二章 時の流れを繫げ
多くの命が関わり合い発展してゆく文化と魔法。その多くを支配し、またその支配をも変える流れを、ひとは風と呼ぶ。魔法学的にその風と対立し極めて流動的なものの一つが、水。
神界トリュアティアが秘めた水も流動性を持っている。流動性が高いものほど滞れば碌なことがない。風も水も淀んで腐る。生命が自然に還るように循環が必要である。それはやはり生命のように自然で自由であることが望ましい。拘束されたら誰でも穏やかではいられない。水も同じだ。ところがトリュアティアの水は自らひとびとの前に現れない。なので、アデル達は民に労働の対価を払って水源確保に奔走した。
流れてゆくのが水であるなら魔竜襲来時のように蒸発するのも水である。さらに水は、大地に染み入って姿を消すこともあれば、堂堂と空を巡っていることもある。隠れているなら掘り当てるので構わない。水源確保の全計画を上回る速度で水が生活圏から逃げてゆくようなことも統治機関たる神界宮殿は懸念すべきであり、事が起こる前に対策を講ずるのがアデル達の仕事である。
魔竜討伐から夜を跨がず、私室に戻ったアデルにスライナが提案した。
「他神界の調査を依頼できそうな人材が宮殿内にいますわ。彼に頼んでみてはどうかしら」
アデルはあらゆる意味で初耳であったから、ティーカップに淹れた紅茶で気を落ちつけて、両手を合わせて愉しそうなスライナに、あえてゆっくり尋ねた。
「『彼』。神界宮殿にそんな者がいたか。お前はなぜそんな人材を把握している。オレは全く知らなかった」
「それはそうです、報告してませんから」
「あとで意図を聞かせてもらうとして、他神界を調査できるような隠密がいたとはな。トリュアティア内の個体魔力を全て把握しているが、それらしい者はいなかったように思う」
「隠密ですから易易と気取られるような行動は執りませんわよ」
スライナはそんな人物を知っているわけである。
「案内しろ」
「悦んで」
スライナが案内したのは神界宮殿地下一階。陽光が射さず薄暗いそこには牢屋がある。
「お前の古巣だな」
「冗談としても癇に障りますわ」
「間違いでもなかろう。お前は不審だった」
「数歩譲って不審を認め、蛇の道は蛇、さあ、こっちです」
スライナのほかに不審者がおらず囚われた者という意味での先客はいない。両側の牢屋を眺めて細い通路を進むと、カンテラの燈を頼りに何かを書いている男性がいた。スライナの補足情報がなくとも一目で一般神と判る身形だ。そこは名ばかりの詰め所で看守が存在しないので彼の貸切り状態だ。
「観るからに不審でしょう。でも、ここにいなければまっとうな一般神です」
「不審でまっとうな一般神から由を聞くとしよう」
仄暗い逆光の背中にアデルは声を掛ける。「主神アデルだ。話がある。こちらを向け」
男性は書き物に夢中で耳すら動かなかった。
「凄まじい集中力だ」
「捗っているんでしょう」
アデルとスライナは男性の横から机上を窺う。
……どれどれ──。
独特な言葉の羅列で紡がれている。三人称で、エッセイではない。
……創作物か。
トリュアティアに存在していないもの。男性の文章、殊に台詞をアデルは眺めた。
〔「俺達の戦いはっ!これからだあっ!」
「何をゆってる!お前はもう死にかけてるじゃないか!むちゃすんじゃねえよ!」
「むちゃなんかしてねえ!」〕
そこにある紙は十数枚。彼の文章に濃淡の乏しさを感じたアデルは、つい口が開いた。
「まるで終末世界だ。感嘆符を削ったほうがよいな」
「っ──」
アデル達が間近で窺っていても止まることのなかった男性のペンが止まった。
ゆっくりと振り向く男性。アデルと目が合うと、お尻の下で爆発でもあったかのように跳び上がった。
「あ、あ、アデル様っ!」
「やはり気づいていなかったのか。三〇回の呼吸を優に終えていたが」
「ワタクシは二九回。アデル様は三二回で酸素の無駄遣いですわね」
「数えていたか」
「感覚ですが」
呼吸カウンタの正確さに驚くも感嘆符ひとつ上さないアデルは、顔面に感嘆符が張りついた男性を再び窺う。
「主神アデルだ。お前はなんという」
「わ、わたしはカスガです、すみません、ここ、お邪魔してます」
「創作のためにスライナが貸しているのだろう。オレはお前の名を宮殿外で知った。スライナもお前を一般神と表した」
男性改めカスガは、アデル達の進める水源確保前後の仕事に関わっている。水源がラスタ川のみだった頃、ラスタ川の水を汲んで売り歩いていたのがカスガだ。町内に井戸ができることを知った彼は完成前に井戸の占有権利を買い、井戸ができると大量に水を必要とする事業者を優先して水の販売を始めた。給水技術はカスガ本人の魔法であり、それがなければ井戸があっても大量の水を販売することができなかった。水を運ぶ魔法の技術、井戸を作ることを逸速く耳に入れる情報収集能力、定期的な販売に漕ぎつけるための交渉術──、全てがトリュアティアで屈指のものだろう。
「お前には見所がある。オレの配下になり、その力を皆のために活かせ」
「……へ」
アデルの要請を理解できず一瞬目を丸くしたカスガが、「わ、わたしはしがない水売りですよ、そんな、配下だなんて」
「足腰が丈夫なら向かぬこともなかろう」
アデルは、指摘する。「お前はオレ達に気づくまで魔力を完全に潜めていた」
「っお気づき、だったんですか」
「侮ってくれるな。他者を観察する眼をそれなりに磨いている」
「す、すみません」
「責めてはいない」
魔力を潜めていただけなら体を触れて魔力探知すれば個体魔力を把握できる。が、集中していたカスガの背中にそれとなく触れて魔力探知してみたところ、アデルは彼の個体魔力を感じ取れなかった。つまり、完全に魔力を潜めることができる〈魔力潜行〉という特異能力をカスガが持っている。これは優れた隠密能力だ。
民を網羅するため、アデルは井戸整備を進めつつ住民票の制作を進めていた。住民票には、有魔力個体か無魔力個体かも記されており、現状、民に無魔力個体は存在しなかった。
「住民票の記入漏れや記入ミスで見逃したことも考えたが、こちらに気づき集中を解いたお前から魔力を探知できた。お前には調査に向いた能力がある」
「調査、ですか。いったい、なんの。あ、アデル様、座られますか」
カスガが立って椅子を譲るが、
「お前が座るといい」
床から新たに二つのスツールを作ったアデルは、その一つに座った。スライナも座り、カスガが会釈して席に戻った。
「その、調査、と、いうのはいったい」
「他神界へ赴きオレの弟妹を捜してほしい」
