15.ダンジョンブレイク
「ユウタくん、淀西先生って優しいね」
現場に向かう道すがら、水波さんが口にしたのは先ほどのこと。
助けを求め飛び込んできた男性に、担任の淀西先生が「生徒たちに命を賭けろというのか!」と怒鳴った件だろう。
結果的に先生が折れたものの、『力』があるから大丈夫だと救援に行こうとするクラスメイトと、危険に飛び込むという意味を問い反対する先生。
普段は気さくで怒ることのない先生の真剣な表情と言葉は、ただの反対ではなく、ボクらの身を心配しての反対だということがはっきりと理解できた。
同時に、ボクが危機感なく行っていたダンジョンに入るという行為も、周りから見れば危険な、自殺にも等しい行為と映っているのだということも……
案内に導かれて到着したのは、大きな道路を挟んだ工業地帯の一角。
空地となっている土地の片隅にできたダンジョンの小さな入り口の前には、ファンタジーお馴染みの緑の小鬼のようなモンスターが六体。そしてそれを、ヘルメットを被った作業着姿の男性たちが、スコップやよく分からない工具のようなものを手に取り、声を上げ応戦していた。
「本当に外に出てきてる」
ダンジョンが出現して約2ヶ月。
ダンジョンの中はゲームの中の1ステージのように、どこか現実味のない、切り離された別の世界のような感じで考えていたが、こうして現実を侵しているところを見ると……
「洗浄機準備いいか?!」
「大丈夫です、竹中さん!」
「よし、ぶっ飛ばしてやれ!!」
…… 見ると、作業着姿の男性たちは水を放水する機械を用意し、緑の小鬼を水流で圧倒していた。
「よし、転んだぞ!
殴れるヤツは行け!
殴れないやつは後ろで段取りだ!」
竹中さんと呼ばれた男性の号令に従い、作業着姿の男たちは転倒したゴブリンへと殺到し、躊躇もなく得物を叩きつけている。
…… 普通にボクらいなくても大丈夫じゃね?
クラスメイトも同じような感想を抱いているようで、みんなして風間くんの方に困惑した視線を向けている。
「えっと…… 大人の人たちだけで、なんとかなりそうだね」
風間君の声が、乾いた笑いと共にボクらの間を流れていった。
しばらくすると、決着がついたようだ。
歓声を上げる作業員たちの間を縫って、ひとりの体格のいい男性がこちらに歩いてくる。
「所沢さん、連れてきてくれたんですね。彼らが……」
ボクたちをここに案内した人を所沢さんと呼ぶ男性は、先ほどまで作業員たちを指揮して戦っていた、竹中さんと呼ばれていた人だ。
肉体労働で鍛え上げられた身体と、厳めしい風貌の威圧感のある四十代くらいの大人の男性が、まるで品定めでもするような視線でこちらを見つめている。
「あの……」
なかなか言葉を発さない竹中さんに対し風間君が声をかけると、竹中さんはその厳めしい相貌を崩し、いっきにフレンドリーな様子になった。
「ああ、ごめんごめん。集会所にダンジョンに適合した人たちが集まっているって話を聞いていて、所沢さんに呼びに行ってもらったんだけど、まさか学生さんだとは思わなくてね」
学校が集会所で授業をするにあたって、近隣の人にそう説明したのだろう。
ここに来る道中に、所沢さんも、この竹中さんと同じようなことを言っていた。
「でも、わざわざ来てもらって悪いんだけど、自分たちでなんとかなっちゃったんだよね」
確かに、大人たちは見事な連携でゴブリンたちを倒していた。
何の理由でダンジョンからモンスターが出てきたのかは分からないけど、この様子なら、もう少し強いモンスターが出てきても、彼らだけで対処可能なような気もする。
「でも、ダンジョンブレイクなら、もっとモンスターが溢れてくると思いますよ」
ダンジョンブレイク?
大人と相対しているからだろうか、普段の頼りになる雰囲気とは違う感じで横から口をはさんだ火川くんの言葉の中の聞きなれない単語。
竹中さんも覚えのない単語だったようで、オウム返しにその言葉を聞き返していた。
「ダンジョンブレイクというのは、創作とかでよく描かれるダンジョンから魔物が溢れるスタンピードの一種で、ダンジョンボスの一定期間の未討伐やダンジョンコアの暴走等が原因となっていることが多くて……」
「…… えっと、よく分からない単語が多いけど、もっとたくさんのモンスターが出てくる可能性があるって認識でいいのかな?」
説明を途中で遮られた火川くんは、あくまで創作からの引用なので断定はできないですけど、と付け加えながらも、竹中さんの問い返しを肯定した。
「ダンジョンを攻略すればたぶん問題なくなると思うので、オレらで一回中に入ってみますよ」
更にモンスターが出てくるという言葉で表情を曇らせる竹中さん。火川くんは自分たちが何とかするとフォローを入れるものの、その言葉はより一層竹中さんの表情を曇らせた。
その理由は、おそらく淀西先生が怒ったのと同じ理由なのだろう。
「大丈夫です、あのくらいのモンスターならオレたち余裕ですから」
「……」
若さゆえの無鉄砲とでも言いたげな表情の竹中さん。
その彼の後ろで、作業員の一人が緊張したような声を上げた。
「ま、また出てきたぞ!」
その言葉に、火川くんは好機とばかりに目を輝かせた。
「見ていてください。オレたちの力を証明しますよ」




