18.某所
ノック音が三度響く。
木製扉を一定のリズムで打つその音は、耳に心地良い。
室内で書類に目を落としていた男は、その音に反応するが、誰何するでもなく返事するでもなく、ノックの主の入室を待つ。
「失礼いたします」
落ち着いた仕草で入室し、形式的に首を垂れる男性。
オールバックの髪に黒縁眼鏡。安物ではないが高級品でもないスーツに身を包んだ瘦身の男。襟元には、公的機関の身分を示す徽章が輝いている。
「吉沢、報告はメールでいいぞ」
入室した男を一瞥した室内の男性は、再び書類に目を落とすとぶっきらぼうに告げた。
それに対し、吉沢と呼ばれた男は報告書は朝に送っていると返し、来室したのは別件だと続ける。
「課長、例のダンジョン化した学校の生徒から、ライセンスの取得申請がありました」
「…… 許可したのか?」
吉沢の言葉に、課長は書類から目を上げ問うと、吉沢は否と首を振る。
「職員が年齢を理由に拒否したとのことです」
課長は当然だと胸を撫でおろす。
例のダンジョン化した学校といえば、近隣のダンジョンの中で最難関。そこから一人の欠員もなく脱出した生徒たちは、単純に戦力としては非常に期待できるものだが、如何せん学生という年齢。これにライセンスを与え、ダンジョンに放り込むなど、世間は許してはおかない。
だが、その程度の報告で吉沢はわざわざこの部屋を訪れたりはしないだろう。
「それで…… ?」
「生徒たちは、その後教師にその件を相談したそうで、それを受けて保護者会での協議を開催する旨の報告が校長から上がってきました」
なるほど。
裁可を問うのではなく、報告か。
課長は考える。
先にも挙げたとおり、生徒たちの戦力は得難い貴重なものである可能性が高い。
だが一方で、利用には非常に強い世論の反発が予想できる。
そこで、ライセンスの取得を保護者が許可し、それを学校が主導したのなら、完全に免れるわけではないが役所に対しての世間の批判の声は限りなく小さく済むのではないか?
得られる戦力と、被る批判の天秤。十分に釣りがくるのではないだろうか。
若干、学校側に見透かされているような気もするが。
「オーケー。報告を受け取った旨、学校側に返信しておけ」
「はい」
「それと…… 保護者会への根回しをしておけ」
了承はしても、まずは勝つべきところで勝つための方策は必要だ。
もちろん、根回しがバレれば世間からの非難は一気にこちらに来るだろうが、吉沢もそのあたり十分に分かっているだろう。
部屋を辞する吉沢を見送ると、課長は再び机の上の書類の束に目を落とした。
そこには、ダンジョン関連の各地の報告が記されている。
半月前までは、ダンジョンに勝手に潜った民間人が帰ってこないというものが殆どだったが、最近ではダンジョンからモンスターが溢れだし、周辺の住民に被害を及ぼしているといったものが目立つようになってきた。
放っておけば状況は悪くなっていく一方だろう。
ダンジョンライセンスの制定、そして今回の報告の件。
打てる手は一つでも多く打つべきだ。
それに、例のライセンス試験に乱入した少年の存在。
調べれば、少年の来ていたジャージは例の学校のもの。
今回の報告の件の過程で、彼を見つけられれば……




