04.彼女も悪気が…… 無いといいんだけど
「あああぁぁぁッ!
なんで! なんでなんだよ!」
僕はうずくまり地面を両手で何度も叩いていた。
クラスメイトの名前を呼んでも、誰も返事がない。
火川くんも、風間くんも、水波さんも、土宮さんも、誰も彼も。
ついさっきまで、みんなで夏休みの開放感に騒いでいたのに。
「こんなの…… こんなのあんまりだ」
視線は、自然と例の像の方へと向いていた。
水波さんが触った瞬間、溢れ出した光がみんなを飲み込んだ。
僕は立ち上がると、足をもつれさせながら像まで駆け、掴みかかる。
「返せ! 返せよこのヤロウ!
友達なんだよ。せっかくできた、認めてくれた友達なんだ!
だから……」
でも、僕が触れても像はまるで何事もなく、ただ沈黙したまま。そんな姿が、だんだんと腹立たしく感じるようになってきた。
「くそッ!ふざけるな!」
僕が罵声を浴びせ、思わず蹴り飛ばすと、像は呆気なく後ろに倒れ、まるでその役目を終えたとばかりに粉々に砕け散った。
「えっ……?」
唖然とする僕の目の前で、粉々に砕けた破片から光が立ち上る。
それはしかし、クラスメイトを消した光とは違い、おどろおどろしく蠢く、紫の異形の光。その光は、空中で錐状に収束し、雷よりも早く飛来すると、僕の身体を貫いて消えた。
「な、なんだ?」
痛みはない。
火川くんたちのように、身体が光に変わって消えていく感覚もない。
けれど――確かに、何かが僕の内側に“入ってきた”感触だけは残っていた。
理解できない感覚に、貫かれた胸の辺りをさすっていると、目の前で白い光が巨大な円柱状に立ち上る。
(なんなんだ、次から次へと……)
……光柱の中に、影が揺らぐ。
人の……姿?
一人、また一人と形が定まり、次第に見覚えのある顔――
次々と現れたのは、先ほど消えたクラスメイトたち。皆、一様に晴れやかな顔をしていた。
「あれ? ユウタ…… 泣いてるのか?」
「う、うるさいッ!」
みんなの顔を見た瞬間、勝手に涙腺が全開になり決壊していた。
だって、あんな消え方したらもう――
「なんかよく分からんけど、心配かけた?」
「心配なんかしてない!」
涙を拭いながら、吐き捨てる。
その言葉は嘘じゃなかった。
したのは心配じゃなく絶望だったから。
だからこそ、涙が溢れて止まらないんだ。
本当に、無事でよかった。
「みんな光になって消えたから、てっきり――」
「私たちのために泣いてくれてたんだ。ユウタくん優しいね」
皆の姿に安堵し尻餅をついていた僕の頭を、ひしと水波さんが抱きしめる。
こんな時に抱きしめるのはズルい。涙が止まるわけないじゃないか。
でも、鼻を啜り、なんとか涙を押し留める。
顔を上げれば、じっとコチラを見つめるクラスメイトたちの視線。
友愛、好奇、嫉妬、軽蔑、嘲笑、侮蔑。
わずかな温かな視線と、多くの昏い視線。
その中でも、特別突き刺すような視線の主が、嘲るように口を開いた。
「コイツ、ここにいたってことは、あの部屋に行ってないってことじゃね?」
その言葉に、クラスメイトがざわつく。
(あの部屋?)
一言で分かる、僕の知らない共通認識。
今のセリフから、みんなが消えている間にその「部屋」に行って、何かがあったってことなんだろう。
いったい何が?
疑問を浮かべる僕に、彼女は、批判を強める。
「やっぱりコイツは、アキラくん達と付き合う器じゃなかったんだよ」
「オマエ、まだそんなこと言ってるのか? そもそもユウタはオレが突き飛ばしたせいで取り残されただけで、たまたま運が悪かっただけだろ」
「アキラくんたちに才能で敵わない私たちにとって、運だって大事な要素よ。
コイツにはそれすら欠けてる」
今日の彼女は「あの部屋」とやらに行った影響なのだろうか、火川くんの反論に怯むことなく食ってかかり、僕への批判を展開している。
「ちょっと待てよ、二人とも。
嵯峨くんが力を得られなかったのは、確かに今後考える必要があるかもしれないけど、今重要なのは別のことだろ」
二人に割って入った風間くんが、話を別方向に舵を切る。
二人とも、まだ言い足りない顔をしていたが、やはり風間くん。彼の顔を立てるように、二人は言葉を収めた。
その姿に安堵した風間くんは、次いで、周りで野次馬を決め込んでいたクラスメイトに向けて声をかけた。
「あの部屋で聞けなかった人もいるかもしれないけど、この神殿は地下五階にあるらしい。
まだ、ボクらも力を授かったばかり。
どこまでできるか分からない。
一度、ダンジョンを脱出するために地上を目指す方がいいかと思うけど、みんなはどう思う?」
風間くんの言葉に対し、反対の声は上がらなかった。むしろ賛成の声を上げ、家や家族に思いを馳せる言葉を各々口にする。
「よし、ならオレが先導するぜ。みんな付いてこい!」
さっきまでの喧嘩腰はどこへやら、調子よく宣言した火川くんが、上りの階段まで駆けていった。
クラスメイトたちも、その言葉に従い移動を開始する。
僕はというと……
「嵯峨くん、さっきのことは気にしないで。彼女も悪気が…… 無いといいんだけど、ハハハ」
煮え切らない風間くんのフォローを聞きながら、その手を取って立ち上がる。
「まぁ、何にせよここを脱出したら、ボクらが知り得た情報を教えるよ。
とりあえず、道中危険があるかもしれないから、嵯峨くんは最後尾から付いてきて」
危険があるなら、僕も手を――
そんな言葉さえも言わせない、自信と慈愛に満ちた表情の風間くんに、僕は素直に従うことにした。
「それなら、風間くん。私、嵯峨くんに付いて守るようにします」
「えー、つっちーズルい。アタシもユウタくんと一緒に行く!」
横からひょこっと顔を出した土宮さんと、隣に立っていた水波さんが声を上げ、風間くんはその提案を快諾する。
「嵯峨くんのこと、よろしく頼むよ」
そう言い残し先頭に向かう風間くんを見つめる土宮さんの瞳が、何故か怪しく光ったような気がした。
ん…… いや、いつものアイドルのような微笑みの土宮さんだ。見間違いか?
それより、ダンジョン。
いったい何が何やら。
僕は二人に付き添われながら、クラスメイトの後を追い、上りの階段へ向かった。




