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一二章 一同のおもい

 

 メリアに対するのとは別の思いで夜月を避けていた様子の刻音。正面から話し合いを申し出たからには長い話になる可能性もあるだろう。

「音羅さん、それから、みんなにも、訊きたいことがあります」

 と、メリアは切り出した。

 クムがみんなに蜜柑を配り、場を整えてくれる。

「刻音さんや夜月さんにもあとで訊きます。みんなが、音さんをどう思っているのか、どう助けていきたくて、どうなっていきたいのかを」

「悪魔の手段」

 と、鈴音が真先に反応した。「それを視野に助けることを考えていた夜月みたいな姉妹もいたからね。この際、はっきりさせておいたほうがいいな」

「方針確認ってとこですかね」

 と、納月が蜜柑の皮を剝く。「組織とは違いますけど、メリアさんを含め一丸となるなら、我が家の意思を確認・総括して同じ方向を向くべくでしょう」

「途上でごたごたするのが一番不幸ですからね」

 と、子欄がうなづくと、納雪が小さく手を挙げた。

「その方針って、もう決まっているんじゃないんですか」

「まあ。メリアさんを受け入れるって方針は刻音さんの意志次第で確定なんですけど、それでも一度、全員で見定めておく必要があると思いますよ。ですよね」

 と、納月に一瞥されて鈴音が首肯。

「意見を纏めないまま進むと子欄お姉さんがいうように思わぬところでごたごたする。それはわたし達に取って不幸な結果を招きかねないしメリアさんへの反感にも繫がるおそれがある。おまけに、お父さんはそれをある種歓迎する部分もあるんじゃない」

「どうやろうね」

 と、オトが掌をひらひらさせた。

「お父さんの一番の望みは、選択肢から悪魔の手段を排除することだよね」

 論ずるまでもない、と、言うようにオトが口を閉じてうなづいた。

「その上で、」

 と、鈴音が纏める。「メリアさんの質問にわたしたち姉妹は答える必要がある」

 寡黙な謐納が口を開いた。

「父上をいかに思い、いかに助け、いかな展望を持っているか。夜月や刻音がいないこの場でメリア殿が切り出したのは正しいことです」

 音羅が首を傾げた。

「意見を纏めるなら、みんな揃ってからのほうがよさそうだけれど」

「そうともいえませんねぇ、んむんむ」

 納月が蜜柑をもぐもぐしているので、子欄が代弁する。

「刻音さんの気持は前向きになりつつあるようですが、夜月さんは先の思い違いもあります」

「思い違いって……」

「かくかくしかじか」

 六姉妹会議の件を子欄が音羅に伝えた。「メリアさんにも先程伝えたんですが、夜月さんの思い違いは極めて根深いと推測しています。気持が落ちついてきている様子もありますが、お母様から継承した記憶を土台としてお父様への想いを培ったことは明白……、簡単には自分の本当の気持を射抜くことは難しいでしょう。夜月さんに限らず今後も、誤りと思える判断をしてしまった手前合流を躊躇ってしまうひとにも受け入れやすい方針、家族として迎え入れる姿勢をきちんと固めておく必要があります。円滑に議論を深めて結論を導き出すための段階を設けるんです。その辺りは国会のようなものですね」

「国会って」

「比較的少数の委員会で議論して、全議員参加の本会議で議決するのが国会の大まかな流れです。それと同じように、まずはこの場のわたし達で議論して解りやすい選択肢を用意し、夜月さんと刻音さんを加えた全員で方針決定を行うということです」

「メリアさん、そういうことですか」

「はい」

 メリアは気持の部分を自分の口でも伝えたい。「知っての通りわたしもアデルさんとは兄妹という間柄です。心から愛する相手との関係を否定する気持はありません。ただ、延命の手立てとしての悪魔の手段、これを望む子・望まない子、また、別の寛解手段が存在する今それを優先したい子・優先しない子、どちらも存在するなら、みんなの気持を再確認して、多数決を採るなり、歩み寄るなり、意志疎通と方針決定を図りたいと考えました。その潮流に従って、わたしは全力でみんなを支えます」

 一分でも迷いが生ずることは避けたい──。メリアは、思ったのだ。

「生まれてきてくれた、わたしと話してくれた、目線を交わしてくれた、そのお礼を、わたしはしたい。それができない状況をわたし自身が生み出し続けるのなら、羅欄納さんに全てを委ねる覚悟です」

「『……』」

 

 

 波風になるくらいならいっそ──。全てを委ねるというのはそういう意味だろう。メリアのその覚悟は刻音と似て次元が違う。もし刻音が、あるいはほかの姉妹が拒絶するなら母と交替することも辞さないという小さな話ではない。部屋に引き籠もったりみんなの前から去ったりするという話ではないのだ。それでもお礼をしたいと心から思えるのは、疎まれてもひとを想う気持を持ち続けている。それがいかに大切なことか知っている。ひとから感謝される悦びと尊さを知っている。メリアはそんなひとなのだ。