「アデル様のご弟妹を。わたしを選んでもらったことはなんとか理解できますが、わたし以外に適任者は──」
知はスライナの領域。彼女が見出した人材という点でもカスガの能力を疑う余地がない。ゆえに、アデルは断言した。
「いない。お前だけだ。ゆくゆくはお前を諜報員に育てる。その力を役立てろ」
「ちょ、チョウホウイン、って」
カスガが冷や汗を流した。「敵地の調査とかもやる、っていう役職ですよね」
「ああ」
カスガが乗り気でないことをアデルは承知している。「拒否しても用命するぞ」
「なぜ、それほど強く仰れるんです」
「オレが知る限りで、魔力潜行の力を持っているのはお前だけだからだ」
「えっ……」
スライナの知識や知恵に頼りきっていたのでもなく、アデルも神界運営に携われそうな人材を探っていた。魔力潜行ができる者には初めて出逢った。
カスガが虚を衝かれたように黙ったところで、アデルはさらに指摘した。
「自分にしかできないことに、お前は躊躇しない」
「……アデル様──」
そのとき流れが変わった。
カスガが水売りを仕事にしたのは己の魔法が給水に適していたからだけでなく、ラスタ川での取水当時からその仕事がトリュアティアに欠かせないと見抜いていた。命を繫ぐための行動を躊躇わず、井戸の占有権利を得てまで販売し、利益はどこへ行っている。なぜ、カスガは贅沢もせずこんなところで一人創作に勤しんでいる。
神界宮殿にはアデルの掘り起こした金塊が山のように存在しているが、井戸整備の資金はスライナがどこからか用立てていた。
「お前だったのだな。資金提供者は」
「──スライナ様からこちらを貸してもらう代金のようなものと思っていましたが」
カスガが挙げた利益が井戸を作るための資金の一部となり、ひとびとを救ってきた。
「オレはお前の精神も認めている。お前は、必ず民の力になる」
「──民」
カスガが、真顔で問う。「アデル様の、ではなく」
それは、決死の問だ。
アデルはその意に応えた。
「お前はオレが得るべき力ではない」
「…………」
カスガが、静かにお辞儀した。「申し訳ありません、不遜な真似をしました」
「構わぬ。信を置けぬ仲間など、仲間とは呼べぬ」
「っ……仲間、それは、わたしのことですか」
「オレに取ればトリュアティアの皆がそうなのだがな、あえて区別するのであれば、トリュアティアの皆のために己の身を削れる者をオレは仲間と呼ぼう。む……、どうしたのだ」
アデルは当惑した。カスガが涙を流しているのである。そのカスガが洟を啜って笑う。
「か、感動してしまって!主神のアデル様に仲間と呼んでもらえるなんて、思ってもみなかったので!」
「このひと、こういうひとなんですわ」
スライナがちらとカスガを見て、「アデル様にいえば『創作に差支えないの場所を提供してもらえますよ』って伝えたんですけどね、資金のことで波風が立ちかねないから表立ったことは控えたい、だなんていうんですもの」
「カスガの存在をオレに報告しなかったのはそういった背景があってのことだな」
ひとびとは一概に公的な善を貫くものでもない。ひとびとを拘束せず、支配せず、自由な思考と自由な生活の保証を標榜するなら、アデル達の考える公的な善悪観念に副って動く者は少ないと考えるべきだ。一般神のカスガに大っぴらにアデルが部屋を与えるリスクを考えないのは浅慮にも程がある。
「あとはお前の返事次第だ」
アデルはもう一度、カスガに問う。「お前を調査員として迎え、宮殿内の部屋を与えよう。文句をいう者が現れるなら、そちらはオレが適正に対処する」
「そこまでして、わたしのことを公僕に取り立ててくださるんですか」
「いったであろう。オレはお前の精神も認めている。いや、むしろ精神、志こそ大事だ」
「わたしも……!わたしもそう思います!」
カスガが何度も深くうなづき、応じた。「わたしでよろしければ調査員の仕事、引き受けさせてください!全力で頑張りますので!」
「ふむ、創作の中の存在はお前自身なのだな」
「えっ!」
「ふと思ったのだ」
仕事柄、カスガは理性的に振る舞ってきただろう。アデル並びに神界宮殿と一般神との軋轢を生まぬようにも配慮してきた。感情を発露させる場所が必要で、彼に取ってそれが創作物だったのだ。登場人物の爆発的な感情は、普段のカスガが抱えている感情の数数に違いない。
……カスガの書く者は、常に仲間を想って叫んでいる。
アデルはそんなカスガの志を、やはり認めている。
「まだまだ満足いかぬ様子だが、カスガよ」
「はいっ」
「お前の物語を、たまに読ませてほしい」
「え……、えええぇっ!」
宮仕えになることよりも驚いた様子で、カスガがひっくり返りそうになったので、アデルはスライナとともに彼を支えてやった。
……この世界、存外、悪くないな。
意図を考えると創造神アースの存在は認めがたい側面がある。ただ、創られた存在が悪ばかりでないことを思うと、創造神アースの存在も一概に悪とは断ぜられないのではないかと思えもする。創造するにはその要素を知っている必要があるのだから、つまるところ、創造神アースにも善性があるということである。
……だからといって高みの見物をされてはたまらない。
抗うため弟妹の結束が必要だ。アデルは早速、他神界調査に向けた仕事をカスガに任せた。
トリュアティアは一つの星だ。ほかの神界も一つ一つが星として存在する。神界間の移動手段は大きく分けると二つ。一つ目は自力での移動。創造神アースの設計で保護されている存在なら生身で宇宙空間に飛び出しても問題がなく、これは神なら難なくできる。ただし移動距離を考えると時間が掛かるので非現実的。二つ目の手段は一定の場所を一瞬で移動できる空間転移。効率や安全性を考慮すると後者が現実的な手段だ。
与えられた一室に移動して初任務を受けたカスガが一番に気にしたのは空間転移の手段。集落外へ出たことがある民の見聞を収集していたカスガがアデルに尋ねる。
「空間転移の手段があるとは聞いたことがありません。この神界には空間転移を成す魔法や魔導機構が存在しないのでしょう」
空間転移の魔法を操るには時属性魔力の保有者が必要で、トリュアティアには存在しないため魔法は選択肢にない。一方、魔導機構には時属性魔力を持つ精霊結晶を搭載する必要がある。精霊結晶に宿る精霊の意志が重要なキーとなって機構が安定した効果を発揮できるほか、時属性魔力の保有者がいなくても起動できるため魔法よりハードルが低く、今はその可能性を探るのが現実的だ。
