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07.手、洗った?

 狭い穴を一人ずつ潜った先は、昨日のダンジョンよりも空気の軽い、ひんやりとした岩肌の洞窟だった。

 何故か、岩肌自体が暖色系に発光していることが余計にそう感じさせるのかもしれない。


「うひゃ、狭ーい」


 水波さんの言葉どおり、昨日の学校ダンジョンに比べて随分と狭い。

 女子二人が並んでなんとか通れる程度。

 これなら基本的に縦に一列になって進まないといけないだろう。


「わたしが前に」


 小林さんがずいっと先頭に立つと、短く宣言した。


「オロバス」


 その一言に従い、傍に幻影が浮かび上がる。

 両目が水晶になっている馬頭の長躯の西洋騎士。盾と戦鎚を持ち、それを打ち鳴らしながらいなないて(・・・・・)いる。


 けたたましくて、正直ちょっと耳が痛い。



「うるさい!」


 あっ、小林さんがツッコんだら大人しくなった。

 というか、心なしかシュンとしてる。


「さぁ、行こう」


 普段よりもイキイキとしてるようにも感じる小林さんに先導され、僕たちはダンジョンの奥を目指して歩き出した。




 女子三人組のパーティーは、非常にバランスが良かった。

 小林さんのオロバスが索敵と盾役をこなし、土宮さんのエグインが回復と補助。

 そして……


「いっけぇ、コーセン!」


 水波さんの声に従い、際どい水着のギャル振るった手の先から、水の刃が放たれる。


「どーよ、ユウタくん。アタシのコーセン、かっこ可愛いでしょ」


 結果すら確認しない彼女は、自分の攻撃に対する絶対の自信をもっているようだった。


「太ったおばさんと、馬と比べるのも何だけど、可愛さ圧勝ってね」


 確かに、水波さんのコーセンは可愛い、というか人間然とした姿をしている。

 長い金髪にバッチリ決まったギャルメイク。

 扇情的な際どい水着を、小柄な起伏の少ない女性が着ているため、なんか背徳的だ。


 しかし、そんなセリフに他の二人の視線が痛い。


 それは、自分で選んだではないだろう幻影の容姿のマウントに対する抗議か、ちゃんと戦えという文句か。

 両方かもしれないけど……


「確かに可愛いけど、ちょっと目のやり場に困る…… かな?」


「やだー、ユウタくんのえっちぃ」


 僕の言葉に、水波さんはニマニマ笑いながら僕の頬をつんつんと突いてくる。


 やはり二人の視線が痛い。


 基本的に、水波さんの距離感は若干バグってると思う。

 冗談も、会話も、スキンシップも、何か全部近い感じがする。

 正直、今でも隠キャに対する陽キャの罠なんじゃないかと、疑ってないとは言い切れない。

 つまり、今とるべき僕の選択肢は…… 逃げだ!


「水波さん、ちょっと冷えたからトイレ!」

「ええっ! トイレなんかないよ」

「あっちの通路に行くから」

「ちょっと、危ない――」


 水波さんを振り払い、僕は進行方向とは別の脇道へと駆け込んだ。もちろんトイレは嘘である。

 …… いや、そもそもこんな密閉空間でトイレに行くのはエチケット違反?


『えー、最悪。あいつのヤッた後を通らないといけないの?』


 とか思われてたら…… 死んでしまう。

 もう少しマシな言い訳を考えられたら良かったかも。

 自業自得な状況に頭を抱えて天(井)を仰ぐと、目が合った。


「ゲコッ!」


 カエル頭の、例の蜘蛛男よろしく天井に張り付いているモンスターと。

 当然、ただ暇つぶしに張り付いているわけじゃあるまいし、その目的は――


「ゲコォ!」

「―――― ッ!」


 天井を蹴り、僕に向かい跳躍(・・)してきたカエル頭。

 対して僕は、反射的に身体が動いた。

 何故かそうすべきと分かったと言うべきか「ぱちん」と右手の親指と中指を弾いて音を鳴らしながら、カエル頭を薙ぐように腕を払った。


 ジッ――!


 一瞬、紫の炎が閃いた。

 そして、その炎がカエル頭に触れたと思った瞬間、紫の炎はカエル頭を包み込んだかと思うと、瞬く間もなく消えた。

 熱も、灰も、カエル頭のカケラすら残さず、元々なにも存在してなかったかのような自然さで。


(つ、つぇぇぇえ!)


 全く手応えがなかった。

 例えるならば、ボールの真芯を捉えた時のあの感覚。

 野球にしろ、バレーにしろ、サッカーにしろ、真芯を捉えた時の完璧な感覚。


 そして掴んだ。


 みんなのように名前を唱え、派手に幻影を呼び出して戦うわけじゃない、自分だけの力のカタチ。


(楽しい……)


 まるで一騎当千にもなったかのような全能感に、思わず右手を見つめニヤリと――


「ゲコォ!」

「うわぁああ!」


 油断大敵。

 天井から降ってきた別の個体を、声を上げながらすんでのところで転がりながら回避。


(ちっ、反撃を――)


 そう思い、立ちあがろうとした僕の横には、誰かの気配があった。


「サガくん、大丈夫」


 小林さんが、オロバスを展開しながら僕を庇うように立っていた。


「ユウタくん、ちゃんとチャック閉めてる?」


 水波さんとコーセンが、揃ってニヤニヤと僕の下半身に視線を向けている。


「コラ、シズク! ごめんね、嵯峨くん」


 土宮さんは、つとめてこちらに視線を向けないようにしながら、器用に水波さんを叱っている。


 三人は、僕の無事を確認すると、手慣れた様子で連携し、苦もなくカエル頭を処理していく。


(あぁ、僕の活躍のチャンスが……)


 嘆く僕の前で、三人はハイタッチ。

 そして、水波さんは僕に笑いかけると――


「ユウタくん、手、洗った?」


 ゴシゴシと、コーセンの力で手を洗ってくれた。

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