 ……メリアさんはお母ちゃんじゃないけど──。

 沈黙に包まれていた居間に、

「お願いします!」

 と、刻音は踏み込んだ。

「うわぁ、いたんですかっ」

 と、納月が驚き半分でツッコむが、刻音はまっすぐメリアに歩み寄り、膝を突き合わせるようにして告げた。

「今まで……ごめんなさい……!」

 一方的な拒絶は、広量と反している。夜月も認めた恰好悪さは、刻音も嫌いだ。

「わたし、メリアさんのこと、受け入れるから……だから、消えたりしないでください!」

「っ、刻音さん……あ、えっ、うんと……」

 驚きのあまりメリアがあたふたした。ずっと拒絶されてきたのだから当然の反応だ。

 ……拒絶はひとを変えちゃうんだ。

 あの夜月が恰好悪くなるほどだ。それほどまでに傷つける行為を刻音はやってきた。

 ……お姉ちゃん達みたいにカッコよく、妹みたいに素直になりたいから。

 あたふたする指先より先に、刻音は距離を縮めた。

 やがて、壊れ物を触れるような拙い優しさが包んでくれた。

 ここが限界ではない。きっともっと上があると刻音は感ずる。ただ、限界が漠然とながら見えてくるくらいに、ここは温かく、支えになってくれると確信した。

 

 

 無音歩行。いつの間にそんな技術を獲得していたのか。謐納は内心驚いたが、涙目の刻音をメリアがそっと包んでいる。今はあえて刻音の成長には触れまい。言葉を交わさずとも、二人にしか解らない想いのやり取りがあるだろう。そこに時間をあげなくては未来を暗くする。

 謐納は廊下へ目を流す。

「其に隠れておるのでしょう。出てきては、夜月」

「トキネには気づかなかったくせに」

 文句とともに現れた夜月が席についた。「それに、誰が隠れてたですって。様子を観てただけですわよ」

 夜月が階段を降りてきていることに気づいたのは謐納だけではないだろう。階段と居間の距離からして廊下に潜んでいたことはおのずと察せられる。

「魔力を潜めたところでわたしや父上の耳はごまかせませぬ」

「変らずですこと」

「わたしも気づいていたよ」

 姉らしい目線で音羅が微笑した。「刻ちゃんと仲良くなれたんだね」

 夜月が刻音を一瞥。

「足並を揃えなければならないんでしょう」

「話を聞いていたみたいだね」

「ワタシが心を読めることは知ってますわよね」

 この場で夜月が心を読めるのは刻音と納雪くらい。話の流れを知るにはこの場にいた納雪の心を読むほかない。

「感心しませぬ」

「反発するつもりがないといっても」

「魔法で心を読んで先んずるような姿勢は年長者としてあるまじきことです」

「持てる力を活用して働くのが人間ですわよ」

「夜月は素浪人です」

「もう少し嵌まる言葉を選んで……。人間界の仕事を辞めて合流したから間違いでもありませんけど、父様もそうじとっと見ない。解ってましてよ」

 父の目差で悔い改めるのは一時的。すぐにひとの心を読む癖が出るだろう。

「敬われたあなたの自信は見せかけですか」

「……嫌な言回しをしてくれますわね」

 クムが届けた蜜柑を受け取って、夜月がふぅっと偽りを吐き棄てた。「敵でもないしね。ただし、信用できない相手が現れたら容赦なく読みますわよ」

「敵性を想定してのことであれば許されましょう。父上」

「それならいいよ」

 どうしようもない事態への対応なら魔法を禁じない父である。

 

 

 メリアの抱擁を離れ、自分の席につくと、刻音はクムから蜜柑を受け取る。

 ……クムさん、わたし、少し成長できた気がするよ。

 「頑張りましたね」か「もう一息」だろう、両拳を握ってガッツポーズをしたクムが蜜柑山に戻って様子を見守る姿勢だ。

 横槍とは違うが場に割り込んだことで場の雰囲気が変わった、と、刻音は感じている。丸い香りを包んで、心の準備が整った。

「みんなで何か話していたんですよね。少し緊張感があったような気がしますけど、なんの話をしていたんですか。やっぱり、刻のこと……?」

 反発を治めたら刻音はトラブルメーカの自覚が一層増した。目下、家族が顔を揃えて相談することはメリアに関わる問題で、反発していた自分の影響がないはずがない、と。

「改めて纏めようか」

 と、左斜向いの鈴音が言うので、刻音は尋ねる。

「何をですか」

「パパのことだよ」

 とは、音羅が応えた。

 少しほっとした刻音と同じく場にいなかった夜月に、音羅が流れを説明する。

「具体的には、パパをどう思っているか、どう助けるか、どうなっていきたいか、かな。刻ちゃん、それから夜月ちゃんも、たぶん同じような感じになっていると思うんだけれど、年長順に主張していこう」

 姉妹が揃ってうなづいた。

 ……メリアさんを含めた家族の、これからのことだ。

 真剣に向き合ってゆこう。

 

 

 オトをどう思い、どう助け、どうなってゆきたいか。魂器拡張の場面に遭遇した上の五姉妹に取っても、オトが執ったララナへの拒絶的な姿勢を知っている下の姉妹に取っても、紆余曲折を経た意見表明の場であった。

 妹が応じたことを認めて、音羅が口を開いた。

「わたしは、パパのことを今も想っているよ」

 多くの沈黙が炭の香りに融けてゆく。

「この感情はどこの誰より強いとも思う。ただ、その想いを支えてくれたのは誰より否定しなければならなかったはずのママで、背中を押してもくれて、膝をついたとき立ち上がる力をくれたのもママだった。そんなママを裏切ることは一生したくないし、後悔もしたくない。だから、わたしはパパが望まないって解っていることをもう絶対にしない。そう決めたよ。それで自然と、どうなっていきたいかってことは答が出てきた気がする。みんながなんの憂いもなくこの家に集まって、みんなが気兼ねなく愉しんで、パパが笑ってくれたらそれが一番だ」