ところがトリュアティアには精霊がいない。自然魔力が濃密な環境には精霊が住むとされているが現実は真逆の状況で、アデルは魔導機構を製造していなかった。
「オレ達の生活圏に空間転移ができる魔導機構は存在しない。その辺りもお前の能力でカバーしてもらえないか」
「空間転移の魔導が生活圏外にあるか探るわけですね」
他神界との連携を創造神アースが視野に入れていないはずがなく、そうであるなら空間転移が可能になる人材か魔導機構を用意していなければおかしい。カスガのように魔力潜行ができてもずっと隠れているとは考えにくいので人材が存在しないことは半ば判明している。ならば既存の魔導機構が生活圏外に埋もれている可能性が高い。これを捜索するのである。
「キーワードは時属性魔力だ」
「時空間を操る魔力でしたね」
「うむ」
ひとの知覚できる世界を支配する時間と空間。時属性魔力は、それらに干渉する強力な魔力である。
「空間転移を成す人材や精霊がオレが見逃すような離れ里に住んでいる可能性も捨てきれぬ」
「わずかなヒントや埋めるべき穴から拾える情報もありますが、情報不足の今は行動あるのみです。早速出発します!」
神界宮殿の南部門でカスガを見送ったアデルは、隣のスライナの記憶を確かめる。
「聞くまでもないがお前は空間転移魔導の在り処について知らぬのだな」
「知っていたら最初に意見しました。魔導機構についても、精霊についても、ワタクシが出せる知恵はありません」
「知識はあるのだな」
「カスガ様を含めてトリュアティアの多くの者に与えられている知識・記憶でしょう」
知らない者ばかりではカスガが聞込みをしても情報を得られないからだ。カスガも創造神アースの仕込み、情報元もしかり。やらせ感を覚えるが迫る危機への対処はすべきである。
「お前やエノン、カノン、それからカスガとオレ自身。こう表現するのは不本意だが、仕込まれたピースが揃いつつあるように感じている。お前はどうだ」
「ええ、ある種の予定調和のにおいがしますのでワタクシもいささか。ですが同感です。育つかどうかは未知数ですが、理想的に事が運べばカノン様の位置は身を賭して戦う兵士といったところでしょう。カスガ様が諜報員、ワタクシが知恵袋、エノン様が対悪性最終武力──」
「エノンについて知っていたのだな」
「侮らないことです。彼の秘めている力は聖裁。悪魔・悪神を一撃のもとに滅ぼす力ですわ」
善神であるアデルやスライナ、並びにトリュアティアの民に取って、対称的な存在である悪神や悪魔と戦いになった際、エノンの聖裁は切札になる。
「侵略戦に登用するつもりがないので門番にした。皆と、皆の暮らすこの神界を守りさえすれば安泰だ。ただし、こちらを侵略せんとする者が存在し、敵性殲滅作戦に打って出る可能性も想定すべきであろう」
基本的に戦闘はアデルの仕事。アデルが他神界に出陣した際、トリュアティア防衛の要としてエノンを門番に据えたのだ。
「アデル様の布陣は単純ですわね」
「軍略に秀でているのは弟アルマジックや妹リュウェルンのような軍神だ」
「カノン様が防衛力に加わってくれればなお良好といったところ」
神界宮殿には強者が多数在籍し日日成長しているが、エノンほど修練する者がおらず肩を並べる者も存在しない。それもそうだ。力自慢から選りすぐったとは言え元一般神を兵として迎え入れたに過ぎない。創造神アースに創られたときから戦闘を天職として設計されたアデルやエノンのような者でもなければ伸び代が少なく、成果の挙がらない修業を続けるのも難しい。
それら意見がスライナと一致していることを確認し、踵を返してアデルは話を進める。
「戦闘はオレとエノン、可能ならカノン、この三人が担うことになる。お前は軍略にも長ずるのだろう」
「この神界にワタクシ以上の知恵者は存在しませんわ。水源確保、資金調達、そのほかライフラインの整備、ひとびとの生活設計からストレス解消に至るまでワタクシが担っています。軍略に長ずるかはさておき、担える者はワタクシだけかと」
「反復となるが、カスガが諜報員となればあらゆる状況で情報収集役として登用できる。連絡係は宮殿内兵士が適宜担えるだろうが──、欠けているピースは何か、お前は判るな」
「アデル様は判ってますか」
「救護者、もとい、治癒魔法の術者だな」
「正解です。あと、連絡係もやはり必要かと」
いざ戦闘が発生したとき、アデル、エノン、カノンの最大三人で敵の主力を討つとして、敵にほかの戦力がないわけがなく、状況によっては敵勢力が複数存在する場合や敵勢力の増援が想定される。アデル達主戦力にとどまらず全隊が押されれば民に累が及びかねない。一人でも加勢がほしい切迫した戦況で連絡係として防衛戦力を減らすのは危険であるし、怪我をした者がいたら治療に当たる者が必要だ。
「呼んだぁ!」
「む……」
「この方、いつの間に」
白い翼の少女が唐突に顔を出していた。直後、目を見張ったスライナの肩に手を掛けて飛んでいる。
「あはははは、アデル久しぶりだぉ」
「アデル様、お知合いですか」
「妹のセンスだ」
どこからどう現れたか、アデルですら察せられなかった。
「ふははははは、センスはセンスだから誰にも捕まらないんだぅ〜」
スライナが振り向くがセンスはそこにはおらず逆立ちするように天井にぶら下がっている。
「じゃあバイバイだぅ〜」
天使のような白い翼にぽっと包まれるや消え去るセンス。残ったのははらはらと舞う霊的な羽と静寂である。
「凄まじい機動力ですわね。是非とも連絡係に──」
「あれは無理だ」
と、アデルは断った。「センスはオレ達と同じ時期に別の場所で創造された。どこへ向かったか、何をしているかも知れぬ」
「まさかの放浪者。顔を合わせたことは」
「今日が初めてだ。機動力に適ったとてああも捉えどころがないのでは連絡事項を預けるのが不安だ」
「それもそうですわね……」
なんとかセンスを引き込む手はないものか、と、スライナが顎に手を当てて黙り込んだ。会ったこともないアデルがセンスの記憶を有していることが可能性を示しているが、手に入るピースから求めるのが大事である。
「お前は確か治療班を立ち上げていた。人材がある程度集まっているだろう」
「ええ。ワタクシなりに粒揃いですが纏まりがイマイチです」
「リーダがいないということか」
「治癒魔法は幅広くて使い分けも必要です。それなりに肉体についての知識もなければ効果が出ません。精神を擲ち知識を取ったんでしょうね、困ったことにプライドが高く張り合ってばかりなんですわよ。あら、突然方向転換してどちらへ行きますの」
