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16.フェイクじゃない?

「これは……」


 炭化し煙を上げるゴブリンだったものの姿に、竹中さんは言葉を失っていた。

 再びダンジョンから出てきたゴブリンは八匹。先ほどよりも数は多かったものの火川くんはまるで問題にもせず、一瞬で纏めて焼き払い、自分たちの力を竹中さんに見せつけた。


「どうですか?」


 得意げな火川くんに、竹中さんはなんとか「あぁ」と返すのがやっとだった。

 それはそうと、今まで試したことがなかったというか、全く考えもしなかったが、ダンジョンの外でも()って使えることにボクは驚いていた。

 火川くんだけなのかと思い周り伺ってみたが、特に誰も驚いた様子がないのは当たり前のことだという事なのだろう。


「この程度のモンスターなら、文字通り朝飯前ってやつです。

 こんなにもすぐにモンスターが出てくる可能性があるなら、力のあるオレたちがダンジョン攻略して終わらせちゃった方がいいと思うんですよ」

「攻略したらダンジョンは無くなるのか?

 いや、でも中にどんな危険があるか分からない以上、むやみに子どもたちだけで行かせるわけには……」


 火川くんの圧勝劇を見てもなお危険を心配するのは、竹中さんの大人としての子どもに対する責任感ゆえなのだろう。


「オレたちも死にたいわけじゃないんで、危なければちゃんと(・・・・)逃げますよ。それに—— 」


 巡らせた火川くんの視線と目が合うと、彼は温かな視線でボクに微笑みかけた。


「オレよりもはるかに強いヤツもいますからね。大丈夫ですよ」


 火川くんの自信に満ちた言葉に、竹中さんは自分を納得させるかのように、小さく息を吐いた。





 ダンジョンの入口前には、クラスメイトが風間君を中心に集まっている。

 そんなの面々の顔を見回し、いつものように風間君は音頭をとった。


「さて、入りたくないと聞くのは狡いか……。

 ボクたちと一緒にダンジョンに入ってくれる人は、手を挙げて」


 誰一人欠けることなく、迷いないクラスメイト全員の挙手。

 皆の行動に風間君は微笑み、そして素直な感謝の言葉を口にした。

 クラスメイトは活気に沸き、意気軒昂。

 そんな皆の姿を、ボクはいつもと同じように半歩引いて見ている。

 いつもと違うのは、隣に小林さんと、普段は風間君と一緒に輪の中心にいる火川くんと水波さんの姿があるという事だろう。


「そういえば火川くん、()ってダンジョンの外でも使えるんだね。

 初めて知ったよ」

「「え?」」

「…… サガ君。それ、わたしでも知ってる」


 ボクの言葉に驚きの声を上げる火川くんと水波さん。

 そして、無表情なのにドヤ顔だと分かる小林さん。


 やっぱり当たり前なのか。でも――


「外で使えるなら、いっぱい練習が――」

「練習はダンジョンの中だけにしような! 真剣に、マジで!!」


 肩を掴まれ、火川くんに本気で諭された。


 そんなやり取りをしているボクらを他所に、風間君のレクリエーションが終わったのか、クラスメイトは続々と列をなしてダンジョンへと入っていっていく。

 周囲の、竹中さんをはじめ作業員の人たちは、期待と共に、ボクらの身を案じる言葉をかけてくれていたことが、何故かとても心に染みた。



 ダンジョン内は岩肌の洞窟で、さほど大きくない縦穴の周りを、人二人が並んで歩ける幅の道が螺旋を描いて下っている構造だった。

 ダンジョンブレイクを起こしたせいだろうか、道にはゴブリンがアイドルのサイン会もかくや(・・・)というように長蛇の列を作っており、先に入ったクラスメイトがその列を薙ぎ払いながら進んでいるのが遠目に見える。


「出番、なさそうだね」


 隣でやる気のなさそうな声の水波さんの言うように、先頭を進むクラスメイトたちは先を競いながらも、狭い通路上で上手く入れ代わり立ち代わりゴブリンたちを蹴散らし、危なげなく進んでいる。

 また、ゴブリンたちの弓や石礫などの遠距離攻撃も各々フォローをしあい、後方を進むボクたちは暇そのもの。まさに観戦モードで出番なしだ。


「先頭の方も危なげないし、危険に遭わないならその方がいいんじゃないかな?」

「ユウタくん、落ち着いているっていうか…… もう少しギラギラしててもいいと思うよ」

「何言ってんだよ、水波。

 のんびりしてるくらいがユウタらしくてイイだろ」

「のんびりというか、さっき火川くんに外で止められたからというわけじゃないけど、こんな人の多いところで力の制御ができなかったらと考えると、ボクに出番が少ない方がいいと思うし……」