「そうそう笑わんよ」

 と、オトが蜜柑を音羅に翳す。「それに、お前さんは自分が笑わせたいと思っとったんやないかな」

 穿った意見だったようで、音羅が言葉に詰まった。

「そうだね、……、わたしにはもうできないって思っている。諦めたっていえるのかも知れない。わたしらしくもないかな。そうとしか思えないわたしじゃパパを笑わせられないから、しばらく待っていてほしい」

「そうか」

 オトが無表情のまま評価した。「愚直なまでに素直なのは、お前さんらしいね。ゆっくりと燈の色を見直しなさい」

「……うん」

 音羅がうなづくと、納月が口を空にして蜜柑の皮を置いた。

「改まったことをゆうつもりはないです。わたしは昔からお父様を助けたくて、しくじった過去も踏まえて同じ気持です。手放したらあっという間になくなりそうな気がする──、ので、この気持を手放したりはしたくないもんです。それと同時にわたしは、変に聡いお姉様やできすぎな妹を守れないのも嫌なんで、お父様だけを助けていこうと思ってるわけでもないです。お父様を献身的に支えてるお母様やメリアさんの気苦労は絶えないわけですから、そっちを労わる側になることも考えてますよ。つまるところ、わたしはお父様みたく気が広いらしいです、メンドーなことです(こってす)よ」

「酔ってもないのに素直でよろしい」

 と、オトが苦笑した。「得たものを知り、広く包むような──。よく成長したね」

「成長してない部分のほうが多いですけどね」

「私物の片づけくらいできるようになんなさいね」

「それが難しいんですよ、面倒くさくて」

「変なトコ似たな」

「良くも悪くも親子ですからね」

「まさしく。手にした種をよくぞ育んだ。立派ですよ、納月」

「むふふっ、凡俗の意地ってとこですよ」

 オトが苦笑のまま、納月にうなづいた。

「似ているといえば、わたしもそうかも知れませんね」

 と、子欄が納月を瞥て。「わたしも今はお父様だけを助けたいわけではありません。ただ、お父様がいなくてはこの家は立ち行かない。だから、みんなのためにお父様も助けたい。あの一件や、夜月さんや刻音さんの、その、いろいろなことで心労もあったと思います。斯くいうわたしやほかの姉妹も知らないところで心配を掛けていたりすると思うので、見落としがちな影を記して、抜け目ないサポートをして、みんなが穏やかに暮らせるように頑張ります」

「やっぱり、教えることは早早になくなったね。その姿勢を認め、支持しよう」

 オトが一言。「見事に貫きなさい」

「はい」

 子欄のうなづきを観て、鈴音が微笑した。

「なんだか有名ドラマの卒業シーンみたいだなぁ。お父さんにはお母さん達もついてるし、姉妹にはそのお父さん達がついてるから特に問題ないでしょう。まだまだ成長不足を感じてるからわたしは自分のことで精一杯だなぁ」

「成長不足って例えば」

 と、オトが促した。

「そうだねぇ、一番は、姉妹の一大事にも気づけていなかったアースでのことかな」

 謐納の意識改革に関わる一件のことだろう。

「それ以前にわたしはお姉さんに重い枷を強いた側面があったこと、忘れてなんてない……」

 年長の姉妹が沈黙を同じくした。

「同じようなこと、あるいは、似たようなことが起きそうなとき、そうならないようにみんなを観てたいって気はあるけど、それでいうならこの約三週間、メリアさんを含めたこの家を観てて、まだ判らない機微があるって感じた。音羅お姉さんのがまさにそれ」

「わたしの──」

「口を閉じていいよ。これは、わたしが察しなきゃいけないって勝手に思ってることで、誰からも強制されてるわけじゃないし、それでわたしが困ってるってわけでもないし、知ってマウント取りたいとか、暴露したいとか考えてるわけでも無論ない。お風呂前の刻音をこの場に引き込むとき、納月お姉さんや子欄お姉さんがうまく呼びかけてたけど、わたしにはそういうのもできなかったしな。そういう、機微を察せられない、機転が利かないところが納得いかないから、もっと自分を磨きたいだけ。お父さん」

「なん」

「また旅に出るけど、家を任せていい」

 姉妹が目を丸くする一方で、察していたであろうオトが動じない。

「お前さんの客観的姿勢は竹神家の貴重な財産やよ。羅欄納には俺が伝えとこう。準備が整ったら、気が済むまで行ってきなさい」

「うん、ありがとう」

「鈴音の姉上が修練の旅ならば、わたしは庭番といったところでしょうか」

 と、膝に手を置いた姿勢の謐納がオトを見つめた。「籠もられた父上を守れる者はわたしをおいてほかにないでしょう。父上を守ることが年少の夜月や刻音、納雪を守ることに繫がるがゆえ使命と考えまする」

「それで謐納はどうなりたいん」

 ひとの幸福を願い、ひとの感謝を集め、不公平な世を正すための公職の頂点たる将軍がいたとして、密命や情報収集などを担い将軍を陰で支えるのが御庭番である。神界において諜報員という形で存在する者の成果は全て主神のものであり、自由の身とは逆の立場だ。展望を語れる立場ではなくなる謐納にオトがあえて未来を尋ねたのは、御庭番や諜報員にしたくないからだろうか。