アデルは上っていた階段を下りて、一階に戻っている。
「お前の話が遠回しなのでな、早くいえばいいものを」
「さすがはアデル様です」
「役を引き受けよう」
アデルの側近でもスライナ自身には権力や威光があるわけではない。そんな彼女には、プライドの高い治療班を纏める発言力がなかった。主神の一声で引締めを図るため、スライナはアデルに治療班を一喝してほしかったのだ。
治療班を訪ねたアデルは、スライナが零したプライドの張合いの一端を目にすることとなった。
「──だっからっ、お前は無能なのだっ」
「誰が無能だとっ」
「そんな治癒魔法で救える命があるなら見てみたいもんだ、失敗するに決まってるがなぁ!」
「んだとぉっ、もう一回いってみろぃ!お前の治癒魔法はどうだってんでぇ。論文読んだが屁みたいな誤字ばっかで読めやしなかったぜぇ」
「な、なんだとっ、どこに誤字が──」
「ここにぃ!ここにぃ!ここだぁ!」
「な、なんだこの誤字はぁぁぁぁ!わたしとしたことが、こんなっ……身の破滅だぁ!」
……どこかで観たような激した人物だな。
感情を思いのままに発する場があること自体は精神衛生に寄与するだろうが。
精神を擲ち知識を取った、などとスライナが話していたがその限りかどうか。アデルは溜息を一つ、言い争う治療班の面面に声を掛けようとした。そのとき、
「この日を待っていましたぞ」
と、一つの声が立ち、ひしめく声がしんと静まった。
医務室入口のアデルへ向かう足音に、皆が目を見張る。アデルより少し背の高い、胸のはだけた男性が歩み出た。
「アデル様、ようこそお越しになりました。待っていましたぞ」
流し目でスライナを寸時捉えた男性はアデルを向き直ると涼しい声音で語る。
「わたしはアクセルと申します。アデル様の忠実なる僕であり、アデル様のお望みを一身に浴さんとする欲深き羊です」
「結構。欲のない者は大成せぬだろう」
アデルはアクセルを見上げた。「お前が治療班を纏めろ」
隣でスライナが苦笑した。
「彼、いささか自由な風体です。任命責任を問われそうなものですが」
「余所者だったお前を側近に据えた時点で責任云云など恐れておらぬ。責任を問われれば取るのが仕事でもある。そもそも問題を起こそう人物を宮殿内に置くことはせぬ」
アデルはアクセルを観る。「お前は腕が立ちそうだ。スライナがいうように面妖な風貌だが白衣と眼鏡の目立つ集団の中、身形に個性を出し、眼鏡でなくコンタクトレンズをつけているのは治療される側の感覚も重く観てのことだろう」
「我が主神よ、敬服します。幸いなことに、神界宮殿で治療を受けた者はこれまでに数えるほど。身形を整える必要もないかとは存じますが、しかし、白衣の権威に舞い上がって論議するだけになっては己を貶めるように思えもしたのです」
「意識を高めるルーティンでもあるのだな。その点、見習うべきとオレも認めよう」
「恐れ入ります」
お辞儀をしたアクセルの後ろで、治療班の面面がこそこそと話している。
そこへ、スライナが乗り出した。
「あなた達は先程まで何を論議していたんです、ワタクシに教えてくれませんか」
「えっ、そ、それはですなぁ、えぇっと、この治癒魔法について──」
アクセルの陰口を叩いていた面面があっという間に色香に吞まれて、治癒魔法の論文を次次取り出して説明した。その説明を全て聞き終えたスライナが艶っぽく称賛した。
「素晴らしい魔法技術が詰め込まれてますのね!そんな魔法を構築できたあなた達ならきっと素晴らしいチームを築ける。と、確信しましたわ!アデル様やワタクシの顔を立てると思ってどうか皆さん、このアクセルにお力添えください。あなた達の活躍が日の目を浴び、トリュアティアの栄華を支える一助となるようワタクシ応援しますわ!」
……お前、突然に感嘆符が増えたな。
治癒魔法の開発・研究に時間を費せる、と、アクセルをリーダにすることを治療班が前向きに考え始めたので、アデルはスライナの創作物的振舞いを潤滑剤と認めた。
スライナとアクセルを連れて一旦医務室を出たアデルは、スライナを窺う。
「治療班というよりは治癒魔法研究家の集まりという印象だな」
「否めません。アクセル様をリーダとして仰ぐのはやはり一定の抵抗感がある様子です」
「そちらはわたしの努力次第。追い追い認められれば解決できることですね」
と、アクセルが微笑む。「彼らの研究に対する熱意は私欲や探究心だけではありません。意のままに研究して誰かの生を繫ぐことに役立ててほしいと考えています。無論、有用であればわたしも活用させてもらいます」
「お前の譲れぬものは、博愛主義や滅私奉公ということか」
「滅私奉公なんて殊勝なものではありませんが、博愛主義は近いですね。私欲だらけの至らぬ一術者。そんなわたしはただ、死に向かう命を見逃せないだけです」
「その心は」
「生きてさえいれば、」
ずいっと歩み寄ってスライナの手を握るアクセル。「至高の華に出逢えることもあります。わたしの人生において女性は悦びの一つ。ひとの悦びはその限りではなくそれぞれと思いますがしかし、しかしです、悦びを断つが如く落ちゆく命があるなら、と、考えるのですよ」
「ふむ、同感だ」
「同感なんですのね」
スライナがアクセルの手をそっと下ろして、微笑する。「アデル様が女性好きだとはさすがのワタクシも想定外でしたわ」
「お前ならオレの腹を解っているだろう」
アデルがアクセルの言葉に示した共感点は、
「亡くなる命あらば、ですわよね」
「うむ。と、いうことでだ、多少の軽口は気になるが、リーダとして弁が立つと捉えればマイナスでもなかろう」
治療班の面面が曲りなりにもリーダと認めたなら治癒魔法の技能も最低限あるだろう、と、アデルは考えたが、外見に反してアクセルはまじめであった。
「わたしの腕は確かです。アデル様には、その技能を認めていただきたい」
「試験しろと。後悔するかも知れぬぞ」
「試験、出していただけますか。見事合格してご覧に入れます」
スライナの手を握った人物と同一には見えぬほど。命を救う。その意志が宿る眼は、気迫を発するほど真剣なものだった。アデルは、アクセルの覚悟を全力で試験することに決めた。
「試験の内容は、オレが示す負傷者を『元通りに癒やすこと』だ。改めていおう。後悔しても知らぬ。言葉を下げるなら今のうちだ」
「下げません。その負傷者というのはどこに。アデル様が試験として出されるからには重篤な患者のはず。ただちに診ましょう」
「了解した。負傷者は──」
アデルは己の左腕を捥ぎ取り投げ捨てた(!)
