09. あれは分かっていない顔だ
「な、なんで水波さん?」
うーん、既視感。
モニター付きのインターホンには、頰を膨らませて腕組みをするジャージ姿の水波さんの姿が映っていた。
僕はもちろん今日もズボンは履いていない。
「おっそーい!」
ズボンを履いて、慌てて玄関を開けた僕を待っていたのは、ぷんぷんと擬音が付きそうな水波さんと、いつもどおり清楚な笑顔の土宮さん。そして、どことなく申し訳なさそうな小林さんの三人だった。
「暑いし、とりあえず上がって」
リビングに招き入れた三人に、今日も麦茶をだす。
「なんでユウタくんの部屋じゃないのー?」
うーん、やっぱり既視感。
ただし、今日は口火を切ったのは水波さん。
「ユウタくん、昨日ひとりでダンジョン潜ってたんだって? ケンドーちゃんに聞いたよ!」
お怒りのご様子だ。
小林さんは、どうもあの辺りに住んでいたらしく、遭遇したのは偶然というよりも必然―― でも、もともと交流のなかったクラスメイトの家の位置なんて知らないし。
そんなこんなで、目の前で吐いていた僕を心配する小林さんの圧力に負けた僕は、根掘り葉掘り聞き出され、おそらくその情報が渡った水波さんがこうして自宅に突撃してきたということらしい。
「ごめんなさい」
謝るが吉。
「うん、良し。それじゃ行こうか!」
どこへとは聞かない。
ジャージ姿の三人を見れば明らか。
僕もジャージに着替えることにした。
「はい、ダンジョンとーちゃく!」
「誰に言ってるの?」
土宮さんにツッコまれていた水波さんは、ノリだとケラケラ笑っている。
「さて、それじゃあユウタくんの実力チェックと行きましょー!」
危ないから、しばらく一人で練習したいなどという言葉が水波さんに通じるわけもなく、背中を押されてズンズンとダンジョンの奥へと進まされる。
「さて、今日のモンスターは何か?
…… なにあれ、キモッ!」
僕らの視線の先には、うねうねと身体をくねらせる、タキシードを着た四肢のあるミミズ人間。
確かキモい。
「つっちー。ケンドーちゃん?」
「うん、ちょっとアレは……」
「わたしも……」
一昨日のカエル頭と違い、今日は全会一致でビジュアル不評のようだ。
「さ、ユウタくん」
水波さんに促され、僕は前に進む―― 前に、三人にまだ制御ができないから、だいぶ後ろにいてほしいことをお願いする。
さて、今日はちゃんと出るのか……
昨日の体験を思い出し、燃やすイメージ、意思を固める。
指は…… 弾いた方が何となくカッコ良さそう。
よし!
(燃えろっ!)
意を決して、手を薙ぎながら指を弾く。
「おおお!」
水波さんが、ぶんぶん両手を上下に振りながら、雄叫びにも似た興奮の声をあげた。
「ユウタくん、スゴイ! 壁だよ、紫の炎の壁だよ!」
ダンジョンの天井まで屹立したそれは、確かに壁にも見える。だが……
「シズク違う。アレ、波よ」
土宮さんが指摘したとおり、それは壁ではなく大波だった。
顎が閉じるように、大波はミミズ人間を飲み込み泡沫に消える。いつものように、後には何も残さず。
「消え…… た?」
あまりにもあっさりと何もなくなったので、水波さんは半信半疑な様子だったが、不意に何かに気付く。
「つっちー、ケンドーちゃん! 経験値入ってる。ホントに倒してるよ」
ん? 経験値?
「本当だ、嵯峨くん凄いね」
土宮さんも、何かを見ている様子で、手元に視線を落としているが……
「ありがとう。
それと、経験値って何のこと?」
「え? ほら、ステータスに出てくるじゃん」
「ステータス?」
言葉は知っている。
ゲームとかでよく聞くアレだ。
「えっと、ステータス見たいって思ったら出てこない? ユウタくん」
…… 出てこない。
「え?」
二人して首を傾げる僕と水波さん。
そこに土宮さんも加わる。
「嵯峨くん、さっき幻影出なかったけど、どうやって力を使ったの?」
「あ、確かに」
「あの紫の炎は、燃えろ! って感じで念じながら腕を振ったら出るみたい。
でも、形も大きさも範囲も、全然コントロールできてないんだ」
「なるほど、悪魔の力準拠じゃないのかな?
ちなみに、嵯峨くんも実はやっぱりあの部屋に行ってて、そこで力をもらったの?」
「いや、それが――」
かくかくしかじかという感じで、少し羞恥もあったけれど、力を手に入れた経緯を話す。
「なるほど、それで像が壊れてたのね。なるほどなるほど。でも公式だとこの線は…… いや、でも確かあの時には既に壊れて…… となると確定? そもそも根本がシステム外の力設定だから…… あぁ、なるほどだからあの悪魔の…… つまり……
うん、わかったわ!」
いや、僕は全然わかりません、土宮さん。
「つっちー、一人で納得しても全然わからないんだけど!」
「嵯峨くんはそうだってことよ」
そう、ってどうなんですか!?
「え、そうなんだ! なるほど」
いや、水波さんも納得しないで! 僕、まだ全然理解できないんですけど。
「嵯峨くん大丈夫よ。ちょっと私たちの力とは違うけど、嵯峨くんの力はちゃんと強い力だから、自信持って」
ふんす! という感じで力説する土宮さんだが、なんかはぐらかされたというか誤魔化されたというか、そもそも認識の違いを感じる。
そして、そんな土宮さんの後ろで腕を組みながらウンウンと頷いている小林さん。
彼女はきっと、間違いなく理解していない。あれは分かっていない顔だ。
「とりあえず、続けて奥へ行こうよ!」
使う以上は、確かに練習は必要か。
妙にムズムズする感覚を抱きながら、僕は促す水波さんに従い、ダンジョンの奥へ向かって歩き出した。