「全てを擲って果たすこと。使命ってのはそんなに軽いもんじゃないよ」

「先刻承知。談判を申し入れまする」

「まずは聞こう」

「わたしは家の外から皆を守りまする。家中、父上は皆を必ず守ってください」

 謐納が強気に申し出たのは守るべきものを見定めたからだろう。

「納月の姉上ではありませぬが、何ひとつ失いたくありませぬ」

「謐納さんと違ってそんなに庇護欲強くないんですけどね。お父様、どう考えます」

 と、納月がちょっぴり挑戦的にオトを見やった。

 オトがペースを崩すことはない。

「謐納、お前さんは何になれそうかね」

「──まだまだ遠いかとは考えておりまする。わたしは未だ鈍ら(なまく   )に等しき刃。しかし盾を鋳る(い )感覚もありますれば先にも及びましょう」

「そうか」

 謐納が何を示したか解ったのだろう、オトがうなづいた。

「引き籠もれる提案は魅力的やし、モカに合流するまでの成長も見せてくれとるな」

 オトが左手の親指と人差指で円を作った。「いいよ、お前さんの談判に応じよう。お前さんが外を守る限り、中のみんなを必ず守る」

「ありがたき幸せ。……夜月」

 謐納が瞼を閉じると、促された夜月がメリアを一瞥、オトに視線を定めた。

「弓道をやってませんから、重心はともかく心を射抜くとか器用な真似をささっとやれませんけど、……父様、ワタシは、嫉妬もしますわよ」

「それが自分の感情の種から育った確証は」

 種という表現をオトは先程もしていた。それが何かといえば娘がみつけた大切なものといったところだろう。今の質問に限れば、オトは夜月の感情を疑っているという意味に取れる。

 夜月が答える。

「ワタシが持ってるものは、ワタシのものでしょう」

 六姉妹会議で思い違いを正された後のその考えだ。基本的なスタンスであり手放したくない感情なのだ、と、夜月が素直に主張したことが窺えた。

「夜月が奪ったわけじゃなく、俺の不備で与えてまったもんやとは伝えとくが、その上で、育んだ感情を全否定させてもらうとしよう」

 夜月が育んだのは間違いなく異性への恋愛感情。しかも相手の延命を望んでその身を懸けたいと思うほど強いものである。それは継承したララナの感情が土台なので、竹神家のみんなならオトの言回しが不自然だとすぐに気づいただろう。継承する記憶の内容は意図できないのだから不備も何もないはずなのに、と。

 オトが詳らかにしてゆく──。

「みんな知っての通り、自己犠牲の羅欄納がおって、保身の俺がおるな」

「対照的構図の解説にいまさらなんの意味がありまして。ダメダメな父様だから愛するに値しないという論理であれば母様の愛すら否定すべきですわね」

「そこは否定せん。俺が否定するのは()やからね」

「……どういう意味ですの」

「夜月の感情の根本は『自己愛』だ」

「『……!』」

 メリアも含めて、その場の皆が意表を衝かれた。なぜなら、自堕落ともいえるオトを最初に愛して妻にまでなったララナが他者を愛する人格者と表現するなら、正反対の人格を有するのがオトである。娘とは言え女性ばかりに囲まれたこの話し合いの場で己のペースを崩さないことと同じで、己を愛し・守るのがオトなのである。そんなオトの自己愛がどれほど強いかは対照的存在たるララナによってこれまで幾度となく証明されているといえるだろう。

「羅欄納は俺を生かすために娘に罪を強いることもやってのけた。一方で、その罪を己のものとして犠牲になることも望んだ。そこには自分の願いもあったとは話しとったが、俺はその主張に大いに疑問を持っとるんよ。羅欄納は本当に自分の願いで俺を生かしたのか。違うね。そうやろ、メリア」

「……」

 当時のララナが抱えていた複雑な感情は、闇の殻にいたメリアも感じていた。

「体を借りとるメリアがいえることでもないやろうから俺の独断と責任で暴露するが、羅欄納は当時生まれとった五姉妹の感情に流されただけやよ」

 年長五姉妹が、息を殺すように聞いている。

「悲惨な死を見させるくらいなら父親の命を救う罪を犯させる。その責任を自分が負うことで母親としての間違った結論を正当化し、俺の冷遇も全て笑顔で受け入れた──」

 ララナの愛情の最たるものが自己犠牲だと八姉妹は理解したことだろう。

「そんな羅欄納と真逆の自己愛が根源なら、さあ、延長線上の異性的感情は果して自分のものと誇れるようなものか。果して、自分で責任を負えるような行動に繫がるか。果てに、遁走の道が見えはしないか」

 問掛けが、本人より正確に夜月の心を射抜いていた。

 言葉を失って両手をつき打ち震えた夜月に、オトが厳しくも優しく諭す。

「俺はね、夜月。こんな俺を求め、救ってくれた羅欄納を、心の底から守りたいと考えとる。そんな羅欄納から生まれてくれたお前さんのことも大切に思う。やからこそ俺は、俺を否定する。どんな形であれ想ってくれた羅欄納に冷遇することも平然とできた俺が俺は一番嫌いやから、俺は、俺を否定する」

 自己愛のひと。それがオトである。他方、そんなオトだから自分の愚かさを理解している。ゆえに、他者を想うことができるひとの尊さを理解し、汚泥のような自分の愚かな部分を嫌っている。

