01.これって、何かの罰ゲームですか?
山と積み上げられた死体。小さな影が、その上に無造作に腰を下ろしていた。
だが、小さいのは空間に占める物理的な質量のみ。
その影から迸る紫の威風は、まるで世界の全てを覆い尽くさんばかりの圧力を持ち、即ちその存在こそが魔王だと、相対する者に理解させるほどの存在感を放っていた。
相対するのは四人の勇者。
炎を思わせる重戦士は、その巨躯にふさわしい大剣を掲げると力の名を叫ぶ。
「吼えろ、南の火王!」
大剣は炎を帯び、重戦士は魔王に向い獰猛な笑みを浮かべる。
「まさか、キミとこんな結末を迎えるとはね」
風の軽戦士は、その涼やかな表情に憂いを帯びながら魔王を見つめる。
興味なさげに鼻を鳴らす魔王に、表情を曇らせると諦めるように魔力を高める。
「力貸してくれ東の空王」
大地の聖女は金の衣を纏い、その小さな身体を大きく広げ、慈愛の表情で仲間にエールを送る。
「みんなに愛を北の豊王」
そして、水の魔女はとんがり帽子を揺らしながら、快活に叫ぶと、戦いの狼煙となる極大の魔力を解き放つ。
「敵を撃つよ、西の死王」
強大な魔力の塊は魔王に迫り、激しい爆音と衝撃波を辺りに撒き散らし、そして……
ビクッ!
身体の反射反応で目が覚めた。
気恥ずかしさを覚えて辺りを見回すと、見慣れた教室。夏休み前の非常に暑い時期、時計の針は昼休みの半ば過ぎを指していたが、教室内には多くのクラスメイトの姿。
(幸いと言うか、何と言うか……)
クラスメイトの誰もが、僕の存在を気にせずお喋りに夢中になっている。が、なんとなく気恥ずかしさから、身体をモゾモゾと揺すってしまう。
そういえば……
(何の夢だったっけ?)
先ほど見ていたような気のする夢の内容は、綺麗さっぱり記憶から抹消されていた。確か、この現象にも名前があった気がするけど、うーん、なんだっけ? それさえも思い出せない。
(ん、視線?)
くだらない事で頭を悩ませていると、自分に向けられた、質量を感じさせるような視線に気付く。
教卓の前にたむろするクラスのカースト最上位、いわゆる一軍グループの一人。
燃えるような赤い髪、猛禽類のような鋭い眼光。180㎝を超える長身に、格闘家のような鍛え上げられた筋肉を備えたオラオラ系というか、暴威の具現者。学生どころか一般人にさえ思えない姿。
名前は確か、火川…… 某?
そんな彼は、僕が視線に気付いたことを察したのか、こちらに向かって足を踏み出した。
彼に何かした覚えは勿論ない。
そもそも、底辺と一軍は関わりがないから底辺と一軍なんだ。
もしや、寝言で何か……
いや、むしろ周りのクラスメイトが向ける視線も、疑問を抱いているようなものばかり。
ならなんで?
疑問を解消できないまま、気付けば火川くんは、目の前に。
(威圧感ヤバっ!)
とても同じ高校生とは思えないその存在感に圧倒されていると、目の前の筋肉の塊は、その体躯に相応しい重低音を発した。
「おう、嵯峨」
うん、やはり俺の事だ。
「な、なに…… 火川くん」
「ああ、火川アキラだ」
そうだアキラだ。でもなんだ、この問答。
「オレたちクラスメイトだよな?」
「う、うん。同じ教室で授業受けてるもんね」
言外の含みはなかったけど、オマエとはその程度の関係だと言わんばかりの回答。言った後になって気付き、後悔と恐怖で冷や汗が噴き出す。
しかし、目の前の筋肉の塊には通じていなかったようで、険しさを湛えていたその顔が、何故かぱっと明るくなった。
「なら、オレと友達になってくれよ。
前から気になってたんだ、お前のこと。
せっかく、クラスメイトなんだしさ!」
・
・
・
「「ええぇぇぇっ!」」
「キャーーーッ」
WHAT?
というか、WHY?
僕の抱いた疑問と同様に、教室のあちこちから上がる驚きの声。
なんか、一部黄色い悲鳴が混じってたのは気のせいか?
正直に言って意味が分からない。
あどけない小学生ならともかく、カテゴリーも序列もハッキリしている高2の僕らの間柄において、客観的な上位者が、下位の者に友達になる事を乞いにくるなんて…… 何?罠?
しかし、そんな疑問を抱く僕の返事を待つこともなく、火川くんは周りに「んだよ、文句あんのか?」と凄みながら僕の手を引っ張り、一軍の待ち受ける教卓前に連行する。
向けられる猜疑と好奇の入り混じった視線。
それは、連行先の一軍メンバーも同じ。むしろ、数名は猜疑心しかないようで……
「アキラくん、なんでこんなヤツ……」
キラキラなオーラを放つ天上人の女子なんかは、不信感を隠すこともなく目の前で平気で不満を口にした。
なんか居た堪れない。
「あぁ!? オレの交友関係に文句あんの?」
「こらこらアキラ、女子に凄まない」
火川くんを嗜めるのは学年一のイケメン、風間くん。男子のカースト頂点の双璧。
女子もだけれど、男子の二人も眩しい。
圧倒的な『陽』の気を放っている。
『陰』の者には、その存在そのものが眩し過ぎる……
(もしかして、これって)
漫画とかでよくある、陽キャグループが陰キャをからかって、友達と思わせておいてからの「なに勘違いしてんだよ、底辺が」って見下すあのイベントだったりする?
悪辣、あまりにも悪辣非道!
ここは男子としてはハッキリと怒りを示さねばと、連行者である火川くんに視線を向ける。
ズオオオッ!
漫画ならコマの背景にそんな擬音がついていそうな威圧感。
改めて言う。
高校生の纏う雰囲気じゃ無い。
そして非難の声を上げるなんて無理。
そんな火川くん。
僕の視線に気付き、得心した顔で僕をグループの輪の中心に押し出す。
「そういえば紹介しなきゃだな。
今日から加わる新しい仲間だ。
…… まぁ、元々クラスメイトだけどな」
「アキラくん、私そいつの名前も知らないんだけど」
おいこら、クラスメイトだろ。
「んだよ、お前さっきから絡んでくるな。
嵯峨だよ、嵯峨…… 何だっけ?」
お前もか…… いや、僕も火川くんの下の名前知らなかったわ。
「ユ、ユウタ。嵯峨ユウタだよ」
「そうだよ、ユウタだよ。みんなヨロシクしろよ」
ゴキゲンな火川くんは、僕に一言を促す。
(これって、何か罰ゲームですか?)