06.何を根拠に
「な、なんで土宮さん?」
モニター付きのインターホンには学校のアイドルである土宮さんが、なぜかジャージ姿で写っていた。
両親共働きのため、この時間は家に僕一人。
部屋着で下に至ってはズボンすら履いていない始末。このまま出迎えるわけにはいかない。
「土宮さん、ちょっと待って。すぐ出るから」
ダッシュで部屋に駆け戻り、デニムを引っ掴む。上は…… 量販店のよく分からない英語の書いてあるTシャツ。まぁいいか。
慌てて戻り、デニムを履いて扉を開ける。
「ごめん、お待たせ」
扉の前には、土宮さん以外にも女子が二人。
皆、何故か学校指定ジャージ姿。
疑問はあるが……
「暑いし、とりあえず上がって」
僕は、三人を招き入れた。
お盆にガラスのコップを四つ乗せ、麦茶を注ぐ。氷は…… 女の子は冷えすぎたらダメだって聞いたような? 入れない方がいいのか?
とりあえず、よく分からないので氷なしで。
リビングにあるソファに、土宮さんと、一緒に来ていた女子―― 小林さんだっけ? が座り、少し離れたところに置いてある『人間をダメにする』ビーズクッションに、水波さんが埋もれていた。
「ど、どうぞ」
とりあえず、ソファの前に設置してあるテーブルに四つの麦茶を置くと、テーブルの一角に置いてある座布団に座った。
「なんでユウタくんの部屋じゃないのー?」
「お茶、ありがとう」
土宮さんはつとめて優雅にお茶に手を伸ばしながら、水波さんの不平を無視。
僕もそれに倣い、今日の用向きをたずねた。
「それで、今日はどうしたの?」
「ちょっと、二人とも無視!? ヒドーい。あ、ケンドーちゃんお茶とって」
言葉ほども気にした様子のない水波さんは、お茶を無心しているけど、小林さんのことだろうか? なんでケンドーちゃんと呼んでいるのか尋ねてみると、彼女が剣道部員だからだとか。
細身で長身。ベリーショートの髪と鋭い目つき、無口で礼儀正しい佇まいが、なるほど、確かに運動部というより武道を嗜んでいる人の雰囲気だ。
クラスで誰かと一緒にいるというイメージではなかったけど、なんで今日は一緒なんだろう?
「これから私たち、ダンジョンに行こうと思うんだけど、小林さんって強そうなイメージだからお願いしたんだ。
それでね、嵯峨くんも一緒にどうかな、って思って」
土宮さんの言葉は、納得できるようでいて、それでもやっぱり……
「ダンジョンって勝手に行っていいものなの? 危なくない?」
「私たち力もあるし、昨日も危なげなかったから多分大丈夫だよ。
少なくともモンスターに苦戦することはないと思うよ」
いつもクラスメイトに向けている天使のような微笑みで、こともなげに話す彼女は、なにか土宮さんらしくないような気もして、僕は納得の言葉を口にできずにいた。
「大丈夫だよユウタくん。それに、今度はユウタくんにもばーんって力が手に入るかもしれないしね」
僕もジャージに着替え、女子三人と連れ立って歩く。
昨日までの日常ではあまり考えられない状況に、少しなにか気後れしてしまいそうになる。
「そういえば、火川くんたちはいっしょじゃないの?」
尋ねた僕に、土宮さんは何故か悔しそうな表情を見せた。
そんな土宮さんに代わり、水波さんが肩を竦めながら教えてくれた。
「昨日、ダンジョン出た後にカバンを保管していてくれた役所の人が言ってたでしょ。
同じようなダンジョンが日本各地でできて大騒ぎになってるって。それも何千も」
そう、ネットもテレビもその話題でもちきりだった。
やや、現実感のなかった状況に、一気に色がついたような気分だ。
「それで、調べてみたらこの近くにもいっぱいダンジョンの入り口の目撃情報があったらしくて、アキラは朝からその場所目指して突撃してったってワケ」
あー、成る程。確かに火川くんらしいと言えばらしいね。納得してしまう。
「ついでに、ハヤトくん―― あ、風間くんのことね。彼は、アキラが一人で心配だってついて行っちゃったんだ」
「そうなのよ、風間くんと火川くん…… そんなオイシそうなシチュ――」
「コラ、つっちー」
水波さんの説明に、何故か歯噛みをしていた土宮さんの肩を水波さんがポンと叩く。
ハッとして、笑って誤魔化す土宮さん。
やっぱり何からしくないというか……
まぁ、まだ友達として一週間程度の付き合いだし、そこまで彼女に詳しいワケじゃないんだけど。
「そういうわけで、私たち二人もダンジョンに興味はあったんだけど、二人だけってのは不安があったから、小林さんに同行お願いしたの。
小林さん、昨日の脱出の際もすごく活躍して頼りになってたから」
コホン、と気を取り直した土宮さんの言葉に、小林さんは照れたように頬をかいた。
口数は少ないけども、なんとなく素直な性格みたいだ。
「なんて言ってる間にとーちゃく! ココみたいだよ」
水波さんが宣言して立ち止まったのは、大型商業施設の裏手の駐輪場の一角。
昨日見た学校のダンジョンの出口よりも随分小さな、人一人が通れる程度の怪しげな穴が腰の高さに浮かんでいる。
規制線、というのだろうか「危険」と書いてある黄色のテープが周囲に張られていた。
「行くの、学校じゃないんだ。
ってか、危険って書いてあるけど入っていいの?」
「大丈夫、大丈夫。
さ、行こうか」
何を根拠にと言う前に、水波さんは不用心にその穴に身体を潜らせていった。
本当、何を根拠に。