 ……でも──。

 汚泥に振り回されている夜月を知りながら、オトはここまで指摘しなかった。それは夜月の感情の根源が、じつはほかの娘にも当て嵌まっていた。みんなが意表を衝かれて息を吞んだのはそのせいだ。夜月への完全否定は、これまでオトに恋した娘全員への完全否定と同義だ。メリアも驚いたその真相を、オトとて最初から見抜いていたわけではなかった。

「何人もの娘から同じような感情を向けられて、少しずつ照らし出した真実やよ。個個に説明せんかったのは、俺は俺が一番好き、って、突きつけられて病みそうやったから。それもまた自己愛やよ」

 娘に反論の余地はない。

「夜月、改めて問おう」

 と、オトが無表情に帰して厳しく問う。「お前さんの感情は、誇れるものか、自分で責任を負えるものか。俺をどう思い、どう助け、どうなっていきたい」

「……ワタシは…………、まんまと振り回されたわけですわね」

 畳についた両手を握り拳にし、わなわなと震わせて、顔を伏せたままの夜月が語る。「わざわざ家族全員の前で指摘して、父様の手間と傷を最小限にしたわけですわね、身勝手にも。まったく……まったくもってサイテーですわね。母様は、どうして父様を選んでしまったのかしら……腹立たしいことこの上ない」

「おねぇさん……」

 納雪が背中を撫でると、夜月がふっと座り直した。

「──〔恥じない闇夜の月〕……、思えば、父様は昔、そんなことをいってましたわね」

「自分を見定めるためのアドバイスみたいなもんやよ。それもまた、自己愛から来るもんやけどね」

 自分を見失わぬための保身的思考。しかしそれは、娘の将来を案ずるがゆえ。自分を守れるひとが自分しかいないとき、崩れ落ちることがないようにするための言葉といえる。

 ……そんな言葉があったら、少しは違う未来をわたしも迎えられたのでしょう。

 過去のメリアは、よりよい未来を思い描けなかった。創造神アースからも、設計上の実父母からも、特別な言葉をもらった記憶がない。自分を見失うようなことばかりで、転生後もララナを脅かしていた。

 メリアが持っていなかった誇りや責任感を、夜月が持っている。

「ワタシは、父様が大嫌いになりましたわ。……それでも、死んでほしいだなんて思えない。母様はきっと悲しむし、あの言葉をくれた父様が、今のワタシに気づかせてくれたのも確かですから、全否定するのも、大人げないわ」

「ふむ。その主張に、責任は持てそうかね」

「噓偽りないですわ」

 オトを睨むように見つめた夜月は、どこか清清しげだった。「公開処刑の如くプライドをずたずたにしてくれやがった父様には、いつか同様の場を用意してやりたいですわね」

「向上心と捉えよう。己の心を見直せたことは、歓迎したいね」

 オトが微笑し、「輝き続けなさい。親としてそれを望みます」

「──、ええ」

 うなづいた夜月が不意を衝くように、「父様もね」と、返すと、

「俺に輝きなんぞないよ」

 と、無表情に戻ったオトが刻音を向く。「さ、残すところは刻音と納雪やな。まずは刻音、主張を聞かせてくれるかね」

 夜月と同じようにオトを求めていたかも知れない刻音がどのように考えているのか。既に意見を述べた姉も気になっている様子であったが、

「刻はお母ちゃんにつくことにします」

 と、いう応答だった。「お父ちゃんって平気で噓をつくし、さっきの話もどこまで本当か判らない。それならお父ちゃんに振り回されすぎなお母ちゃんを守ってあげればいいって刻は思うので」

「へえ、賢くなったね、刻音」

「えへへ、噓でも嬉しいな、お父ちゃんに褒められるの」

「じゃあ噓ってことで」

 わずかの沈黙。真偽を確かめたであろう刻音。

「こういうのも、お父ちゃんがいなくなったら感じられない。お母ちゃんも、メリアさんも、お姉ちゃん達や納雪ちゃんも、そういうの感じられないのは寂しいと思うから、刻はお母ちゃんに、それから、メリアさんにも、ついていたいです。家事なんかは子欄お姉ちゃんもしてくれると思うけど、スキンシップはぁ刻の専売って思いますぅっ」

「私利私欲やな」

「お母ちゃんもメリアさんも悦んでくれますよぅ」

 深い孤独を癒やす過度な接触。受け入れてもらえたのが嬉しくてメリアはスキンシップを避けない方針であるし、聞けばララナも断らない方針である。

「大事なものを見定めつつあるようやな」

 オトが評価する。「図図しい押掛けは嫌悪感や拒否感を煽ることが多いけど、独りの体感を確実に潰せる。この点はお前さんらならではの美点かもな」

「だからいぃぃっぱい甘えていいですよねっ」

「癒しを超えて毒になる、と、まさかまだ解ってないん」

「うひぃっ!ご、ごめんなさいぃ!」

 めったにない父の眼光が恐ろしくないはずがなくほぼ土下座の刻音であった。怯えさせることが目的ではなく、オトが瞼を閉じた。

「生まれた頃に比べれば落ちついてくれたことを認めるが。気をつけなさい、刻音」

「……うん」

 神妙にうなづいた刻音から目を外し、オトが末子納雪を向く。

「納雪、お前さんの意見はどうかな。話すべき点は解っとるよね」

「おとぉさんをどう思っているか、どう助けたいか、どんなふうになりたいか、ですよね」

「俺やったらすっかり忘れとる時間が流れとるのに、いい記憶力やな」

「記憶していただけで考えが纏まっていません……」

「得た記憶や知識から知恵をうまく導き出せんのが幼さやな。お前さんにそこを期待するのは年齢的にも厳しいと解っとる。ただ、期待してないわけじゃない、って、ことも伝えた上で、改めて自分の考えを口にしてほしいんよ、包み隠さずね」