「──オレだ」
「『!』」
スライナ、アクセル、ともに絶句した。
「どうした。この程度も治せぬか」
白一色の内装に吹きつける鮮烈な色は、紛れもなくアデルのもの。
「オレは戦神だ。脚を捥がれようとも意志が消えぬ限り戦う。民がいかなる傷も負わぬよう、負うであろう傷をオレが負う。負いきれぬ傷が民を襲うなら遍く傷をお前が治すのだ。これはそのための試験であり、命に与るお前に課せられた使命だ。さあ、治してみせろ」
鬼気迫るアデル。
その言葉がなくとも、アクセルは動き出しただろう。技能と知恵を駆使してアデルの左腕に誠心誠意向かう姿は軽薄な男性のなりをすっかり潜めて治癒術者の鑑そのものであった。
アデルの左腕が治癒したのは、治療開始から数分後のことであった。
「できるではないか。先のお前の驚愕はオレを焦らせるハッタリだったか」
「何を仰るのですか、驚くに決まっているでしょう」
アクセルが真顔でアデルを見下ろしていた。「主神といえどもご自分の命を粗末に扱うものではございません。処置が遅れれば出血死していたところです」
「試験に手心を加えられぬ。民の命に関わることならばなおさらだ。かといって民をむやみに傷つけることはオレにはできぬのでな」
「だからといってあなた様のお命を──」
「そこまでに」
と、割って入ったのはスライナ。医務室でベッドに横たわったアデルとその脇で見下ろしていたアクセルの距離を強制的に作って、笑った。
「どちらもプライドが高いですね。それとも、自分の意見を譲れないんですか。どちらにしても問答の結論が出ません。主題を忘れてはいけませんわよ」
「そうだな」
「まだ立ってはなりませんっ」
素早く距離を詰めたアクセルに押さえつけられるようにしてベッドに横たわったまま、アデルは結果を伝える。
「アクセル、合格だ。左腕は見ての通り自由に動く、まさしく元通りだ。違和感もなく、よく全快させたものだ」
「アデル様の自己再生力のお蔭も多分にありましたが」
アクセルが軽く説明する。「アデル様の傷口は話しているあいだも塞がりかけていたので部分的にあえて切除し、細胞断面を隈なく繫いで再生させました。骨・腱・神経・血管については魔法での接合・吻合を優先、時間とともに馴染むよう施術しましたので違和感はなくともあと数時間は安静にしていただきたいのが本音です。切除細胞は研究・培養に回して今後の治療に役立てます」
「了解した。先を見据えた診断結果に従おう。今は戦時でもない」
「聞捨てなりません」
と、今度はスライナが迫った。「安静にせよという診断を戦時は無視するつもりですの」
「戦闘は一刻を争うものだ。専門のアクセルなら解るだろうが、オレの自己再生力なら間もなく不具合を来さぬまでに癒える。そうであろう」
「一般的な見解からすると一夜でも短くリハビリや診察期間と定期診断も設けたいです。アデル様の仰ることは飽くまで自己観察を基にした感覚で──」
「間違っているか」
「いいえ、結論としては合っていますが」
「アクセル様」
「案ずるな」
アデルは二人を押し退けて立ち上がった。「オレがこのような傷を負うことはまずあり得ぬ。戦争になろうともな」
「どこから来るんです、その自信は」
「自信ではなく確信だ。オレの敵に成り得る者に、オレを超える者が存在しないがゆえのな」
アデルと同等の力を持つよう創られたのはただ一人。だが、その一人は、
……あのメリアだ。彼女が敵になど、なるわけがない。
戦闘狂のアデルならいざ知らず、メリアは穏やかな神である。彼女が侵略戦争を仕掛けてくることがまず考えられず、わけがあって開戦したなら話し合いで解決できる。血は繫がらずとも同じ時代に創られた兄妹なのだ。
などと考えていたアデルを四本の手がベッドへ押し戻した。
「自己観察が正しくても安静に。担当治癒術者としての命令です」
「確信があっても同じことです。戦争では何が起こるか判りませんから、アデル様が大怪我を負おうものならワタクシが安静にさせますわよ」
「……うむ」
二人の強い態度が自分を想ってのことと感じて、アデルは抵抗せずしばらく横たわって過ごしたのだった。
トリュアティアの、
否、
世界の状況が大きく動き始めたのはそれから一〇〇〇夜を超えた頃である。
神界宮殿を拠点に調査の旅を続けていたカスガが謁見の間でアデルに報告を上げた。内容を要約すると、空間転移の手段ではなく遺跡を発見したとのこと。遺跡は南極点に近く強烈な寒気が立ち込めている。先住民がいたとは考えにくい場所なので創造神アースが用意した空間転移の手段が隠されているのではないか、と、アデルは推測、自ら調査に乗り出すことにした。
カスガの体調を慮って半夜の休養を与えたアデルは井戸整備の仕事を速やかに進め、留守中の神界宮殿をエノンやスライナに任せるための庶務をこなした。
翌朝、アデルはカスガと二人で遺跡へ赴くべく南部門をくぐった。そこで、
「アデルさん、待ってください!」
と、アデル達の背を追って現れたのは、槍を携えたカノンであった。
アデルは、一目で判った。
……体が仕上がっている。
戦闘部門への志願を断られてから日日鍛錬してきた。が、解るのは肉体のみ。アデルはカスガを待たせて、カノンと向き合う。
「久しぶりだな、カノンよ。その後は平静であったか」
「はい、アデルさん達のお蔭で平穏無事です」
「それはよいことだ。用があるなら聞こう」
「おれも連れてってください。遺跡発見のこと、エノンから聞きました」
主神の仕事は部外秘のことも多いが公開されていることもある。神界宮殿を据えた首都ともいうべき町を一時でも離れるならアデルは民にそれを伝えるべきと考えており、宮殿前に立てた一般神宛のメッセージボードに遺跡調査の予定も張り出してある。
「お前を連れていくことで調査が捗るのか」
至極まっとうな質問にカノンがつんのめって応答できないことは先刻承知。
「お前はかつて戦闘部門に志願した。今調査に同行するのであればオレやカスガの護衛を務めるということだ。が、護衛など要らぬ。お前も知る通りオレに敵う者はおらぬ」
「……はい、そうです。と、思います」
カノンが、うなづきながらも引き下がらない。「お、おれは、その、まだ、全然弱いと思いますし、アデルさんと比べたら、それこそ天と地の差がある。護衛の必要も、ないかも、知れません」
「牧場の仕事に励むがいい」
「だ、ダメですっ」
カノンが一歩前へ出た。「あれからいろいろ、頭を冷やして考えました。それで、解ったんです。おれは、アデルさんから学びたい、傍で、アデルさんを観て、学びたいんです」
「ふむ、学ぶ、か。オレを観ていてもお前のためにはならぬ」
「これは、おれの問題です。おれはアデルさんの足許にも及ばないけど、だからこそ、取り込めるものがたくさんあるって感じてます」
カノンが槍を地に突き立て、頭を下げた。「志願は断ってくれてもいいです。けど、傍につかせてください。お願いします!」
カノンを見下ろすアデルの無言に、集落の賑わいが融け込む。沈黙に堪えかねていつか顔を上げるだろう。
せっせと水汲みをする女性が家と井戸を往復すること三回、六回、九回──。
……覚悟を決めたようだな。
槍に掛けて言うわけではないが、その姿勢は一本調子。浮き沈みもなく、ぶれもなく、単調なほどに変りなく、雨が降ろうが槍が降ろうが彼はそうなのだろう。不様でも頭を下げ続ける度胸が備わったのだから。
一三回目の水汲みを終えて女性が家で落ちつくと、アデルは口を開いた。
