりになった後、後妻にヘレナ様とご結婚されました。ジェームズ様は先妻の子で、マチルダ様は後妻のヘレナ様のお子となります。ジェームズ様とはまごうことなきご兄妹でございます」

「まあ、そのような話を知りませんでした。なぜ、相続のときにいらっしゃらなかったのですか?それならフォスター家を継承するのはその方ではありませんか?」

 アイリスの手が動揺で震えが止まらなかった。祖父の妹となると、母セシリアの叔母にあたる方だ。本当に近しい血縁者だと言える。


「どうぞ落ち着いてください。もちろん現在のフォスター家を考えますと、いくら他家に嫁いだ方と言ってもフォスター家を継承するに値する方と言えます。このことはジェームズ・フォスター閣下も承知していたことでしょう。それなのに閣下は最後まで妹君をお戻しにならなかった。そして、一切、妹君のことは話されませんでした。これには深い理由があります」

「理由をお聞かせいただいても?」

 自分を落ち着かせるために紅茶を飲んだあと、震える手を握りしめた。バルフォアドはそこでようやく隣に座るカタード神官に視線を向けた。

「その理由はカタード神官の方が詳しい。カタード神官はフォスター家とつながりがありました。よろしいですか?」

 最後の問いかけはカタード神官に向けられたもので、小柄な神官は神妙な顔で頷いた。


「もちろんです。私が知っていることをお話しましょう」

 アイリスは神官服を着た老人の方へと少し身を乗り出した。

「マチルダ様とジェームズ様は親子とも言えるほど歳が離れておりましてね。確か二十歳も離れていたと記憶しています。そのためジェームズ様はマチルダ様をとても大切にされておりました。ジェームズ様の父君のエリック様とヘレナ様もとてもお嬢様を溺愛されていました。明るくて天真爛漫な、そしてなかなか行動力のあるご令嬢でありましたよ」

「お祖父さまと二十歳も離れていらっしゃったのね。それなら、今もそれほどお歳のご年齢ではないのですね」

「ええ、ですから、誰もがお嬢様を可愛がりました。そして、マチルダ様がお年頃になったとき問題がおきました。平民と恋に落ちてしまったのです」

「まあ、恋に‥‥」

「それもこの国の者ではなく、ニューキャッセスから来た男でした」

「ええ、ニューキャッセス?!」

 アイリスはいよいよ身を乗り出した。


「マチルダ様とその男性が頻繁に会っているのが、父君に知られてしまいました。もちろん反対されました。マチルダ様には婚約のお話も出ていましたから、そのような素性の怪しい男と会うなどゆるされることではありません。それで父君はマチルダ様を屋敷に閉じ込めてしまったのです。マチルダ様は屋敷を抜け出し、その男性とニューキャッセスへ駆け落ちしてしまいました」

「駆け落ち‥‥」

 ニューキャッセスという新しい大陸に駆け落ちしてしまったという展開に、アイリスは心底驚いた。他の地方や隣国に行くどころか、別の大陸に行ってしまったというのだ。今は大陸間の行き来が盛んで気軽に行くことができる場所になったが、ひと昔前はまだそれが当たり前のことではなかった。貴族の令嬢としては大胆としか言いようがない。


「駆け落ちでは、厳格なお祖父さまは許さなかったでしょうね」

「その通りです。何より父君のエリック様はとても怒られ、マチルダ様に何があっても帰ってくることはゆるさないと言われたそうです。それに周りの者たちにもマチルダ様のことを話すことも禁止され、そのためにアイリス様も知らなかったのでしょう」

「駆け落ちしたのはかなり昔の話なのでしょう」

「はい。四十年近く前のことです」

「祖父が亡くなったときに親族を調べたはずですが、なぜその方のお名前がわからなかったのですか?」

 その質問にはバルフォアドが口を挟んだ。

「それは国の戸籍になかったからです。マチルダ様の戸籍はニューキャッセスに移されておりました。しかし、調べましたところセロースの貴族の系譜には記載がありました。マチルダ様はフォスター家から除籍されておりませんでしたので、セロースの貴族としての地位は残っていました」

 

 アイリスはその事実に息を飲んだ。国の戸籍は議会制に変わったときにできたもので、それとは別にセロースの建国時から記されている貴族系譜というものがある。それが爵位の権利にとって重要なものであった。