「素直に」

「ん」

 オトの短い応答を聞き、納雪が小さくうなづいた。

 納雪の声はもともと小さい。メリアもしっかり聴く。

「わたしは、嫌です、噓をついたり、おかぁさんを苛めるようなおとぉさんが。わたしがどんなに運動してっていっても聞いてくれなくて、テーブルや布団や座布団にくっついて離れてくれないのも。けど、わたしが生まれるより前に、そんなおとぉさんがいなくなりそうなことがあったって聞いて、そうなったら、わたし達はどうなってしまうんだろうって思って……」

 納雪が見つめる座布団に、今はオトがいる。

「振り返ったら、わたし、同じような恐いこと、もう体験してました」

「その体験って」

「謐納おねぇさんが、船旅に行ってしまったときです……。謐納おねぇさんが本当に船旅に行ったのか、不安で、本当はどこか別のところへ、知らないところへ行ってしまったんじゃないかって思って、不安で、不安で……」

 ただただ音羅を頼って謐納を捜した納雪の心境は切迫していた。「わたしが誕生日のケーキをうまく作れなかったこと、怒っていたのかなとか、いろいろよくしてくれたけど本当は嫌だったのかなとか、いろいろ考えて──」

「断じてそのようなことは──」

 と、弁解しようとした謐納をオトが手で制して、納雪の言葉を引き出す。

「自分で自分が嫌になったわけやね。その体験を通して、納雪はどうしたいと思ったん」

「もっと、料理上手になって、必ず、おいしいケーキを作ろうって思いました。なんでも用意してもらうんじゃなくて、わたしがおねぇさんにいろいろしてあげられるように頑張りたいって思いました。それで、おとぉさんにも、して、して、って、いうだけじゃなくて、わたしからしてみようって、思いました」

「ひとを変えるんじゃなく、まず、自分を変えようと思ったんやね」

「はいっ」

 近代的かつ発展的で前向きな考え方に一同が感嘆の息を漏らす中、

「それで俺や謐納が変わらんかったらどうする」

 と、オトが訊いた。「周りの環境によって枝や葉を変えることはあるやろうし、それを否定するつもりはないが、そう簡単に根が変わることはない。現実問題、納雪が変わって俺や謐納が一生変わらんかったらどうする」

 一生という尺度が漠然としている幼子にするような問掛けではなかった。けれどもオトは平然と行なった。最年少の娘であろうと成長の限界を定めておらず、どこまでも高みに登れると考えている。

 対する納雪がまっすぐに答えた。

「おとぉさん達の一生をわたしは決められません。自分の一生をわたしも決めていないので。解っているのは、おとぉさんやおねぇさんにそうしてほしい・こうしてほしいって思っている自分の気持だけ。だから、その気持はなくさないようにしていたいんです」

「それを踏まえてもう一つ促すよ。納雪はこの家で、この家族で、どうなっていきたい」

「わたしは嬉しいです、愉しいって思って、みんなが過ごせたら」

 そう言って屈託なく笑った。音羅に通ずる主張が納雪らしい息遣いで純然と輝いているようだった。

 オトがメリアに、

「これ、言葉を話せる頃からさほど変わっとらんな」

 と、耳打ち。

 メリアの存在など知りもしなかったときと変わらない気持を持ち続けている納雪。血の繫がりがないひとと平等に接するのは難しいとメークランの家族との触れ合いでメリアは感じていた。納雪はメリアを母とまで呼んでいるのだからなおのこと難しいことをやっている。

「じゃあ、最後の問としよう。納雪は、なんでメリアを母親と呼ぶことができたん」

 ……っ。

 質問内容に驚いたメリアだが、

「メリアおかぁさんは、おかぁさんになりたかったんじゃないかなって思ったんです」

 と、いう納雪の答に、なおのこと驚いた。自分の気持を察してくれていた、と。

「アデルさんやアデルさんのあいだにできなかった子の分までメリアおかぁさんを愉しませてあげられたら、すごく嬉しいです」

 ……納雪さん──。

 なんと優しい子だろう。メリアは納雪の目差を受け、胸の清涼感に浸った。

「有言実行か。いうほど簡単なことじゃないな」

 オトがうなづいた。「学園に通ってなお変わらん本質──。納雪、よくできました」

「自分を変えることは思いつかなかったと思います、学園に通っていなかったら」

 大好きな結晶を描くため納雪が常に傍に置いているスケッチブックは今、ひとに声が届かないとき意志を示す役割も担っている。

 娘全員の意見を聞き終え、オトがふかぶかとうなづいた。

「うむ……、一番下の納雪まで、拙いながらもよりよい将来を願っとる状況では、ネガティブなことをいうのは躊躇われるね」

「素直な感想でしょうけど、もぉちっと前向きになったらどうです」

 納月が皮肉っぽく、「社会不適合者ってことはとっくに判ってますけども卑屈な同居人なんて誰も求めてませんよ」

「それはそうやね」

 オトがララナのように掌を合わせて、「羅欄納の分も俺が竹神家の方針を纏めよう。鈴音が旅に再出発し、謐納が家の外を守る一方、家のことをやる子も多く、魂器過負荷症対策は俺と謐納が使っとった融合魔法で解決、メリアの受け入れを拒否する総意はない。従って、これより俺、羅欄納、俺達の子、そしてメリアがこの家で暮らしてく、って、ことでいいかね」

