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14. お前ら今日も青春でけっこう

 あの日、トンネルダンジョンを攻略した日、僕は自分の力の制御を誓った。


 今まで僕の過ごしていた日々は、学校でも自宅でも独りの時間が大半だった。

 別に孤独を好き好んでいたわけじゃない。

 だけど僕の世界は、ゲームやアニメなどのコンテンツで小さいながらも完結し、僕を十分に満足させていた。


 そして外の世界―― 僕にとって他人との関係というものは、愛想笑いや共調といった、とても煩わしいものに溢れていて、踏み出すのも憚られる遠い世界だった。


 だが火川くんが、強引に僕の小さな世界の扉を破り、そとの世界へと手を引いた。


 常に皆を気にかけ、まとめてくれる風間くん。

 多少強引でも、ぐいぐいと引っ張ってくれる、熱血兄貴な火川くん。

 距離感がおかしいような気もするけれど、いつも気にかけてくれて、僕もまわりも明るくしてくれる水波さん。

 俯瞰した視点から皆を見て、適切なアドバイスをくれる土宮さん。

 一歩引いた距離から、みんなをフォローしてくれる小林さん。


 今でも僕の寝床は、小さいひとりの世界だけれど、眩しく、暖かで優しい煩わしさが、僕の単色の世界に新しい色を与えてくれた。



 だから僕は、あの日以来、ひとりでダンジョンに潜る時間をつくった。

 二度と、友人たちを僕の力で傷つけないようになるために。



 友人たちの誘いのない日にダンジョンへ。

 紫の炎の範囲を絞ろうとしてモンスターの群れを焼き払い、

 紫の炎の威力を絞って氷のダンジョンのオブジェクトを溶かそうとしてダンジョンを蒸発させ、

 様々な訓練を試みた。


 …… 一向に制御は上手くいっていないんだけど。


 そんなある日、ダンジョンに向かう道すがら横切った、かつての学舎。


(…… 何かあった?)


 もともと校舎のあった場所には、今はアーケードのゲートのごとく巨大なダンジョンの入り口があり、その前に二十人ほどの人だかりができていた。


 見るからにバラバラなタイプの人々は、動きやすい格好に、バットなどの得物とリュック等を携え、やけに殺気立っている雰囲気。


「―――― では、これよりダンジョンに潜ります」


 どうやら彼らは、学校ダンジョンに集団で挑む集団みたいだった。

 そんな彼らの様子を見ていると、ふと、先日の風間くんの台詞が脳裏に浮かぶ。


(とりあえずチームの目標は学校のダンジョン攻略だね)


 …… この大人数の後をついていけば、楽に内部の様子を探ることができるかもしれない。

 みんなの役に立てるかもしれない。


 突入前はそんなことを思っていたと思う。

 確か……




「あはははは! なにこれ、モンスターめっちゃ出てくる!

 やばッ、楽しいかも!」


 学校ダンジョンの地下六階からは、あまり訪れた人がいないのか、モンスターが溢れんばかりに動い蠢いていた。

 さっきの人たち?

 五階の神殿エリアで集まり、なにかミーティングのようなことを延々としていたため、思わず脇を通り抜けてきてしまった。

 圧倒的なモンスターの数に、誰にも遠慮する必要のない僕の紫炎は、巨大な翼を形どり、襲い来るモンスターを叩き潰し、薙ぎ払い、燃やし尽くしていく。


(やばい、なんか癖になりそう)


 なんというか、ゲーム感覚に陥りそうだ。


 何度か階段を下ると、目の前に行く手を塞ぐように巨大な扉が現われた。金細工で装飾を施された、豪華で分厚そうな扉。

 手で押してみれば、その威容からは信じられないほど抵抗もなく、扉は寒々しい空気を垂れながら闇の口を開いた。


 ボス戦かな?


 扉をくぐれば、そこは巨大なホール。

 背後で扉は自動的に閉まり、目の前には待ち構えていたように巨大な威容のモンスター。

 巨大な戦斧を持った、4~5mはありそうな筋骨隆々の巨体の人型の牡牛――


「あー、ミノタウロス?」


 だが、RPG好きなら知らない人はいないだろうその新鮮味のない姿に、僕はなんだか落胆を覚え嘆息してしまった。


 それを挑発と取ったのか、ミノタウロスは天を仰ぎ雄たけびを上げた!

 巨体から発せられる牡牛の咆哮が、大気を震わせる。

 まさにボス戦の開幕を告げるに相応しい―― 相応し…… い?


