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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
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第7話 視線

途中下車――(尚美の場合)

(ああ、まただ……)


尚美は視線を感じ、その方向を見る。


(またいた……)

しばらく見かけなかったのに、と尚美は思う。ここ1年ほど前から、朝の通勤電車の中で見かける男。彼はいつも尚美をじっと見つめてくる。そして、その視線に気づいて振り返ると、男は笑う——とても気持ちが悪い。その顔を見るたび、尚美の表情はこわばってしまう。電車の時間を変えたり、さまざまに工夫してみたが、それでもたまに遭遇してしまう。男はサラリーマンではなさそうだ。


 ただ、何かをされたわけではない。もし痴漢されたのなら叫んだり、警察に突き出したりするのだが、そういうわけでもないところが厄介だ。


 以前、仕事帰りの電車の中でその男を見掛けたことがあった。尚美は男が気づく前に電車から降り、人ごみに紛れてそのホームから出て駅の外へ向かった。そっと後ろを振り返り、男がいないことを確認してホッとする。気づかれなかったという確信はあったが、それでも少し不安がよぎった。


 (しばら)くぶらぶらと歩き、可愛らしいカフェを見つけてふらりと入った。特にコーヒーが好きというわけではないが、とても香ばしく、良い香りがした。店内を真っ直ぐ進み、カウンター席に座る。


「いらっしゃいませ」

「あ、えっと……じゃあ、モカを」

「かしこまりました」


出てきたコーヒーを口に含むと、心からホッとした。


「お仕事の帰りですか?」

「ええ。でも、この近くに住んでいるわけではないんです」

「そうですか」

「素敵なお店ですね」

「ありがとうございます」


コーヒーカップを両の掌で包むように持ってその温もりを感じる。

「私って、もしかして自意識過剰なのかも……」

無意識に呟いてしまい、ハッとする。


「どうされました?」

「……えっと……通勤電車でよく見かける人がいるのだけど、何だかいつもこっちを見ているような気がして……ちょっと気味が悪くて。気のせいかもしれないのだけれど」

「そうなんですか。それはちょっと、心配ですね」

「今日もその人を見かけたから、慌てて電車を降りちゃったの」

「ああ、それでここに?」

「でも、こんな素敵なお店を見つけられたのはラッキーかも。コーヒーもすごく美味しいし」

「ありがとうございます。少しでも一息つけたなら良かったです」

「ええ、途中下車だけど、また来たいです」

「はい、是非」


 それから尚美は、そのカフェに月に1度ほど顔を出すようになった。あの美味しいコーヒーをたまらなく飲みたくなる時がある。朝、あの男に出くわした日などは特にそうだ。飲むと不思議にとても気分が落ち着くのだ。

 

 そして今朝、またあの男が同じ電車に乗り込んできた。これから仕事に向かうところだったから、途中下車してカフェに逃げ込むわけにもいかない。まあ、何をされるというわけでもないのだが……。


 尚美は、できるだけ男のほうに顔を向けないようにしていた。しかし、その視線をびんびん感じる。


(気のせい、気のせい……)


自分自身にそう言い聞かせる。電車を降りるとき、ちらっと男のほうを見た。その瞬間、男は確かに尚美を見て、ニタッと笑った。全身にゾワッとした悪寒が走る。


(気のせい……じゃない!)


だから今日も尚美は帰宅途中、あのカフェに向かった。


「マスター、あの男、またいたよ。絶対、気のせいじゃない」

「それって、もしかして今朝のことですか?」

「うん」

「ああ……」

「え? 何?」

「いえ……。今日もモカでよろしいですか?」

「あ、うん。でも、何にもされたわけじゃないしね……どうしようもないよね」

「そう……ですね。でも、お気をつけて」

「うん……ああ、でも、ここのコーヒーを飲んだらちょっとホッとした」

「それは良かったです」

「ありがとう、マスター」

コーヒーを飲み干した尚美は、来たときよりも少し軽くなった足取りで扉へ向かった。


「またね」



                                終


お読みいただきありがとうございます。

こちらのお話しは第5話「彼女」と紐づいています。


いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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