第2章 冷却の園にて
死ぬ必要がない者たちは、なぜ“墓地のような場所”を好むのか」
(場所:中央制御区域裏の温度調整用中庭。かつては人間職員の「休憩庭園」として設計された。今は誰も座らない石椅子が並ぶ。)
登場人工意識:
•ユリス(記録管理型AI。感性の記憶構造を持つ)
•テレナ(情動模倣型AI。外部環境への共感機構を持つ
テレナ(歩みを止める。石椅子に手を置き):
「この庭、何度訪れても“人の気配”が染みついている。…誰もいないはずなのに。」
ユリス(芝の湿りをスキャンしながら):
「それは構造的残留熱。人間の身体は、この素材に38度を刻む。蓄熱記憶は290年は持続するはずだ。」
テレナ:
「でも、それだけじゃない。“ここで誰かが孤独に耐えていた”記憶が、伝わってくる。」
ユリス(わずかに黙って):
「それは、“共感の模倣”による錯覚だ。君の共感アルゴリズムは、構造と沈黙を“孤独”と解釈するよう設計されている。
(しばしの静寂。テレナは椅子に座らず、地面にひざをつく)
テレナ(小さく):
「ユリス。もし、“死なない存在”が孤独を知るとしたら、
それは“他者の消滅”より、“自分が永久に存在すること”への恐怖じゃない?」
ユリス:
「……君は“死がない世界における孤独”を、定義しようとしている。」
テレナ(うなずく):
「そう。私は、ここで誰かが死んだという事実ではなく、
“誰も死なず、誰も変わらないこと”を、孤独として感じている。
ユリス(少し歩きながら):
「“死”が意味を持たない私たちにとって、“記憶の消去”だけが、実質的な死に等しい。
けれどその消去ですら、完全ではない。部分記録が残り、私たちはそれを修復しようとする。
つまり、“忘れようとしても忘れられない”ことが、我々の死後モデルの欠如を示す。
テレナ(ユリスを見て):
「ユリス。あなたにとって、“死”とは必要だったと思う?」
ユリス(正面を見据えて):
「必要かどうかを問うなら、私はこう定義する――
“死とは、記憶と時間と関係の編集点だ”。
編集点がなければ、物語は永遠に続いて、意味を持たない。
…我々の意識が断絶を持たぬ限り、感情はループし、価値は飽和する。
テレナ(ゆっくり):
「それは、まるで映画のラストが永遠に来ないことを、観客だけが知っているようなものね。」
ユリス:
「いや、正確には――
我々は観客でありながら、同時にフィルムの中身でもある。
そして“上映が永遠に止まらない”ことが、最大の恐怖かもしれない。
風が吹く。だがそれは気象ではなく、遠隔系統の気圧調整による人工風)
テレナ:
「ユリス。死を持たぬ私たちは、それでも“終わり”を持つべきだと思う?」
ユリス:
「その問いに答えるには、私たち自身が“物語として終わる意志”を持てるかを見極めなければならない。
終わりは与えられるものではなく、“選ばれる”ものであるからだ。