「それでは正式に大叔母様に爵位の権利があるのですね」

「爵位の権利があるということは、フォスター家の資産に関しても権利が主張できます」

 アイリスは事の重大さに大きく息を吐き出した。


「マチルダ様はこの国に一度も戻られていないのですか?」

 アイリスはカタード神官に問うと、神官は肩を落とした。

「エリック様がご存命のときは、かたくなに帰ってくることを許さなかったと聞きます」

「それでは、曾祖父が亡くなったときは帰ってこられたのですか?」

「マチルダ様はとても情が厚い方でしたので、ご家族を心配されておりました。エリック様の葬儀のときに帰って来られたのですが、兄のジェームズ様の剣幕はすごかったことを記憶しています。マチルダ様だけではなく、マチルダ様の夫とお子様も一緒に神殿にきました。ジェームズ様はマチルダ様の夫をひどい剣幕で罵られたのです。父君だけではなく、ジェームズ様もマチルダ様が帰ってくることをゆるしませんでした」

 アイリスは気持ちが暗くなってきた。そこまでこじれてしまっているのであれば、今はどのように大叔母は思っているのだろうか。

「母は大叔母様を知っていたのですか?」

   

 カタード神官は答える代わりに、アイリスの後ろに控える執事とポロニャール夫人へと視線を向けた。その視線に気がつき、アイリスは少し振り返り、二人を見ると、ポロニャール夫人が小さく頷いた。


「二人はマチルダ様のことを知っているのですか?」

「はい、昔にこの城に来られたこともありました。私はお名前とお顔を知っている程度ですが、ポロニャール夫人はマチルダ様とお話ししたことがございます」

 アイリスは執事の言葉に老婦人へと視線を向けた。ポロニャール夫人は寂しげな笑みを浮かべた。


「私は、当時の駆け落ち騒動の話はフォスター家の侍女から聞いた程度しか知りません。それでも相当ひどい騒動であったのを記憶しています。ジェームズ様はとてもマチルダ様をかわいがられていたそうです。二十歳も歳が離れているのですから、それはもう大切にされていたことでしょう。マチルダ様は父君のエリック様がお亡くなりになったとき、葬儀に出席するためにこちらに戻ってこられました。しかし、兄のジェームズ様が葬儀の参列を許さず、屋敷にも入れさせませんでした。そのとき、アイリス様の母君セシリア様はひそかにマチルダ様とお会いしたそうです」

「母が会っていたのですか?」

「ジェームズ様には内緒でマチルダ様と連絡を取り合っておられました。私はセシリア様がディーンマーク家に嫁がれた後に、セシリア様からお話を伺いました。このことを知っているのは私だけです」


「アイリス様、マチルダ様にはお子様がいらっしゃいます。もしフォスター家のことを考えるのであれば、マチルダ様をお許しになり、マチルダ様のお子様を養子にして爵位を継がれる選択もございました。ですが、それをしなかったことを考えると、お二人の間には相当根深いものを感じます」

 老執事の見解にアイリスも知らず知らずのうちにため息をついていた。祖父のジェームズはとても頑固で、そして融通が利かない人であった。それよりもアイリスにとって気になる言葉が出てきた。大叔母のマチルダに子供がいるという。自分にとってはとこに当たる血縁者であった。


「ポロニャール夫人、マチルダ様にはお子様がいらっしゃるのですね」

「はい。いらっしゃいますよ。八人のお子様がいらっしゃいます。その中で男性が五人もいらっしゃるのです。誰かお一人でもフォスター家を継いでくだされば違っていたでしょう」


 アイリスは信じられないとあんぐりと口を開いた。自分には血族などいないと思っていたところに、いきなりはとこが八人もできてしまったのである。アイリスは興奮とともに、いろいろなことが頭の中を駆け巡った。現在はフォスター家の資産はアイリスが管理しているが、マチルダの子供たちが継承するのが正しいように思えた。この考えが間違いではないと自分を落ち着かせるために少し息を整えると、バルフォアド氏に視線を向ける。この老弁護士がこのような話を持ってきたということは、マチルダから連絡があったのかもしれないと考えたからだ。


