クソみたいな人生(1)
電車が揺れる。
俺はくたびれた老人だらけの街で、普通に高校に通って、普通に大学を目指して、普通に就職するであろう人たちを眺めていた。
俺には選べない人生だ。
俺の手の中には冒険者ライセンスが握られていた。誰でも取得できるFランクの免許証。これがないとバイトにもいけない。
「よお、悠木! お前、私服の高校なのか?」
「いや、俺は……」
たまたま電車に乗り合わせたのは中学時代に俺をいじめていた男だ。いじめといっても裸の写真を撮られたとか深刻なものではなくて、馬鹿にされたり、たまに少し殴られたり、無視されたり、そんな程度だった。だから、復讐をしようという気持ちはなくて、ただ関わりたくなかった。
「こいつ、通信制高校の冒険者科なんだってよ」
取り巻きの一人も同じ制服を着ていた。有名な私立大学の附属高校のものだ。
「かぁー、やっぱりビンボー人は冒険者なんて夢を見ちゃうんだ。バカだねぇ。いや、幸せか。俺なんか勉強が大変でさ」
そんな話をしていると急に電車が停まった。
「ゲートが線路上に出現しました。異世界からのモンスターが現れたようです! 冒険者ライセンスのある方はモンスターの退治をお願いします」
ゲートとモンスターの出現に戸惑う人々で、電車の中はパニック状態になっていた。
「い、いけよ! 冒険者だろっ! 死んでも俺たちを守れよな」
「む、むりだろ、お前ランクはいくつだよ? せめてDランクはないとモンスターを倒せないって聞いたぞ?」
「お、俺のランクはFだ。でも、お前らも、乗客も助ける」
電車が止まると、扉が開いて、人々は一斉に逃げ出した。
そんな人の塊を容赦なく3メートルはあるオークが棍棒で潰していく。
悲鳴と怒声でいっぱいになった。
「しにたくないしにたくない」
「く、苦しいって、俺らまだ若いのに……セックスもしたことないのに……くそっ……お前が壁になれよ! クズ!」
人混みに押されて、俺といじめっ子も外に出たらテレビでみたことのある男性がサングラスを外した。
「ったく。せっかくの休日だから競馬場にでも行こうと思ったのによ」
「おいっ、このおっさん、こう見えてCランク冒険者らしいぞ! 助かるぞ!」
すごいっ、Cランク冒険者といえば年収は3000万円を軽く超える。一流の冒険者だ。全人口の0.01%ほどしかいない。
「あの、俺も冒険者なんですが……手伝えることはありますか?」
俺は人混みをかき分けて前に出た。
「ランクは?」
男から尋ねられた。
「Fです」
「ほとんど一般人と変わらないじゃねぇか。せいぜい100メートルを8秒で走れるとかその程度だろう。邪魔だ。死なねぇうちにとっとと帰りな」
男は軽く5メートルはジャンプをすると両手から火炎球をだした。それがオークの頭に命中する。
「おらおら、こっちだ!」
人混みとは反対方向に引き離そうとしていた。
「くそっ、なにも出来ないじゃないか……でも……人が助かるならそれでも……」
「はぁっ!」
高校生くらいの若い女の子が刀でオークの頭を真っ二つにした。稲妻のようにすばやい。そして、胸につけた高章から俺と同じ私立ロゼ高等学校冒険者科だということもわかった。
「ひゅう、こいつはすげぇ新人だな」
おっさんが口笛を吹く。だが、俺の視界にはおっさんの後ろに迫る怪鳥のくちばしが見えた。
ドリュッっっ!!
簡単に潰されるおっさんの頭。たぶん、おっさんはウィザードなんだろう。前衛で戦うには向かない後衛職だ。
「ま、まじかよ、Cランクが簡単に死んじまったぞ!?」
「あのゲートから出てくる魔物、洒落にならない強さなんじゃないか?」
空飛ぶ鯨みたいな大怪鳥は、そのまま人々を一口に喰らい尽くす。
あれはB級以上のモンスターだろう。おまけにE級のゴブリンまで大量発生して人々を殺し尽くす。育ちの良さそうな少年が体を食われて、はらわたを出しながら泣き叫んでいた。
「くそっ!」
舌打ちをした少女は俺に近づいてきた。
「冒険者ライセンスがあるということは、あなたも冒険者ですね。ランクは……」
「Fです」
「えふ? そうですか」
彼女は僕をバカにすることはなかった。なにかを考えているようだ。
「これ以上の死体の損傷は避けたいです。死体を一箇所に集めて守ってくれませんか?」
確かに、ゲートからもたらされた宝のおかげで、死んだ人も生き返らせることができるようになっていた。ただし、誰でも無条件で生き返らせることができるわけではなくて、死体の保存状態が良く、死んだ時の年齢が若い人ほど生き返る確率が高いと言われていた。だから、あのはらわたを食い破られている少年も、死んだ冒険者も生き返らせることができる可能性はあるだろう。