第37話 終焉の光
ありがとう――(葵の場合)
ここは……ああ、ここは私が死んだ場所だ。私が落ちたホームだ。
なんで私が死ななければいけなかったのか。なんで、あんな知りもしない男のために落ちなければならなかったのか。なんで、あんな残酷な死に方をしなければいけなかったのか。あまりに突然で、私は自分が死んだことをずっと理解できずにいた。自分がどこの誰かも分からずに、この世を彷徨っていた。なんで彷徨っているのかさえ、分からなかった。
でも、あのカフェに行って、あの男の顔を見た時に全部思い出した。私に付きまとっていた、あの男――悔しい。まだ死にたくなんてなかった。やりたいことも、まだまだたくさんあった。悔しくて、悲しくて、この地から離れられなかった。
だって、あの男は何事もなかったかのように、普通に生きている。そんなのおかしい。そう思うと、ますます私はこの世から去れない。未練が、執着が、私をこの世に縛りつける。こうやって、私はずっと彷徨い続けるのだろうか。私が死んで、いったい何年経ったのか……それも分からない。
そうしたら、あの男が突然こちらの世界にやって来た。でも、死んではいない。なんだかよく分からない。たしか、警察に捕まったのだ。取調室で、あの男が尋問を受けている姿を、私は見ていた。あの男は、少しも悪びれていない。悪いことをした意識もない。私に付きまとっていた、なんて微塵も思ってはいないのだ。
なんで、こんな男のために……怒りが極限に達したその時、男が突然苦しみ出した。
喉を押さえてもがいて――そうしたら、真っ黒い魂が男から抜け出した。
こっちに飛んでくるかと思ったら、そのまま私を突き抜けていった。ただ叫び、苦しみ、もがいているあの男の魂を感じた。その魂は、重い鎖に繋がれてのたうち回っていた。
ああ――これが、あの男の末路か。そう感じた。あの男は、このまま永遠に終わることのない時の流れで、苦しみ続けるんだ。ちゃんと罰を受けたんだ。その時に、私の脳裏にあのカフェのマスターの顔が浮かんだ。あの男にこの結末を与えたのは、あのマスターなのでは……などという、何の根拠もない考えが浮かんだ。でも、溜飲が下がった。そしてその瞬間、私はあの男から解放された。
気がついたら、このホームに来ていた。誰だろう? 誰かが手を合わせてくれている。あれは、私に向けられたものだ。そう感じる。あの女性は、あの男が最近付きまとっていた女性のうちの1人だ。見ず知らずの他人なのに、なんで私のために手を合わせてくれているのだろう。でも、とても温かい。なんだか嬉しい、まだ私を思ってくれてる人がいた。忘れていた優しい感情が蘇る。
――ありがとう――
そう声を掛けた時に気づいた。そうか、私、もうここから離れていいんだ。離れられるんだ、と。そうしたら視界によく知っている人の顔が目に入った。
「……葵の知り合いですか?」
(あ……)
懐かしいあの人の、優しい声。思い出した、私の名前だ。そしてあの人は、私の愛した人だ。あの人と一緒に生きていくはずだったのに、もうそれもできなくなってしまったんだ。でも、ずっと思っていてくれたんだね。やっぱり悔しいよ。でも、仕方ないね。私、やっと終わりの時が来たみたい。。
遠くに光が見える。あの光が、私を呼んでいる。
――やっと、逝けるよ。最後にあなたに会えて、よかった。ううん、きっと私、あなたに会いたかったんだ。だからこの世に彷徨っていたんだ。あなたはうんと、うんと長生きしてね。ずっと一緒にいられなくてごめんね。私と出会ってくれてありがとう。
私、あなたの笑顔が大好きだったよ、だから、もう私のこと、忘れていいからね。
あなたに会えて私は幸せな思い出を沢山沢山思い出せたから――。
終
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こちらは短編連作となります。
こちらのお話しは第5話「彼女」、第22話「私を殺した男」、第28話「足音」、第33話「誤解」と繋がっています。
また第7話「視線」、第12話「疑惑」、第14話「罪の意識」、第19話「偶然」、第32話「何もしていない」と関連があります。
合わせてお読みいただければ幸いです。
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