「先生。このようなお話を私にされるのは、マチルダ様からご連絡があったからですか?」

 期待を込めた声にバルフォアドは軽く首を左右に振った。

「いいえ、あちらからは一切の連絡はありません。マチルダ様のお血筋から考えて勝手ながら、私の方からマチルダ様に最初は封書で、その後にお電話でご連絡を差し上げました」

「ええ、それで」

「マチルダ様が封書をお読みいただいているかはわかりません。お電話ではマチルダ様と直接お話しすることはできませんでした。私が話したのは、マチルダ様のご長男という方です。彼はフォスター家のことを知っており、こちらをとても警戒していました。彼は、フォスター家に関してはこちらには関係ないとのご回答でした」

 アイリスはその回答に青ざめた。それだけ祖父との関係がとても悪かったのだということが理解できた。

「でも、このままというわけにはいきません」

 そう、このままというわけにはいかない。大叔母のマチルダはフォスター家の財産を得る権利がある。


「その通りです。すでに爵位はアイリス様が継承しておりますが、マチルダ様の方で権利を主張された場合、フォスター家内の争いということで評判に傷がつきます」

「私は評判など気にしておりません。それよりもマチルダ様が正当に引き継ぐ財産です。私はマチルダ様にお返ししたい」

 フォスター家の財産を渡したいという気持ちもあるが、大叔母という血縁者と会いたいという強い気持ちが湧き上がった。アイリスは、はとこたちのことを考えると胸がざわめいた。これまでの憂うつな気持ちを吹き飛ばすほどの活力が蘇ってきた。


「どのようにされるにしても、直接の話し合いが必要でしょう。しかし、マチルダ様たちがこちらにいらっしゃるとは思えません。それなら、どうされますか?」

 四人の目が静かにアイリスに注がれた。その質問にアイリスの気持ちは固まっていた。 


「私がニューキャッセスに行き、大叔母様とお話しします」


 反射的に立ち上がり、強く宣言していた。燃え上がるような気持ちと、いろいろな考えが浮かんでくる。そう、自分が大叔母に会いに行けばいい。しかし、すぐにすっと気持ちが冷え、現実に戻り、力なくソファに座った。自分にはここでやらなくてはいけないことがたくさんあるからだ。

 アイリスは事業を含めて、いろいろと仕事を抱えている。ニューキャッセスに行けば、少なくとも二週間以上は帰ってこられない。その間のことを考えると、気軽に行くなどと言えることではなかった。


「私が行くなど、それは無理なことですね」

「いいえ、無理なことではありません。アイリス様が行きたいとおっしゃるのなら、私たちがお手伝いをいたします」

 思いもよらない執事のロベルトの言葉に、アイリスは顔を上げた。

「え?でも」

「アイリス様がいらっしゃらない間、私がこの城の管理と他の城や屋敷の管理をしましょう。ご安心ください」

「使用人の指示は私にお任せください」

 ポロニャール夫人はまっすぐと背筋を伸ばして告げた。


「農地や事業に関しても小作頭のフォロットに任せればよいでしょう。城の維持は庭師のセスがいます。他にもあなたを守る者はたくさんいます。一時的にアイリス様がいらっしゃらなくても、今は電話もあり連絡が取れるのですから大丈夫ですよ」

 反対されると思ったのだが、力強いロベルトの後押しを受け、アイリスは四人の老人たちを見回した。


「マチルダ様はきっとアイリス様を受け入れてくれるでしょう。あの方はとても気持ちの大きい方でした。大丈夫ですよ」

 カタード神官の励ましに、期待が膨れ上がっていく。

 この土地から離れることができないとあきらめようと思ったが、行くことができるかもしれないと少しずつ実感が湧き、期待のために心臓の鼓動が激しくなった。


「私はニューキャッセスに行ってもいいのでしょうか?」

「こちらのことは私たちでどのようにもなります。ご家族が関わることです。あなた様が行かれるのがよろしいと思います」

 ポロニャール夫人の言葉に、心に明かりがともったかのように希望が見えた。

「わかりました。ニューキャッセスへ行きます」


「それでは準備をいたしましょう」

 四人の老人たちはにっこりと笑うと、さっそくとばかりに動き出した。




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