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10.あ、これ笑ってないや

 ダンジョンの入り口を潜ると、そこには火川くんと風間くんが待っていた。


「ユウタ、来たな」

「久しぶりだね、嵯峨くん」


 たった数日ぶりだというのに、二人はすっかりダンジョンの空気に馴染んでいるようで、なんというか強者の雰囲気だ。

 軽く挨拶を交わすと、火川くんが近づいて僕の肩に手を回す。

 かつての僕なら身をすくめるシチュエーションだけれども、今なら確かな彼の友愛を感じる。


「ユウタ、聞いたぞ。なんかめっちゃスゴい力使うらしいじゃん」


「えっと、全然制御できてないんだけどね」


 謙遜ではない正直な感想に、火川くんは驚いたような(おど)けたような表情と仕草。


「おぉ、否定しないのか。ヤルなユウタ」


 イジられた。そして――


「はわわわッ、火川くん、嵯峨くん、な、何を――」


 遅れて入ってきた土宮さんが、悲鳴に近い切迫したような声を上げ、手で顔を覆っていた。


 火川くんはため息をつき、僕の肩から手を退けると、同じく遅れて入ってきた水波さんに目配せ。

 小さく頷いた水波さんは――


「はいはいつっちー、そういうのは向こうでやろうねー」


 土宮さんの背中を押して、少し離れたところに連れていく。


「はあぁぁ、愛する二人がいずれ互いに命を賭けて対峙し、そして散らされる火。亡骸を抱き上げ涙する闇。は、捗るぅぅ……」


 何かよく聞こえないが、普段見ない表情の土宮さんがぶつぶつと呟いている。こっちを凝視しながら。少し怖い……


「アキラ、土宮さんは……?」

「ハヤト…… 彼女はちょっと拗らせてるだけだ。どうか見捨てないでやってくれ」

「え…… あぁ」


 肩に手を置く火川くんの言葉に、風間くんもよく分からないといった表情で頷いていた。




 その後、小林さんも到着し、僕らは6人でダンジョン攻略を開始した。

 今日のダンジョンは少し広めで、まるでトンネルのような通路がひたすら直線に続いている。

 前のダンジョンのように壁自体が光っているわけでなく、天井に照明のような光源が等間隔で並び、床はアスファルトのよう…… いや、トンネルだこれ。


「なんだぁ、トンネルか?」


 先頭を小林さんと並んで歩く火川くんも同じ感想のよう。

 ちなみに隊列は、火川くんたちに続いて僕と風間くん。その後ろに水波さんと土宮さんが続いている。

 僕と風間くんは、水波さんと土宮さんを守りながら火川くんと小林さんのサポートといったところだろうか。

 なんとなくゲームのようでワクワクする。

 ただ……


「アキラー! ちゃんと周り見ながら戦いなよ。気を付けないと、ユウタくんのカッコいい攻撃の範囲に入って、ジュってやられるから」

「…… マジ? そんな広範囲?」

「…… 気をつけるよ」


 そう、攻撃範囲だ。

 僕はいつも炎を出すことばかり考えて、自分の意思で何かを目標に攻撃しているというよりは、出た攻撃の範囲が広く、たまたま巻き込まれた敵を倒しているという感じ。


 正直に言うと、この隊列で攻撃をしたくない。

 誰かを巻き込んで、万が一なんてことになったら……


「大丈夫だよ、嵯峨くん」


 隣に歩く、女子が黄色い声をあげそうな顔でこちらを見てる風間くんに、僕は頷いて応える。


 そう、きっと大丈夫。

 大丈夫なはず。

 せっかく友だちになってくれたみんなと、一緒にいるためにも、なんとか力を上手く使えるように……




「ユウタ、そっちに行った!」


 パーティーのダンジョン攻略は順調だった。

 あくまでパーティーは、だけど。

 問題は僕は。


「分かった!」


 火川くんの脇を抜けてこっちへ抜けてきたのは、球体から四方八方に無数の触手が伸びる、形容の難しいモンスター。一番近いものといえば、マッサージボール?

 そのマッサージボールの後ろに、注意の声をあげ、こちらに視線を送る火川くんの姿。


(巻き込まないように、小さく、小さく)


 そんな意識で振り切った手先から、紫の炎は現れなかった。


「ユウタくんッ!」


 飛来した水波さんのコーセンの水の刃がマッサージボールを輪切りにする。


「水波さん、ありが……と――」


 お礼を口にしようとした僕は、ふと、天井に圧を感じで見上げた。そこには――


「みんなッ! 天井! 躱して!!」


 まるで噴火の時を待つマグマの如く、煮えたぎった様子の紫の炎の絨毯が一面に広がっていた。


 僕の警告を合図にするように、紫の炎は、サッカーボール大の炎の塊を、雨あられと降らせて来た。


「ちょっ、うぉあ! ユウタ、無差別攻撃過ぎんだろ!」

「ごめん火川くん!」


 もはやモンスターとの戦闘どころではなかった。

 …… というか、モンスターは巻き込まれ消滅し、僕ら紫の炎の雨の中で逃げ惑う。


(いつまで続くんだ! やっぱり僕が消さないといけない?!)


 一向に止む様子のない炎。

 体積の減っている様子のない天井の炎の絨毯に、僕は手を向け、消えるように念じてみる。


 変化なし。


 くそっ、なんか恥ずかしい!


 でも、そんな場合じゃない。

 僕が出したなら消せるはず。


 いつもの要領で、いつもの逆を願い、手を薙ごうとする。


 抵抗があった。

 いつもは感じることのない、まるで水中で腕を振るようなままならない抵抗感。でも――


(消えろーー!)


 無理やり腕を振り切れば、天井の炎の絨毯はおろか、降っている途中の炎さえ綺麗さっぱりと目の前から消えてなくなった。


「や、やった……」


 無理に消した反動か、突然襲ってきた疲労感に、僕はその場で仰向けに倒れ込む。


 そんな僕に駆け寄ってくるみんな。


 水波さんは、笑顔で僕の顔を覗き込んでくる。


「ユウタくん…… 反省会だね」


 あ、これ笑ってないや――

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