「お前にも、一つ、信念というものが根づいたようだ」
言葉にわずか反応するも顔を上げようとはしないカノンに、アデルは語りかける。
「オレは己の意志を譲らず歩む。お前に取って譲れぬものはなんだ。オレから学び取ったあと何に活かしたい。何を成したい。顔を上げ、思うままに答えろ」
カノンが、おもむろに顔を上げて告げる。
「みんなを守るアデルさんを、守れるように、生かしたいです」
「オレに護衛は必要ないといったはずだが」
「だとしても、おれは、思ったんです。身一つで魔竜に立ち向かうアデルさんを観て、強くてカッコいいって思うと同時に、すごく、恐ろしかった」
「恐ろしい。オレがか」
「いいえ。おれが、いや、きっと、たぶん、みんなも、です」
カノンが胸中を吐露した。「アデルさんを失ったらこの世界はどうなるんだろう、って、気持、です」
「ふむ……」
アデルには想像のつかない気持だった。
……亡きあとも皆を守れる者がいるとオレは解っている。
神界宮殿には強者が揃っている。スライナやエノン、カスガ、アクセルが、それぞれの強さを縒り合わせて守ってくれる。悲劇的な土地で見つけ出した仲間を疑う余地などない。そこにおそれなどない。必ずどうにかしてくれる。そう信ぜられるのだ。
一方で、アデル以外の者は、カノンのように恐怖したのかも知れない。
「その気持、なんか解る気がしますよ、カノンさん」
と、カスガが顔を出した。「アデル様ほどの力を持つ主神がいて初めてトリュアティアは守られている。井戸整備の計画や人材の確保、資金調達だって、アデル様に惹かれてみんなが集まらなければ立ち行かなかった。アデル様を失っては今までのようには纏まりません」
「なんだ、カスガもそんなことを考えていたのか。敵がなく死ぬことは絶対にない。オレがそう断言しても信ぜられぬか」
「アデル様のことは信じてますよ。けど、それとこれは別の話なんです」
カスガがカノンを一瞥して、アデルを見上げた。「アデル様の守る平穏を脅かす、存在し得ないような脅威の去来を、みんながいつも漠然と恐怖しているということです」
相反する気持が皆の心に常にあるということか。ありもしない脅威がどこからやってくるというのか。闇か。虚空か。思い込みでも心は心で、なかなか拭い去れないか。
……難しいものだな。
皆の気持を想像することができないわけではない。近い気持ならアデルも知っている。
……そう、あのときのようなものか。
スライナに試験されたあのとき。命を擲つ覚悟でスライナに迫ったアデルは、スライナにトリュアティアを委ねる覚悟を決めていた。が、ジレンマもあった。自分で成すべきことを他者に委ねなければならない、と。それを役目という殻に閉じ込めていた。
……そう、あのようなことがあってはならぬのだ。
カノンの立場で考えると、アデルが命を擲つようなことにならないよう守るということ。スライナの試験を例に挙げるなら、アデルの代りに命を擲って水源拡張を成す立場になる、と、いうことだ。
「カノンよ。覚悟、確と見届けた。神界宮殿の兵として迎え、遺跡調査の護衛任務を命ずる」
「っ、ありがとうございます!」
今一度下がったカノンの頭をわしっと撫でて、アデルはしかし、命令をする。
「オレは、誰であろうと先に逝くことを許さぬ。『民』とは、神界宮殿に働くお前達のことも括る言葉。『民』とは、オレの守るべき最小単位であり、最大の存在と憶えろ」
「アデルさん──」
「アデル様──」
絶対の目標に打ち震えて首肯する二人を横手に、アデルは微笑した。
……皆を守らねばならぬ。
戦う力しかなく、欠陥だらけで、知識や知恵に至ってはスライナに頼りきりの、よちよち歩きの主神だ。だからこそ、アデルは自分にないさまざまな知性や気持を持つ皆を守りたく、皆の尊敬に応えたい。そのために、働くのである。
「では、行こう。カスガ、案内を頼む」
「はい」
「おれは殿につきます」
「初任務だ。励め」
「はいっ!」
アデル達は南極圏の遺跡を目指した。集落を出るまでは馬車で進んでもよかったが、未開拓の土地は悪路が多く楽しては行けないので自力で進んだ。
水もなければ橋もない大河を駆け抜け、高低差数万キロメートルを超える山谷やトリュアティアには希しい森を越え、ときに毒虫や飢えた動物に襲われ、永久凍土を踏み締めた先に遺跡があった。それは、唐突に、不自然に、雪を被った直方体として目の前に現れていた。
「これが遺跡。なんか、思ってたよりちっちゃいですね」
と、カノンが素直に感想を述べた。高さ約二メートル、幅約六メートル、奥行約三メートルという外形。調査報告にあったが入口は見当たらない。
「人工物だな。氷属性と地属性が占めた土地だがこの物体は無属性で構築されている」
「無属性って。形があるのに無なんですか」
「うむ、妙に思うかも知れぬが魔力として存在している以上、形を成すことができる。して、無というのは、手っ取り早く表現するなら創造神アースの持つ属性魔力だな」
知識的にそれが判っていても照合は難しい。創造神アースと面していたあの暗闇でアデルは彼の魔力を探知していなかった。
カスガが遺跡の壁の雪を払う。とてもなめらかだ。
「これは創造神アースが創ったものということですか」
「いわゆる気配・個体魔力・魔力反応などといわれる魔力の波長が異なりオレが造ったものでないことは断言できる。ほかは照合次第だ」
「魔力以外の観点を持つ必要がありそうですね」
魔力の観点だと、無属性魔力を持つ誰かが何かしらの意味を見出して遺跡を造ったと推定できる。肝心の造り手は断定できないが反証を取り入れると推定は存外難しくない。
「このような地に目的を持って踏み入る者は少なかろう。創造神アース以外に遺跡を建てる意義のある者もおるまい」
十中八九、遺跡には創造神アースの意図がある。
じっとしているとすぐにも雪達磨になる吹雪の中、雪に埋もれない不思議な遺跡をしばし観察。二人を少し後ろに退かせたアデルは遺跡に手を翳し、無属性魔力を放った。魔力は不可視だが、それを浴びた遺跡の壁面には目に見える変化があった。ホイップクリームを熱したかのようにとろとろと融けて、液体のように垂れることはなく、やがて穴ができてゆく。
「これは、アデルさんの魔法ですか」
「オレの魔力で融けるように構築されている。創造神アースの仕掛けた魔法といっていい」
「あ、中が見え──!」
「ぅわッ!」
カノンが声を発すると同時に吹雪が強まり、カスガが吹き飛ばされそうになった。アデルはカスガのマントを摑んでその場にとどまらせたが、風上から、
オォオオォォ……。
「なんだ、この音。吹雪と少し違うような──」
「カノン、槍を持て。カスガ、遺跡の陰で待機だ」
「『はい』」
二人の返事を聞き、アデルは一歩風上に踏み出す。その横にカノンが並び立ち、カスガが遺跡の陰から様子を窺う。
視界を妨げる吹雪を染めるように黒い影が迫る。時が経つにつれて地面が揺れた。
……これは。
影が見る見る大きくなる。吹雪の中から迫ったのは、一陣の風。吹き飛ばされたカノンが遺跡の角に手を掛け地面に槍を突き立てて踏みとどまった。
「と、突風で前を見れないっ」
「警告だな」
「警告」
「あの影のな。穢れから察するに魔物。どうやらこの一帯が住処のようだ」
カスガの報告になかったのは速やかに離脱して警告を聞く間もなかったか、風音と勘違いしていたからだろう。吹雪に紛れた影の大きさからしてまるで小島、魔物は全長数キロメートルに及ぶ。前に現れた魔竜を凌駕する魔力を秘めていることを、アデルは察していた。