 そんな話をしながらゾロゾロと行列に付いて降りて行けば、すぐに縦穴の底が見えてきた。

 隣を歩く火川くんが、敵の強さとダンジョンの規模が比例してところは、まさにゲームみたいだと笑いながら言っているが、本当にそのとおりだ。


「あ、つっちーが手を振ってる。おーい」


 ダンジョンの縦穴の底は丸く平らな広場で、つい先ほどまではゴブリンの群れが占拠していたが、風間くんを先頭に、クラスメイトが質と量による暴力であっという間に掃討してしまっていた。

 数の暴力はゴブリンの十八番(オハコ)だろうに。

 ボスを討伐したという感じでもないが、風間君たちはその場に留まり後から来るクラスメイトの合流を待っていた。

 最後尾のボクたちがすると、笑顔で迎え、そして手を叩き皆の注目を集めた。


「みんな、お疲れ様。

 ここまで被害もなく順調に進めたのは、みんなの実力と連携のおかげだ。ありがとう。

 この先、ボス戦が予想される」


 すっと指した風間君の腕の先には、一本の横穴。

 その奥から、ボス部屋特有の禍々しい雰囲気が漂ってきていた。


「無策で突っ込ん行けば、さすがに被害を被る可能性がある。

 ボス戦の経験者を先頭に隊列を組んで——」


 もっとも、いつものようにリーダーシップを発揮し、皆の意見を汲み取りながらも上手く誘導し調整している風間君がいるから、特に問題もないだろうけど。


「風間、嵯峨に先頭で入ってもらえばいいんじゃないか? 動画のやつ、めちゃ凄かったじゃないか」

「うぇっ!?」


 油断していたらいきなり話を振られ、思わず変な声があがった。

 ボクの名前を挙げたクラスメイトの男子は、特に悪意があるような様子もなく、純粋な好奇心を目に湛えてボクの方に視線を向けている。

 そして、そんな彼に同調するかのように他の男子も次々に声を上げた。


「俺も見てみたい、あの紫の炎めっちゃかっこよかったし」

「悪魔も出ずにブワーって炎がでてたもんな」

「嵯峨、頼むぜ!」


 みんな目を期待に目を輝かせているが、広さの分からないボス部屋の中、クラスメイトが周りで観戦している状況というのは……


「ご、ごめん。正直に言うと、ボクの力、制御が上手くいかなくて…… 周りに人がいると危ないから、今回はちょっと……」

「えー、ちょっとくらいなら大丈夫じゃね?」

「ごめん、みんなを怪我させたくないから」


 拒否するボクの言葉に、期待していた男子たちはそういう理由なら、と理解を示してくれていた。


「…… そもそも、嵯峨君ってそんな強いの? あの動画だってフェイクじゃない?」


 周りでボクたちの会話を聞いていた誰かの声が上がるまでは。


「たしかに、悪魔の姿も映ってなかったもんな」

「自分をよく見せようと、誰かに頼んで作ってもらったんじゃないの?」

「制御できないってのはウソじゃない? 動画では制御してるみたいだし」


 まるでその声が上がるのを待っていたかのように、一部のクラスメイトから賛同する声が次々と上がる。


「風間君や火川君に上手く取り入って、調子に乗ってるのよ」

「そうだ、急に土宮さんたちと仲良くしだすなんておかしい」


 非難の声が、次第にボクの普段の状況へと移りだし、思わず反論しよう一歩足を踏み出した火川くんを、風間君が手で制した。


「みんな落ち着いて。嵯峨君の言っていることは本当だよ。

 ボクも何度か一緒にダンジョンに潜って、彼の力についてはそれなりに知っているから。

 嵯峨君自身、悩んでいるんだから、あまり責めないでくれ」


 風間君の声は、いつもほどのカリスマ性を発揮せず、非難の声は収まったものの、クラスの雰囲気に明らかな不満の色が残っていた。


 その後、当初の予定どおりボス戦経験者を中心に編成したチームで入ったボス部屋は、特に被害もなく、ものの五分で攻略を完了した。




 ダンジョン攻略と共に、いつもと同じように地上に転送さたボクたち。

 目の前には、不安と心配を全身で表していた竹中さんたち一同。


「無事、終わりました。もう大丈夫です」


 宣言した風間君に、そんな彼らの表情は安堵と歓喜に綻んだ。


「ありがとう…… それと、あまり無茶をするもんじゃないよ」


 感謝を述べる竹中さんは、結果を見てもスタンスを崩さない。

 それが、竹中さんの大人としての責任や優しさなのだろう。


 風間君やクラスメイト、そして大人たちは、その後ダンジョンブレイクと自分たちのもつ力について議論を交わしていた。

 力と年齢、立場、義務。

 ダンジョンライセンスも制定されたというし、これからボクたちの日常はどうなっていくんだろうか。


(それに、この力……)


 みんなとは違う感じのするボクの力。

 さっきのような非難や、窮屈な力の制御。

 一撃でダンジョンさえ崩壊させ得る力と、ボクはこの先、どう付き合っていくべきなんだろうか。


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