 雄たけびを上げていたはずのミノタウロスは、すでに目の前で悲鳴をあげている…… いや、あげていた。


 無数の炎の礫により、まるで空中に磔にされているかのようなミノタウロス。

 その口からすでに咆哮も悲鳴も、呻き声すら上がっていない。


 炎の礫は、雄たけびに反応した僕の背中の紫炎の翼から放たれ、一つ一つがミノタウロスを容易く貫通する威力。それが無数に、絶えることなくミノタウロスへと殺到していた。


 ああ、無情……


 背中の翼が目減りしているような感覚があるので、礫は翼が消えるまでひたすら発射されるんじゃないだろうか?


 しばらくつづく、躍動感のかけらもない理不尽な暴力の嵐。


 やがて背中がすっきりとする感覚と共に、予想したとおりに炎の礫はなくなり、かつてミノタウロスだった巨体は轟音をあげて地面に倒れ伏した。


「ボス戦とは……」


 僕は、なんだか申し訳ない気持ちになった。



 ミノタウロスを倒した僕の頭の中に、何度も聞いた『ダンジョンボスの討伐』の音声は聞こえなかった。


(中ボスってところだったのかな?)


 しかし、ステータスは見えないのに、なんでアナウンスは聞こえるんだろう? 謎だ。


 そんなことを考えていると、ミノタウロスの遺体の頂に、何かが光っているのに気付く。


(なんだろ?)


 中ボス討伐特典か何かだろうか。

 興味をひかれた僕は、ミノタウロスの遺体をよじ登り、光を発するものを手に取った。


 それは手のひらにすっぽり収まる程度の大きさの、不自然な軽さの水晶玉のようなもの。

 手に収めれば、光は消え、淡い水色を湛えている。

 ミノタウロスの上に腰を下ろし、まじまじと眺めてみる。

 角度を変えても色は変わらない。

 振っても鳴らない、光らない。


 よく分からないその玉を眺めていると、部屋の扉が重々しい音を上げながら開いた。


 ガヤガヤと人の声。


 例の人たちがようやく追いついてきたようだった。


(勝手について行ってたし、何か言われるんだろうか?)


 罪悪感に身構えていた僕を、やたら派手な格好の男性が指差し声を上げた。


「おっと、ここの中ボスは人型かぁ? 珍しいな」


 は?


「おっと、極道チームが先制攻撃。

 炎の精霊の炎熱攻撃だぁ!」


 ちょっと、危ないって!


 いきなり問答無用で攻撃を繰り出してきた、いかにも(・・・・)な雰囲気の男性。


 受け止めようと、炎の盾をイメージして突き出した僕の手の先から出たのは、紫の炎の壁。


 …… あー、一応防御の目的どおり?


 ではなかった。


 炎の壁は相手の攻撃を受け止めると、地面に染み込むように崩れていき、辺り一面を溶岩地帯に変えた。


 悲鳴をあげ、部屋から逃走する男たち。

 頭を抱える僕。




「―――― ということがありまして」


 給湯室では、みんなが頭を抱えていた。


「あー、ユウタ。いろいろ言いたいことあるけど、とりあえずオマエ、一人で突っ走るな。

 色んな意味で危なっかしい」

「そうだよ、嵯峨くん。

 前も言ったけど、欠点を補いあってこその仲間だ。

 ボクらの迷惑や負担になるなんて、べつに思わなくていいんだよ」

「そうそう、ユウタくんは気にしすぎ」

「うん、頼ってくれていい」

「次からはちゃんと私たちも誘ってくださいね」


 次々とかけてくれる友の言葉に、なんだか非常に申し訳なくなり、僕は自然と謝罪の言葉を口にしていた。


「ごめん」


 その言葉に、火川くんはニカっと笑うと、ガシガシと頭を撫でてくる。


「ちゃんと謝れてえらいぞ、ユウタ」

「ちょっ、やめてよ」


 なに目線だよそれ。

 だが、払い除けようと腕を掴むが、びくともしない。

 仕方なく、僕はガハガハ笑う火川くんのなすがままになっていた。




 しばらくすると給湯室に教師がひょこっと顔を出す。


「お前ら、青春はそのくらいにして、そろそろ授業はじめていいか?」


 からかうような先生の態度に、僕は思わず赤面した。



「よーし、お前ら今日も青春でけっこう。でも勉強も大事だよな。教科書を――」


 しかし、先生の言葉は突然集会場に駆け込んできた人の、悲痛な叫びに遮られた。


「た、助けてください! 街に…… 街に怪物がっ!

 誰か、誰か戦える人をッ……!」

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