 八姉妹がうなづいた。竹神家の大きな方針が定まったところだが、娘一人一人の展望が気になったようで、オトが細かな確認をする。

「音羅、謐納は既に魔物討伐の仕事をしとるからしばらくそれで暮らすかね」

「うん、その予定だよ」

「姉上に同じく」

「解った。鈴音は表明通り旅に出るかね」

「この神界を巡ることも考えてるけどいい」

「自衛をしっかりするならね」

「勿論。ありがとう」

「子欄は家のことをよく手伝ってくれとるからそこに従事してもいい。働きに出る選択肢もあるけどどうする」

「再就職も考えないではありませんが、納月お姉様の身の回りが心配ですし、メリアさんのサポートもかねて家にいますね」

「みんなが合流して家事の量も膨大になっとるしな、よろしく頼む」

 子欄に会釈してオトが向き直ったのは、次女納月。成人なのに無職、それでいて家事に消極的なのが納月である。惑星アースでは子欄とともに治癒魔法研究所で働いていたが。

「人間界みたいな研究所にでも再就職するん」

 先程夜月も口にした〈人間界〉とは惑星アースを指した言葉だ。

「そうですねぇ、研究所でもいいんですけど、独自に研究するのもいいかと思ってますよ」

 納月がいくつ目かの蜜柑を手にした。「家事は子欄さん達に任せられますし、アースみたくひとの粗の皺寄せを食うこともないですから、自分の研究に没頭できそうです」

 ララナやほかの姉妹のように納月ももともとは働き者。頼まれると断れないタイプであるから、ほかの所員から見れば仕事を押しつけやすい相手だったことだろう。処理しきれないような仕事量も背負い込んで無理をしてしまい、同僚の子欄に手伝ってもらうことも多かった。その影響で独自の研究が思うように進まなかったのがストレスだったようである。

「独自研究で何ができるん。メンドーでも組織に所属しとらんと発表する場も臨床試験の場も活用の場もなさそうやけどね」

「村にはナカ医院があるでしょう。ヒロオさんしか正式な治癒術者がいないってことですから実働で役立てるかもですよ」

「へぇ、研究者が治癒術者の真似事かい」

 治癒魔法の性質次第で患者への接し方が変わることから簡単な現場ではない。村唯一の小さな医院で訪れるひとも多くないようだが、医療現場であることに変りはない。ときとして思いもしない重篤な患者を治療することもあるだろう。オトがした辛口の指摘は納月の覚悟を問うたものである。

 対する納月が経験を語る。

「ボランティアでの診察と施術、それから臨床試験。経験値はお父様より上だと思いますよ。ね、子欄さん」

 子欄が公平に観る。

「資料がないお父様との比較は避けますが、お姉様の治癒魔法の腕は十分だと思います。一般にも難しいとされる体表五〇%前後の火傷にまで対応できますが、不十分でしょうか」

