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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
4/40

第4話 淡い想い

流れる時間――(美由紀の場合)

(今日は来ないのかしら…)


美由紀は店内にある柱時計に目をやる。もうじき午後4時になる。そろそろ帰る時間だ。

 

 美由紀は溜息を()くようにして、誰も座っていないカウンターテーブルに目をやる。この店に来るようになって、どれくらい経っただだろうか。2年?(いや)、3年目になるだろうか。きっかけは雨宿りだった。この前を通りかかった時、偶々(たまたま)夕立に遭い、川沿いにあるこの小さなカフェの軒下に立っていた。


 すると、中に入ろうとした客の1人が


「ここのコーヒー、美味しいですよ。特にキリマンジャロはお勧めです」


と、声を掛けてくれた。夏とはいえ雨に打たれ、特にコーヒーが好きというわけでもなかったが、体が冷えていたので温かいコーヒーも悪くないと思い、中に入ってみる事にした。

 窓際の二人掛けのテーブルに腰を掛けると、店主が水を持ってきた。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

「じゃあ、キリマンジャロを…」

「承知いたしました」


その声に反応して、カウンターに座っていた先ほどの男性が振り返り、小さく会釈をした。その笑顔に少しドキッとする。その顔は大学時代付き合っていた彼とどことなく似ているように思えた。


 彼とは些細な事で喧嘩し、そのまま終わってしまった。今でも思い出すと少し胸が痛くなる。どうして、あの時、あんなつまらない意地を張ってしまったのか。もし素直に謝っていたなら、きっと人生は変わっていたのにとつい思ってしまう。

 

 大学を卒業して3年後、美由紀は知人の紹介で知り合った男性と2年の交際を経て結婚した。大恋愛というわけでもない、なんとなく、こんな物かという感じだった。でも娘も1人生まれ、生活は平穏そのもので何が不満という事も無かった。ただ、夫との会話は殆どなかった。夫は仕事人間で家庭には無関心のように思えた。

 昨年、娘が結婚して2人の生活になると会話はますます減った。


「行ってらっしゃい」


「お帰りなさい」


美由紀が家で発する言葉は、これだけという日も少なくなかった。もうじき定年を迎える夫と一日中一緒に過ごす事になったら、どうすれば良いのだろう。そんなことを考えると少し憂鬱になってしまう自分がいる。


「マスター、俺さぁ、いつかこんな店やりたいんだなあ」

「カフェをですか?」

「うん」


さっき、カウンターに座った客と店主との会話が聞くとも無しに耳に入ってくる。美由紀の頭の中にカウンターの中でコーヒーを淹れているその男性の姿と、コーヒーをテーブルに運ぶ自分の姿が浮かんだ。


(私ったら、何、馬鹿な事考えているの…さっき会ったばかりの人、しかも息子みたいな男性ひとだわ)


そんな事を思って苦笑する。どう見ても美由紀より20歳以上若いあの男性と美由紀の人生が交わる事がないのは分かり切っている。でも想像の中の自分の姿は20代の姿であった。思いというは勝手なものだけど自由なのだ。自嘲的な笑みを浮かべ、ふーっと溜め息をつく。


 以来、美由紀はこのカフェに週に一度の割合で来るようになった。あの雨の日と同じ時間の午後2時頃から4時頃までの2時間をここでのんびりと過ごす。特に何か目的があるわけでもない、ただの息抜きのようなものだ。

 

 でも目の端で、最初に会ったあの男性の姿を追ってしまう。彼はいつもいるわけでもないが3回に1度くらいの割合で会う事ができた。その様子をそっと伺う。少し、元気がないと気になる。顔色が悪いと大丈夫だろうかと思ってしまう。言葉を掛けるわけでもない、それでも少しでもこの同じ空間で過ごせたらと淡い思いを抱いていた。

 

決して口にする事のない想い――。


(次はいつ会えるかしら……)


 そう思いながら、美由紀は今日もカフェを後にする。



                                            終

お読みいただきありがとうございます。

今回のお話しは第1話「君の面影」と紐づいています。


いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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