03.キタコレ
「終わったー!」
今学期最後のHRも終わり、開放感に声を上げる火川くん。そんな火川くんの肩をポンと叩き、水波さんがチッチッと指を振る。
「違うわよ、アキラ。これから始まるのよ」
一拍の溜め――
湛えた笑みに妙な迫力が宿る。
「私たちの夏休みがッ!」
教室内が喝采に沸いた。
おバカキャラだと思ってたけど、水波さんもさすが一軍。見事な扇動力。
たった二言で教室内はあっという間にお祭り騒ぎ。
「ほら、ユウタくんも踊って」
水波さんに誘われるがまま、僕も端の方で皆に合わせ、よく分からない適当なステップを踏む。
ここ一週間、火川くんの友達宣言から怒涛のような日々だった。
目まぐるしく変わったこんな日常も、きっと夏休みの間に朝露のように消え、二学期からはまた今までのような穏やかで孤独な日常に戻るんだろう。
周囲の視線は厳しかったけれど、この数日は特別で――
振り返ってみると、案外、悪くなかったんだと気づかされた。
(少し…… 惜しいかも)
そう思った僕が感じたのは、地響きだった。
戸惑いの声がクラスメイトの間から上がり、次いで床が大きく跳ねた!
「地震だ! みんな――」
風間くんの声が響く。だが、続いて上がっただろう彼の警告の声を掻き消すように、足元から突然、重さを伴った光の奔流が轟音ともに吹き上がる。
まるでその光に飲まれるかのように、ひとりひとりクラスメイトの姿が消えていく。
目の前で踊っていた水波さんも、腕をこちらに伸ばしながら――
(なんで、なんでこんな……)
そして僕も光へ飲み込まれていった。
流されていくような感覚。
視界は白く染まり何も見えないが、平衡感覚が身体が動かされているのを訴えている。
そして止まる。
落下する感覚ではなく、何かに“捕まったような”唐突な停止だった――
視界はまだ利かないなか、肌に感じる感覚はエアコンの効いたあの快適な空気感ではなく、なんというか、もっと重く冷たい。
座り込み、地面に手をつけると、石のように冷たく、固い感触。
もちろん、教室の床は石じゃない。
(まさか、石畳とか言わないよな)
嫌な予感を感じながら、視界は徐々に世界を取り戻す。耳もやられていたようで、同時に周囲のざわめきも聞こえてきた。
(なんだよ、コレ)
果たしてそこは、古代ヨーロッパにあるような石造りの神殿のような場所だった。
光に包まれたクラスメイトも、みな近くにいるようで、不安を口にしながらもお互いの無事を確認し合っている。
(嘘だろ、冗談だろ……)
目の前に広がる光景はあまりにも突然。
現実感を喪失させるような事態が起こっていた。
自分自身動揺はあるものの、意外なほど平静に状況を観察できている。
でも、誰もがそんな状況に冷静でいられる訳はない。特に30人もクラスメイトがいれば、一人くらい……
「何なの! どこなのここ!? もしかして……
嘘。嫌。イヤーーー!!」
混乱するヤツは出てくるよな。
こうなると、後は伝播して収集がつかなくなるのがオチ。
そしてその先は――
最悪を想像してしまった僕の未来予想は、だが、風間くんと土宮さんの即座の動きで実現することはなかった。
混乱し、泣き叫び出した女子を即座に宥め、周りで恐怖心に充てられたクラスメイトをフォロー。
バラバラに立っていたクラスメイトを集め、火川くんと水波さんの力も借り、皆を鼓舞し安心を植え付ける。
(おいおい、何だよそれ。統率チートかよ)
およそ学生とは思えない彼らの行動力、そのカリスマ性に、羨望も嫉妬を抱く余地もなく、ただただ見せつけられる主人公力。
四人の活躍で、クラスメイト全員は平静を得られ、周囲を調べる心の余裕が生まれた。
手分けして調べてみた結果を話し合ったところ、広さはだいたい体育館の倍ほどの円形。中央に等身大の神か何かを模した像が立っており、像の向かって正面の壁に登りの階段、背面の壁に下りの階段。そのほかの壁には柱を模したモチーフが刻まれていた。
つまりはここがこの像に関する神殿か、祭儀場という類の場所なのだろう。
「さて、どうしたものだろうか」
中央の像を囲む形で集まったクラスメイトに向けて切り出す風間くんの言葉に、クラスの意見は三つに割れた。
ここに残って救助を待つ派。
階段を登って脱出を図る派。
階段を降りて脱出を図る派。
意見は割れたが、誰もが自分の意見に自信がなかった。
それも当然。
そもそも自分達がいるここがどこなのか。それを誰もわかっていなかった。
待てば救助が来るのか?
出口に辿り着くには階段を登ればいいのか、降りればいいのか。
誰も明確な答えを持たなかった。
「せめて、この像にヒントでもあればいいのにね」
「ちょっと、水波さん!?」
道筋の見えない現状に不満を示すように、安置された像の肩を不用意にぺちぺちと叩く水波さん。
嗜めるように風間くんが声を上げ、彼女を制止しようと動いた瞬間、まるで叩かれた事に抗議するかのように、像が無機質な音と眩い光を放った。
『セカイヲユガメルウロニイドムモノニシュノシュクフクヲ』
放たれた光は、頭上の方へ伸びたかと思えば、上空で細くちぎれるように分かれ、クラスメイトそれぞれを貫かんと降り注いできた。
「キャーーー!」
「うわあぁぁぁ!」
「キタコレ」
「ユウタ、危ないッ!」
皆が悲鳴を上げる中、隣に立っていた火川くんは、僕を庇うように突き飛ばし降り注ぐ光に貫かれた。
「火川くん……?」
呼んでも返事はない。返ってくるはずもない。
目の前で、彼は確かに―― 光の粒になって消えたのだ。
口の中が乾く。息が吸えない。
そんなはずはない。なのに、現実が目の前に突きつけられていた。
(み、みんなっ!)
助けを求めるように辺りを見回す。
だが、目に映ったのは、火川くんと同じように光の粒となって消える誰かの姿。
後に残されたのは、僕、ただひとりだった。