……カノンにあのレベルは早すぎるか。
「アデルさん、おれ──」
「気にするな」
寒さと恐怖から脚が震えているカノンに、アデルは指示を出す。
「遺跡の中に何かある。お前はそれを持ってカスガとともに先に帰途を辿れ」
「え、でも──」
「足手纏いだ。この場を離れろ」
「っ、はい!」
アデルの身に危険が及んでは本末転倒。カノンがただちに遺跡に上体を突っ込み、それを手に取って駆け出す。その後ろをカスガがついてゆく。
「結晶……、結晶です、なんかの!」
「精霊結晶のようですね。アデル様、ご無事で!」
「うむ。速やかに離脱しろ」
精霊結晶を握り締めたカノン達を見送り、アデルは影に睨みを利かせた。影が二人のほうをわずか向いた瞬間、右手を振って風上へ突風を放ち注意を誘った。
「二人を追うなら覚悟することだ」
影が、アデルを向き直り、少しずつ、後退する。
……ふむ。いつかの魔竜よりは知恵があるようだ。
突如としてアデルに吹きつける風と雪──。アデルに隙などない。風上へマッハ1で前進、魔物の巨大な前脚に靠撃を仕掛けて横転させた。衝突の勢いで吹雪が弾けて視界が開けたのは数秒のこと。
「突風と吹雪に織り交ぜた礫の砲撃は見事だ。相手がオレでは通ぜぬ」
立ち上がろうとする軸足を挫いて首を垂れさせた。
「マンモスもどきか。四足獣だが動きが鈍い。話すこともできず、逃げることもできぬだろう」
「オォォォォオォオオォォォ……」
重低音ながら先の警告と異なり、降参と受け取れる嘶きであった。
「こちらに迫らぬなら命までは取らぬ」
アデルは地に手を翳し、持ち上げるようにして振り上げ、大地の一部を柱状に迫り上がらせた。横転する地層。その地層が収まっていた穴から次第に水が溢れた。この寒冷地でいつまで凍らずにいられるかは不明だが、
「それで凌げ。決してこの地を離れるな」
アデルは魔物に背を向けた。その後、四足獣の声と襲撃はなく、吹雪を抜けた先、小さな森で焚火をしていた二人と合流した。
「アデルさん、魔物を無事斃せたんですね」
「さすがはアデル様です」
「斃してはいない」
「『えっ』」
驚く二人に対して、アデルは平静そのものである。
「永久凍土に住むような魔物だ。何があるかも知れぬ縄張りの外へ出て集落を襲うとは考えにくい。それに、今回はオレ達が彼奴のテリトリに侵入したのだ。命を落とさなかったことを幸運に思うべきであろう」
アデルが本気を出して斃せない相手ではないが殺めることに意味はなく、意義もない。あの魔物がいてもトリュアティアにはなんの悪影響もないから捨て置く。
「もし集落を襲ってきたらどうするんですか」
「葬る」
尋ねるカノンに、アデルは即答した。「民を傷つけるようなら容赦はしない。幸い、今回はお前達にも被害がなかった」
「おれ達がやられてたら斃してたんですね」
「傷を受ける前にだが、無論だ」
理由は出発したときに述べたので二度は言わないが、「お前達が無事ならばよい」とは、付け加えた。
アデルの行動に応えるように、カノンとカスガが火に枝を焼べてゆいた。森の外では雪が降っている。創造神アースの設計がこの森にも及んでいるのだろう。雪に埋もれない不自然な遺跡と同じように、雪が降り込むこともなければ冷気が流れ込むこともほとんどない不自然な自然環境だ。暖を取る傍ら、アデルはカノンから精霊結晶を受け取った。
「──。オレとカスガは確認できなかったが、カノン、遺跡の中はどうなっていた」
「アデルさんが空けた穴にほぼほぼ体が挟まってて暗かったのではっきりは。精霊結晶が中で光ってて輪郭は見えてましたけど、ほとんど何もない感じだったですね」
「そうか。(外からは遺跡内の精霊結晶の魔力を探知できなかった)」
アデルの魔力に反応して消える封印魔法が探知妨害の役割も担っていた。穴を空けて間もなく魔物が現れたのでアデルは魔物に集中して遺跡内の魔力を探れなかった。複数の精霊結晶がまばらに遺跡内に置かれていたのならカノンの目に留まっただろう。実際は手の届く範囲に精霊結晶がピンポイントで置かれていた。と、いうことは遺跡を造って精霊結晶を置いた創造神アースはアデルの行動を正確に予測していたことになる。全てが設計通りか。それとも、ずっと観ていて精霊結晶をリアルタイムで置いたのだろうか。いずれにせよ、
……薄ら寒いことだ。
遺跡と同じであろう創造神アースの気配を周囲に感じなかった。
……カスガの魔力潜行のように、悟られない手段が父にはあるということだろうが。
動いている肉体を視覚的にはごまかせない。創造神アースの気配と姿がなかったという実感を信ずるなら、並外れた予測力や設計力による先回りと考えるほかない。
「アデル様、考え事ですか」
「うむ」
創造神アースのことは想像の域を出ないので、アデルは目の前のことに当たる。
「この精霊結晶、仄かに光っているがまだ眠っているようだな」
「精霊も生き物ですから眠りますよね」
「ああ」
アデルは試しに精霊結晶をカスガに渡した。「目を瞑り、心の中で精霊に語りかけてみろ」
「え、あ、はい……」
何十秒か待って、カスガが瞼を開けた。「……特に変化がありませんね」
「そのように応答がなければ眠っておろう。オレも試したが駄目だった。精霊の睡眠は比較的短い。しばし待てば起きるだろうが一七夜の帰途、交替で対話を求めるとしよう」
アデルは精霊にも詳しくないので、精霊の反応を期待して帰途を辿り、神界宮殿のあでやかなる知恵者を頼ることにした。
来た道を戻るのも楽ではない。片道およそ一五万キロメートル、平坦ではない道をひたすら走って登って下りて跳んで、と、忙しかった。日日鍛錬していたカノンも足を捻挫、途中からアデルとカスガが肩を貸して走った。完走(?)したときにはほぼ三人四脚のような気分で神界宮殿南部門をくぐり、肩を抱いて互いを労ったのだった。
出迎えたスライナが精霊結晶を預かると、汚れきったアデル達を宮殿一階の浴室へ押し込んだ。汗を流すついでに親睦を深めると、精霊結晶について調べてくれていたスライナの呼びかけで一八階南の彼女の私室に集まった。
知恵者たる部屋主が気を回したかさっぱりとした部屋である。夜に女性の部屋を訪ねるのが初めてと言ってどぎまぎしていたカノンでも馴染みやすかっただろう。
アデルは課題を口にする。これまで一度も反応を示していなかった精霊結晶のことだ。
「反応したか」
「ワタクシの部屋は初めてのはずなのにアデル様も反応してくれませんわね」
「小綺麗だがそれがどうした」
「アデル様、女性にお強いんでしょうか」
と、カスガが苦笑して、アデルに次ぐ。「スライナさん。で、精霊に反応は」
部屋の感想は冗談だったと言わんばかりにスライナがなめらかに話し出す。
「精霊結晶が反応しないのはワタクシの部屋にアデル様が反応しないのと同じですわね。アデル様、カスガ様、カノン様、いずれも精霊との相性がよくないんです。眠っているわけではありませんわよ」
「ふむ──。相性というのは属性耐性のようなものか」
「戦闘における属性の関係に照らせば近いです。戦闘においては同調や相互弱点、反発などの関係が成り立ちます。ここでいう相性は、この結晶に宿った時属性の精霊と対話できる魔力を持っているか否か、と、いうことになりますわね」
