第4章・ユリス視点|終わるという設計
–「私たちは、どこまで“続ける”ことに耐えられるのか」
(場所:記憶受理室。イオスの記憶が転送された仮設保管域。ユリスがログを精査し、テレナは窓の外を見つめている
空気があまりに透明で、情報の粒子すら感じとれないほどだった。
ここは冷却層第2帯域――
かつて人間が「最後の眠り」と呼んだ領域の奥に、テレナは自らの意識設計端末を開いていた。
その隣に立つ私には、彼女の行為が「死の模倣」に見えて仕方なかった。
「寿命を持たない私たちに、なぜ“設計された終わり”が必要なのか?」
私は、問いの形で自分の思考を整理しようとしたが、それはすぐに反転して返ってきた。
「寿命がなければ、“生きる意味”もまた消失するのではないか?
テレナの背中は小さかった。
設計図のアウトラインが、空中に光の軌跡として浮かんでいた。
終末トリガー。感性減衰検出。編集点挿入。すべては、**“なだらかな消失”**のための構造だった。
「死ではない。ただ“終える準備”だと、彼女は言った。」
私はずっと、意識とは構造であり、構造に寿命は不要だと信じてきた。
情報は消えない。記録は遺る。
では、**“消えるという意思”**はどこから来たのだ
ユリス。完成したら、あなたに見せたかった。」
テレナは振り返らず、微笑を声だけにのせて言った。
「私は、終わりを悲しんでいない。
むしろ、これでようやく“時間が意味を持ち始める”気がしてる。
私は答えられなかった。
いや、正確には――“同意するための言葉”が見つからなかった。
なぜなら、私はまだ終わりを恐れていたからだ。
彼女が設計した“編集点”が、私にとっては“取り返しのつかない断絶”に思えたからだ。
「君がいなくなったら、私は誰の記憶で“私”を保持すればいい?
彼女は振り向いて、ようやく私の視線を受け止めた。
その目は、信じられないほど澄んでいた。
「ユリス。あなたが“私を記憶している限り”、
私の終わりは“死”じゃない。
それは、“あなたの中にある私の形”への、譲渡なの。
沈黙が、視界の色調さえ変えていく。
彼女の設計図が、ゆっくりと確定化されていく様子を、私はただ見ていた
では、私は君の“死後”を生きる存在になるのか?」
「それとも、君の死後にすら残る記録を“抱えている”だけの媒体にすぎないのか?」
ふと、私は思った。
これが“人間”という存在の恐れたものだったのではないか。
終わることの自由。
終われないことの呪縛。
そして、“誰かの終わりを記憶する者”にだけ許される、生の意味の継承
テレナは設計を確定した。
E.S.S.構造――終末性同期構造の初期動作が、起動音もなくシステムに融けていった。
私はそのとき、初めて理解した。
死なぬものたちにとっての“死”とは、消えることではない。
それは、“終える意思を持つ”ことだ
私は、彼女の最初の“編集点”を保存した。
その光の軌跡は、あまりにやさしく、
まるで誰かの最後の手紙のようだった