「応急処置なしの全身熱傷Ⅲ度の患者は。今にも息を引き取りそうな薬物中毒患者は。致死出血量の患者は」

 と、オトが厳しい状況を想定すると、「さすがにそれは……」と、子欄が口を閉じた。

「つまり、誰かの死に目に立ち会うおそれがあるわけやね」

 医療現場においてそれは極端な想定ではない。ひとを看取るような場面に何度も遭遇しては心が持たない、と、娘を心配しているかと思いきやオトはそうではなかった。

「納月、堪えられるんやね」

 と、訊いたのである。厳しい現実を突きつけてやめさせるのではなく、医療現場で働くことを考えていた納月の覚悟を量ったのである。

 納月が一房食べて、答えた。

「病を作り出す社会構造もある。そんな現実にはさすがに気づいてますよ。ただ、手から零れ落ちた命も掬い上げられなかった命もありました。それも直面した現実なんです」

 研究を続けることを考えながらこれまで医療現場に戻っていなかったのは、そのせいだったのだろう。それでも再び現場に出ようと考えていた納月の真意は、なんだろうか。

「研究の成果を試すため、なんていうなら実験台扱いされる患者が不憫やな」

「その側面がないとはいえませんね、わたしは飽くまで治癒魔法の一研究者ですから。でも救いたくてやってることとはゆうまでもない。助けるつもりしかないです」

「それで俺んときみたいに理性欠損なんかさせたらどうするん」

「元来なら禁句なんですけど……治してみせますよ、それも含めてね。少なくともその気持を棄てずにやる。それが魔法の行使と結果に責任を持つ術者の存り方です」

「健康を取り戻せるよう全力を尽くすんやね」

「基本中の基本を解ってないわけないでしょ。こちとらお父様の何倍も社会人やってんですから見縊らないことですよ」

 不敵な微笑が蜜柑をついばむ。

 含み笑いも、蜜柑を手にした。

「っふふ、ゆうようになった。片づけ下手なくせに」

「私生活くらいだらしなくさせてもらいたいだけです」

「ま、子欄は近い仕事をしつつ家事も片づけもしっかりやっとったわけやけど」

「ぬぎゅっ、痛いトコ衝きますね」

 と、言うものの、父親との会話に愉しげな次女であった。「ともかくわたしはナカ医院を訪ねることにします。ちなみに就職のつもりはないです」

「ボランティアか」

「村に引き籠もってる分にはお金はあんま必要なさそうなので」

「必要ならお母様を財布として頼る、と」

そんな(そげな)エゲツナイ思考じゃないですけども、まあ、形だけはそんな感じで」

 納月の姿勢は褒められたものではない。が、オトの価値観とは一致しているようだ。

「無給の体験は無給にあらず。やってみなさい」

「ありがとうございます」

 オトのGOサインに納月が力強くうなづいた。

「納月のさらなるターンオーバに期待しつつ、次やな」

 オトが見たのは未成年の三姉妹、特に夜月である。「未成年組は学業に集中してもいいか。納雪は既に中等部にちょこちょこ行っとるし、刻音は謐納達と魔物討伐によく出とるからそれでもって働いとるといえる。夜月はどうする」

 夜月が優雅に手を振る。

「メンドーな学園を出られましたし、神界での就職を考えます。ひとまず、近辺の土地勘を得たいですわね」

「またモデル業」

「新しい一面を探るのもよさそうですわ」

「方針はないってことやな」

「ロボットになれとでも」

「いいや。無駄あってこその人間やからね」

「無駄しかないだけあってよ〜く解ってますわね、父様」

「当てどなく歩むとして、何を見つけたいかは聞いておきたいけどね」

「ざっくりといえば『目的』ですわね」

「そんなところやろうな」

 目的を見つけるのが目標ということか。

「自分磨きは得意ですけど、誰に媚びたいわけでもないですし……」

 夜月が囲炉裏の炭を見つめた。「照らされているものに価値はない。誰も知らない無駄に埋もれたものにこそ、価値があるとワタシは思いますわ」

「嫌いじゃないよ、そういうの」

 オトが認めて、「じゃ、夜月は家を拠点に動くんやね」

「そういうことになりますわね。就職するにしても、恐らく実家として活用しますし、何も必ず一人暮しせよという話でもないんでしょう」

「選択自由やよ」

 オトが娘を見渡す。「羅欄納も同じことをゆうやろう。俺も同じ意見やから伝えとく。ここはみんなの家、謂わば本拠地だ。巣立ってもほうぼうに配慮するなら出入りしていいし予定を教えてくれれば留守にしてもいい。各各のやりやすいように活用してね」

「『はい』」

「ん、いい返事やね」

 竹神家の方針、八姉妹の今後が概ね定まったところで、掌を合わせたオトが「ここらで昼食にしよう」と呼びかけ、家族会議が和やかに閉会した──。

 ……音さんと羅欄納さんの娘は、さすがですね。

 姉妹間の会話が途切れることはなく、時折自然とメリアに話が流れてくる。だからこそ、メリアは少し気になった部分もあったのだ。家族会議で八姉妹の気持や展望を聞く一方、異分子であったはずの自分の意見を聞く時間があまりに短くなかったか、と。やはりというのかオトはその疑問を察していたようで、皆が談笑する様子を眺めて伝心をくれた。

(お前さんの意見はみんなに充分伝わっとる。それに、展望のこととなったら刻音の誕生日のことしかいわんやろ)

(あ……)

 これまでやってきた竹神邸での家事でみんなに気持を伝えることができていた。だからみんなに受け入れられたとメリアも解った。改めて伝える必要はなかったのだ。ついでに、

(誕生日のこと、当日まで隠していたほうがきっと悦んでくれますね)

(刻音やったら事前に伝えても嬉しがるやろうけど、そうゆうことやよ)

 と、言ったオトも参加する気持ができているということだ。

(念のための確認です。音さん、刻音さんを祝ってくださるのですよね)

 当日になって意見を翻されてはたまったものではないので言質がほしい。

(刻音がメリアを受け入れた時点で祝福拒否を取り下げるって伝えたつもりなんやけどね)

(ですから念のため、です)

(存外、信用ないね)

(平気で噓をつく。刻音さんや納雪さんの言葉も信じたいのです)

(変なとこだけ信じんくていいのに。まあ、ひとを信ずる上で慎重さは必要やな)

 オトが改めて約束する。(刻音を一緒に祝おう。新しい家で迎える初めてのイベントやし、邪魔立てする気は全くないよ)

(それを伺えて安心しました。……はい、一緒にお祝いしましょう)

 刻音の誕生日は、きっといいものになる。

 ……いいえ、きっと、いいものにします。

 オトはもとより刻音以外の七姉妹やオトに仕えるクム達との打合せも必要だ。旅に出ると言った鈴音や土地勘を得るため外回りに出る可能性がある夜月に予定を空けておいてもらわなくては。

 ……やることがたくさんありますね。

 刻音に拒絶されていたときと今とで、心持が大きく変わったということもない。だが、やれることが確実に増え、明確にもなってゆく。竹神家の異分子たる存在としてではなく、ララナと同じように、オトの妻として、八姉妹の母として、

 ……道筋が、見えてきました。

 乗り越えなければならない過去もまた見定まっていた──。

 

 

 

──一二章 終──

 

 

 

 

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