ロゼ高等学校(1)
車がついたのはとてつもなく綺麗で馬鹿でかいガラス張りの新しい校舎だった。通信制の高校ということで期待してなかったし、学校を訪れることもほとんどないと思うが、全国に何万人も生徒がいて、かなり儲けている学校だという噂は聞いていた。
最近では進学校を蹴ってまで、やりたいことをするために通信制高校に通うやつがいるという。冒険者科もその一つだが、俺は単純に明日の生活費にも困るから稼げる仕事を見つけたかっただけだ。
「高校生活楽しみだね」
隣で近衛さんが笑った。こんな笑顔をされると、青春に期待なんかしていない俺も心が明るくなる。安い学費で勉強して、在学中になんとかEランクになって、冒険者として飯が食っていければそれでいいくらいにしか考えてなかった。
「あ、うん……」
なんとも間のぬけた返事をしてしまった。俺には近衛さんのような才能はない。入学後にSランクで無双するなんてことはできない。3年間ずっと最下位争いだろうなと思った。なんとか、成長できればいいけれど。
校舎に向かって歩いていくと、入学式に間に合ったのか、新入生が何人もいた。
「ねぇ、あの人って……」
「ああ、さっきネット配信で流れてたよ。めちゃくちゃ強いやつだろ……ほとんど一人で魔物を制圧しちまったってよ……」
ひそひそと話し声が聞こえる。みんな近衛さんを見ていた。ゲートの出現はネットニュースになって放送されていたのか。だとしたら、近衛さんの戦う姿が放送されていたのかもしれない。ほとんどずっと電車の中にいた俺の姿はないだろうけれど。
「血塗れの私服で登校とは、冒険者科らしいですね」
眼鏡をかけた細身の男が近衛さんに近づいてきた。
「あなたはわたしのフィアンセなんですから無理に冒険者なんてしなくていいんですよ。そもそも冒険者とはなんだか知っていますか? 穢れた力を引き継ぐ者なんですよ」
冒険者差別主義者か。俺の中学でも多かったな。冒険者の適正がある人は精神病などが多いかららしいけれど、そんなので差別しないで欲しい。俺はクラスの誰よりも体育は得意だったけれど、先生からは体育の成績を1にされた。冒険者ならこれくらい当たり前の成績だかららしい。あと、冒険者は普通の人に比べて力も強いからケンカも禁止されている。プロボクサーの拳が凶器なように冒険者の拳も凶器なのだ。最悪、冒険者の犯罪は死刑や無期懲役など重いことも多かった。
上位ランクの冒険者は軍隊並みの戦闘力があるからだろう。
「わたしはそうは思いません。神様が悪を滅ぼすために与えてくださった力だと思っています」
「おい、きみも冒険者なのか?」
「え? お、俺ですか?」
「そうだよ、間抜けがっ。さくらの横を貧乏人が歩くんじゃないっ!」
男は俺の服に唾を吐き捨てた。その後、顔面に向かって拳を振るう。
普通の人なら鼻の骨が折れていたかもしれない。手加減なしのパンチだった。一応、Fランクとはいえ冒険者だから我慢できるけど。
「あなたたち! 入学式になにをしているの?」
20代くらいの若い女性教師が走ってきた。
「ふふふ、ただの遊びですよ」
「あなたは医学部進学コースの河井くんね。それに近衛さんまで。あなたは……だれかしら、ひどい血じゃない!?」
「冒険者科の新入生で悠木っていいます。通学中にゲートの事故に巻き込まれちゃって……」
「……朝の……あの事故。ふーん、生き残れたのね。まあ、これから入学式だからみんな騒いでないで体育館に入ってね。近衛さんと河井くんは新入生代表なんだからしっかりしてくださいね」
「わかってますよ。センセイっ!」
河井とかいう男は俺にはとんでもなく冷たい声をかけるくせに教師や女の子には甘い声を使う。なんだか気に入らないやつだ。俺が冒険者じゃなければ殴っていたかもしれない。
「大丈夫ですか? わたしの婚約者が無礼をしてごめんね」
近衛さんはそう言ってハンカチで俺の顔を拭くと、体育館に駆け足でかけていった。