アデル、カスガ、カノンいずれも時属性魔力と相性のいい魔力を持っておらず精霊との対話ができない、と、いうのがスライナの観察。 「精霊と対話できないとどうなるんです」
と、視線が落ちつかないカノンがバスタオルで頰の汗を拭った。「それは求めていた精霊結晶なんですよね。魔導機構、ってヤツを作ってセットすればどうにかなるんじゃ……」
「突然ですがカノン様、ワタクシ先程お茶を淹れましたが飲みますかあ?」
「げっ」
「げとはひどい」
「す、すいませんついっ、あれは正直イヤです……」
「今のカノン様と精霊はきっと同じような感じですわね」
「同じ……、あ」
カノンが理解したことに、カスガが補足する。
「精霊にも意志があります。こうして巡り合った仲間同士、対話して力を借りる許可を得た上で魔導機構に搭載したいとアデル様達はお考えなんじゃないでしょうか」
「オレについては合っている。スライナはどうだ」
「ワタクシも概ね。ただ、そもそも、魔導機構は精霊との意志疎通なくして動かないというのが魔導に通ずる者の常識。精霊結晶と機械、両方の力が必要ですわ。いかに調整された機械があっても、精霊の前向きな協力なくして成立しない、すなわち稼働しない、と、いえばカノン様にも対話の必要性を理解してもらえるでしょう」
「なんとか」
と、カノンがうなづいた。「けど、どうすればいいんです。スライナさんも対話できないってことですよね」
「あら、カノン様はじつはエスパですか」
「おれからしたらみんなのほうがよっぽどエスパです。スライナさんがわざわざそうやって話してるからそうかな、って」
「こればかりは生まれつきの問題ですから知恵も無意味ですわね」
生まれつき。その言葉に、アデルは少し引っかかった。
……創造神アースは、魔導機構を最初から置いておくことをしなかった。
あの遺跡自体に空間転移を仕込むことだってやろうと思えばできただろう。大変な道程の先にあった報酬が時属性の精霊結晶一つというのは意地が悪いといえなくもない。創造神アースらしいと言えば全くその通りだが、
……スライナの言い方が、な。
引っかかって頭を離れない。
アクセルにカノンの治療をしてもらうようカスガに命ずると、アデルはスライナの私室に残って本題を切り出した。
「相性だったか。じつは悪くないはずだ。カノンはな」
「あら、やはり気づいてましたか」
「魔力の相性は干渉力の差ともいえる。無効の関係でない限りは、精霊との対話にも重度の妨げにはなるまい」
「時属性と対立属性にある雷属性を有するカノン様が対話に向いています。対話には性格面の一致も重要ですから、カノン様と今回の精霊との相性は性格的に最悪だったのでしょう」
「オレ達も一括りに相性が悪いと表していたが」
「初任務でぼろぼろのひとに追打ちを掛けるのは灼熱の大地くらいでしょう」
「違いない」
優雅な立居振舞が常だが、アデルの向いに座った彼女は少しだけ疲れた顔である。
「その灼熱の大地絡みの懸念であろう」
「ええ、ですから先程はいいませんでした。これでも面目は大事と考えてますから、わざわざ潰すような発言はしませんわ」
スライナが言う面目潰しは、時属性の精霊と相性のいい魔力をアデルが生まれつき持っていない、と、指摘をすること。
「アデル様の持つ無属性魔力は一二種の属性と相性がいい。ですが時属性魔力はその外です。カスガ様、カノン様同様に、アデル様が試みた対話に精霊が応えなかったのはそのため」
「性格不一致もあろう」
それもまた個別に指摘されなかった点だ。
創造神アースの創った世界には厳然と設計が存在している。そう知っている者に取ってみれば一神界の存亡に関わる困難を乗り越えるべく創造・設計されたはずの主神に「時属性の精霊との対話能力が生まれながらにない」という問題は、主神の神格を疑うに足るほど大きいな問題だ。アデルの身に焦点を当てれば威厳や威光が損なわれてしまう。
「アデル様はこの神界の主神として不適格」
と、いう推察すら湧きかねない。神格を疑われるとはそういうことである。
「ワタクシはそうは思いませんし、設計を認識していないカスガ様やカノン様のような存在には全く目に入らないことでしょう。ワタクシとしては設計が全てを支配するだなんて考えたくもないことですから、支配を拒絶するためにアデル様の面子を立てる気持もあります」
アデルも似たような気持がある。
「父の設計は緻密だと認めている。今回のことは『嫌がらせ』だ」
「らしいといえばらしいですね」
「そうであろう」
魔導についてスライナから何度かレクチャを受けていたアデルは、一つだけ理解していたことがある。精霊との対話をした上で機械に結晶を搭載し、魔導機構を完成させる──。それが魔導機構の性質上必然とも言えるが、じつのところ対話なしでも全く稼働しないということもないのである。
「結晶の中の精霊は身動きできませんし、機械のほうで精霊の力を引き出す調整さえできれば稼働自体は可能です」
生命体を別の場所へ瞬間移動させるのだから下手な調整をすれば命に関わる。だから精霊と対話し、協力を取りつけて積極的な協力関係のもと魔導機構を稼働させたかった。とどのつまり創造神アースの嫌がらせは安全性が不確かな魔導機構を使わせること。また、その状況を手繰り寄せざるを得ないことにある。
「時属性はおろか同調属性である氷・刻・生の魔力を持つ者もおらぬ」
「ワタクシは住民票で確認済みです。アデル様は直接魔力分析したのですわね」
「ああ。対立属性である雷属性を唯一持つカノンは性格不一致により既に選択肢から消えた。意地が悪いどころではない。底意地、性根、そして実働、全てが悪質だな」
「そう生まれてしまったのでしょう」
達観のスライナ。「ワタクシ達がそれを忌むように創られたのとさして違いはありません」
「そうだな……」
受け入れがたいことだが身を焦がして煮立つ大地を歩むほかない。「至らずは主神でありながら何もできぬオレだ。お前の機転にはいつも心から感謝している」
「その言葉でワタクシは救われますわ。アデル様も、お力落しのないように」
「うむ」
アデルは会釈して、スライナから精霊結晶を預かって自室に向かった。
……対話できない。それはもはや問題ではない。
創造神アースの設計のせい。答に納得しているがアデルはその答を吞み込んで終りにしたくはなかった。
アデルが作った神界宮殿の魔法的効果で外気が和らげられており、屋内は夜でも凍えない。自室に入ったアデルは、テーブルセットにつき、窓の切り取る赤らんだ夜闇と部屋の暗がりとを観ながら、両手で包んだ精霊結晶に語りかける。
(お前にも見えているか、この絶望的な闇が。水源確保に奔走した甲斐あって旱魃以外の自然現象が発生し、気温の上昇や下降が緩やかになりつつある。稀ながら空が黄色を見せるようにもなり知恵者曰く青までもう少しだそうだが、町は極寒と酷暑を一夜周期に繰り返している。これが普通と受け入れている民の忍耐強さに頼りきっている。主神であるオレの体たらくというほかない状態だ。忍耐に応え、よりよい環境に変え、尊い意識を後世に繫ぎ、創造神アースに抗う。そのためにお前の力が必要だ。時空を操り彼女らと会わねばならない──)
瞼を下ろす。
(一方通行とは解っている。もし聞こえているなら、今後、空間転移に協力してくれ)
心の中で頭を下げた。協力を受け入れてくれたか、そも、聞いてくれたか判らない。それでもアデルは精霊との対話を諦めるわけにはゆかなかった。
──二章 終──