11.行っけーー!!
僕はダンジョンの床の上、正座をして縮こまっていた。
「ユウタくん、仲間を攻撃しちゃダメだよね?」
丁寧に話す水波さんに、その怒りの度合いが透けて見えるようだ。
「サガくん、正座まではしなくていい」
「ああ、ボクもそう思う」
別に言われて正座したわけではなく、大の字で寝転がったら笑顔の水波さんが顔を覗き込んできたから、怒られると思って正座しただけなんだけど……
小林さんと風間くんには、正座する僕をみんなが囲む構図に不満があるらしく、珍しく喧嘩しそうな勢いだ。
「そもそも嵯峨くんは、故意にみんなを狙ったわけじゃない。そんな彼を取り囲むのはおかしい」
「でもよハヤト、何かあってからじゃ遅いんだぜ。一度ちゃんと話し合わないと」
「それなら、別に今ここで、このシチュエーションでする必要はないだろ」
いや、なんか本当に喧嘩をしそう。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。そもそも僕が力を制御できていないことが問題で――」
「嵯峨くん、それは時間と訓練で何とかなる問題だと思う。でも、今日ここに君を誘ったのはボクらだ。それなのに訓練が足らないとキミを責めるのは違うだろ」
「いいや、ハヤト。それでも仲間に危険を及ぼすなら看過―― ん? 何の音だ?」
本当に喧嘩に発展しそうな二人を遮ったのは、僕らのうちの誰でもなく、ダンジョンの奥から響く地鳴りだった。
トンネルの奥、見通しの効かない闇の先へみんなが目を凝らす。
果たしてそこには――
ゆっくりとこちらに迫り来る灰色の壁。
壁からは巨大な真っ白い腕が四本伸び、壁の前方をフォローするようにゆらゆら動いている。
「プレッシャーウォール!? なんでこんな序盤に!」
「つっちー、プレッシャーなんとかって?!」
「………… 推奨レベル34、ボスよッ!」
「ちょっ…… オレらまだ10ちょっとだぞ!」
なにかやたらと詳しい土宮さんを中心に、火川くんと水波さんが慌ててる。なんとなくかなり格上だということだけは分かる。なら……
「逃げればいいんじゃないかな?」
僕の言葉に、だが、土宮さんは首を振った。
「残念だけど、この相手は――」
彼女の言葉を遮るように、背後からも地響き。振り返れば、まさに逃げ道を塞ぐように天井まで届く壁が地面を突き破り迫り上がってきていた。
「逃げられない相手よ」
「つっちー、これって!」
前後の壁を指差しながら、まさか、というような表情で問いかける水波さんに、土宮さんは両掌を打ち鳴らした。
「そうね、時間制限よ」
「うそッ―― !」
「土宮っ、弱点は!?」
「無属性よ」
「無属性!?」
「自力で打ち崩せってこと」
「このレベル差でか!? くそっ!」
初めてだ。
絶望的な表情で、短く言葉を吐き捨てる火川くんも、真夏の水面のような眩しさを失い、顔を青くする水波さんも。
しかし、そんな二人に詰め寄られている土宮さんの表情には、緊張は見えても絶望感は感じなかった。
その彼女の視線が、僕の両目を射抜く。
「嵯峨くん」
ハッキリとした、力の籠った声。
「さっきまで、貴方を問い詰めようとしていたのに勝手でごめんなさい」
彼女は頭を下げる。
それは、見本のような綺麗なお辞儀。
顔上げ、僕の瞳を射抜く彼女の視線は、続いて放った彼女の言葉のとおり、はっきりと僕のことを求めていた。
「でも、私たちには貴方が必要なの。
力を貸してッ、嵯峨ユウタくん!」
確信の籠った視線、言葉。
土宮さんは、僕の力ならこの状況を切り抜けられると思っている。
それなら、僕に選択肢はなかった。
「うん!」
同意の言葉に綻んだ土宮さんの顔は、普段学校で見せるアイドル然とした笑顔とは全く違って見えた。
「みんな、とにかく嵯峨くんの射線に入らないように」
「その射線が、どこいくか分からないから困ってるんじゃねぇか」
「文句言うんじゃないの、アキラ!」
「ちぇっ……」
土宮さんが周りに声をかけながら、火川くんと水波さんがいつものように言い合いながら僕の側から離れていく。
目の前には迫り来る壁。
英雄願望とでもいうんだろうか?
ボスと一対一の状況に、何故か僕は頭の芯に火が灯り、気持ちが高揚するのを感じる。
さぁ、喰らい尽くして――
「危ないッ!」
突然雑音が割り込んで来た。
灯った火が急速に萎んでいく。
上がった声の方に視線を向ければ、小林さんのオロバスが、死角から迫っていたボスの腕を受け止めていた。
「嵯峨くん!」
反対側では、風間くんが彼の悪魔の幻影を現し、同じくボスの腕を受け止めている。
「大丈夫、一人にしない。わたしが守る」
「小林さん…… 風間くん……」
「ハヤトッ!」
「アキラ! 嵯峨くん一人に丸投げするな! 仲間で…… みんなで戦ってるんだろ!」
風間くんの言葉に、反論の声は上がらなかった。
そして僕は……
(抑えるッ、前方! 正面だけ!)
必死にイメージする。
制御するイメージ。
成功するイメージ。
小林さんと風間くんと、手を取り合って成功を喜び合うイメージ。
だが、そんなイメージに反発するかのように、心に灯った小さな火が、爆発するかのよう急激に燃え上がった。
「キャッ!」
「ぐっ!」
両脇から上がる小さな悲鳴。
でも、僕が声をかけるよりも早く、両脇の二人が声を出す。
「大丈夫ッ!」
「ボクらは大丈夫だ! 嵯峨くん」
「「行っけーー!!」」
二人の声に押されるように、僕は心の中の猛る炎を解き放った!
(燃えろーーー!!!)
僕の前方に生まれた紫の炎は、僕のイメージを嘲笑うかのように、想定した炎の10倍の大きさで、だが、真っ直ぐ、前方を喰らい尽くすごとく迸っていった。




