クソみたいな人生(3)
爆音のあと耳が聞こえなくなった。鼓膜が破れたのかもしれない。戦場とかには行ったことがないから知らないけれど、拳銃を発砲するだけでも耳にカバーあててるもんなとぼんやり考えていた。
弓矢を持ったゴブリンは爆発に驚いたのか電車の奥へと逃げていってしまった。命のやり取りをしてまで俺を殺す意味はない。ゴブリンは女や子どもは襲っても大人の男は無理に襲わない習性があるらしい。
「食べてもうまくねぇのかもな」
ぼろぼろになりながら、なるべく若い女の遺体を運び出してC級冒険者の上に投げ捨てる。遺体を弔うような余裕はなかった。若い子を優先しているのは若いほど生き返る確率が高いから、ただそれだけなんだが、ところどころ食い荒らされていて若いのか判断が難しい遺体が多かったから適当に学校の制服を着ている遺体を運び出した。
耳は聞こえなくても、振動で体が揺れる。自衛隊とモンスターの軍団が戦っているのかもしれない。
電車のドアにさきほどの女性が立っていた。何か言っているが、俺には聞こえない。
しばらくすると別の女性が入ってきて俺の耳に手を当てた。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
「ああ、聞こえるよ。自衛隊の人が治癒魔法を使ってくれるから。ありがたいや」
「治癒魔法じゃ眼は無理ね。トレジャーを使わないと眼球の復元は難しいかな」
「そうなんだですね。いくらくらいかかりますか?」
「冒険者保険入っていれば3割負担だから50万円くらいかな」
乾いた笑いが出た。全然割の合わない仕事じゃないか、しかも保険にも入ってないから全額負担だ。頭悪いから計算できねぇけど。
「遺体さ、いくらくらいで売れるかな、治癒術師さん」
「え? 売る? それは無理だと思いますよ。全部自衛隊の管轄になるので、例えあなたが遺体の損傷を防いでいたとしても」
視力は戻らないが、痛みはなくなった。治癒魔法はとても気持ちがいい。まだ母親が生きていた頃を思い出す。
「せっかく、入学式だったのに遅刻しちゃったわ」
よく見ると女性はとても美人だった。長い黒髪にまんまるな黒い瞳と高く整った鼻。
「散々だな。俺も入学式の日だ」
「へぇ、どこの学校?」
「通信制高校の冒険者科だよ」
「あ、わたしもです。同じ学校だったんですね。この辺の通信制高校って多分、ロゼ高等学校でしょう?」
「ああ」
「じゃあ、冒険者が結構乗っていたんじゃないかな」
「うーん、どうだろう。通信制高校の入学式って、別に全員が参加するわけじゃないと思うし、そもそも冒険者科は定員20人しかいないからな」
「そうですね。冒険者は危険だし、ある程度は素質もあるし。幼少期の愛情の欠落や精神病が冒険者適正が現れる条件らしいけれど、別に冒険者全員が精神を病んでるわけじゃないし」
一昔前は幻聴だとか幻覚と言われていたものが、異世界と繋がるゲートの出現により、魔力適正やスキル覚醒のきっかけになっていた。くわしくは脳の科学らしいのだが、俺にはよくわからない。
「あら、入学式だったんだ。よかったら自衛隊の車を使うといいわよ。一生に一度だもの。出席したほうがいいわよ」
俺と少女は、お姉さんに連れられて電車の外に出た。硝煙の煙とあちらこちらに散らばる魔物の死体。
俺たちは線路を出て待機してある迷彩色のグリーンの4WDに乗せられた。
「この子たちをロゼ高等学校に送ってあげて、冒険者科の生徒みたい」
「へぇ、すごいね。俺は冒険者になりたかったけれど適正がないから自衛隊に入ったんだよ。へぇ、いいな。二人は恋人?」
「なにバカなこといってんのよ、思春期の子どもに……」
「今日、初めて会ったばかりです。わたしはS級冒険者の近衛さくらです」
「え、えす? 聞き間違いか?」
「聞き間違えじゃないですよ。S級冒険者です。ただ、戦ったことはほとんどないので素人と同じですけれどね」
S級冒険者はみんなの憧れ、日本でも数人しかいないヒーローだ。S級冒険者になるとドラゴンだって倒すことができると聞いたことがある。
「あなたはたしか……」
「Fだよ」
「へぇ、でも実践に慣れているみたいだったわね。今度いろいろ教えてね」
優しい人だ。こんな女の子が彼女だったら、クソみたいな人生でも幸せだろうなと思った。