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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
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第40話 天国への階段

ー渡し人ー

 ここは、川沿いにあるとあるカフェ。私はこの店の店主である。

ここにやって来る客は、少し風変わりだ。まあ、半分以上がこの世の者ではないのだから、無理もない。


「マスター、ここのコーヒー、美味しいね」

「ありがとうございます」

「ねえ、それはそうと、僕っていつからこの店に来るようになったんだろう? この間から考えてるんだけど、どうもはっきりしないんだ」

「さあ、いつでしたかね」


目の前の青年は、この世の者だ。だが、死者との繋がりがある。

ここにやって来る生ある者たちは、死者と何らかの関わりを持っている。そして、ここにはすぐには旅立てない、彷徨える死者たちが集まる。自分が既に死んでいることに気づいていない者もいる。しかし、時が経てば、自らの死を受け入れ、この世への未練を断ち、巣立っていく者も多い。


 先日も、長らくここに通っていた一人の女性が、扉の向こう側へと消えていった。彼女は最初、中学生の男の子の背中に背負われるようにして現れた。女性は離れたがっていたが、男の子が自分の死を理解していなかったため、死んだときの姿のまま、この世を彷徨っていた。


 男の子が自分の死に気づけなかったのは、母親がその死を認められなかったからだ。突然、我が子を失った親なら、きっと誰でもそうなるだろう。母親の息子への強い想いが、彼をこの世に縛りつけていた。


 だが先日、ようやく母親は現実を受け入れ、男の子はこの世から解放された。けれど一人になった女性は、すぐには旅立てなかった。なぜなら、自分がなぜ死んだのか、その理由を理解していなかったからだ。彼女は自分の死を理解していたし、どんなふうに死んだかも記憶していた。だが、なぜ死に至ったのかという理由は知らなかった。それは彼女自身が殺された――という事に思い至らなかったからだ。


 この世を彷徨う者たちは、生きていた時の全ての記憶を有しているわけではない。とくに、死の瞬間の記憶は、ほとんどの場合、失われている。彼女もその一人だった。ただ、自殺はしていない、ということだけは分かっていた。だが、ではなぜ死んだのか。なぜビルの屋上から落ちたのか――。


 彼女がこの世にとどまっていたのは、その理由を知りたい、という思いが強かったからだ。ところが先日、ここで彼女をビルから突き落とした男と遭遇し、その記憶を取り戻したようだった。もっとも、その男もすでにこの世の者ではなかったのだが。


 ここには彼女の妹と、恋人も訪れていた。彼女がここに来るからだ。その魂に導かれて、彼らもまたここにやって来た。本人たちは無意識のうちに。二人に会い、死んだ理由を知り、納得とまではいかなくとも、諦めがついたのだろう。彼らの笑顔を見て、彼女は穏やかな顔で天へと昇っていった。


 だが、あの男は――彼女を殺した男は――永遠に扉の向こうには行けない。罪を犯した魂は、救われることがない。やがて記憶は全て失われ、苦しみと恐怖だけが残る闇の中を、彷徨い続けることになる。現世では罪を逃れても、黄泉の世界では逃れられない。そこには証拠も裁きもいらないからだ。


 そして、彼らに来世が訪れることもない。彼女が旅立ったことで、あの男はここにも来られなくなった。あの男がここに来れたのは、彼女の魂に呼ばれていただけだったから。彼は闇の住人となり、そこから逃れる術は、もはやどこにもない。


 さて、私の目の前にいる青年も、今日が最後の訪問になるだろう。彼の背後で女性が微笑んでいる。その女性は生前、このカフェに何度か訪れていた。だが、ある日、交通事故で亡くなった。女性が不慮の死を迎えることは、私には見えていた。だからこそ、彼女はここに現れたのだ。


 死者と関わりがないのにここを訪れる者は、近く死を迎える運命にある者だ。そして私がその運命を彼らに告げることはない。私はそれを言う立場にはないから。


 あの女性が青年の後ろで微笑んでいるということは、きっと間もなく問題が解決するのだろう。女性には、この青年にどうしても伝えたいことがあったようだ。彼女自身、それに気づいたのは最近のことらしい。彷徨える魂とは、自分がなぜ彷徨っているのか分からぬまま、ただ留まり続ける者たちだ。だが、その理由に気づけば、光の向こうへと歩いて行ける。青年に再会したことで、彼女の記憶が呼び覚まされたのだろう。

 

 この女性が亡くなった後、ご主人がこの店を訪れるようになった。でもそれも、もう終わるのだ。関わる死者が旅立つと、生者はここを訪れなくなる。ここに来ていたことも、このカフェの存在さえも、記憶から消えてしまう。ここは、そういう場所だ。


 私は、死者と生者を繋ぐ渡し人。そう、私自身もまた、この世の者とは()なる存在である。


「いらっしゃいませ」


おっと、声をかけてはいけない。あれは生者ではない。


 今日もまた、新たな彷徨える魂がやって来た。


 おやおや……彼もまた、扉を開けることができない魂のようだ。扉の向こうにあるのは、天国へと続く階段。この世への未練を断ち、心を浄化した魂だけが、昇ることを許される階段である。


 そうそう、このカフェの横を流れる川は、俗に「三途の川」とも呼ばれている。

次にやって来るのは――あなたかもしれない。そのとき、あなたは生者か、それとも……。


それではまた、いつの日か、お目にかかりましょう――。



                       完

お読みいただきありがとうございます。

こちらは短編連作となります。

こちらのお話しはこれまでの前作のまとめとなります。


他の話も合わせてお読みいただければ幸いです。

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今後ともよろしくお願いします。

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