表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
36/40

第36話 謝罪

あの声が聞こえる――(遥斗の場合)

「いらっしゃいませ」


今日また僕はここにきてしまった。そしてそっと、中を見回す。……いない。あの女の人はいない――いや、いるはずがないのは分かってる。だって、とっくに死んでいるのだから。でも、この前、僕には、確かに見えたんだ。頭から血を流しながら、僕を見て……笑っていた。あの人が。


「どうかしましたか?」


僕の様子に気づいたマスターが、静かに声をかけてくる。すべてを見透かしているような口調に聞こえる。


「あの……今日は、鶯色のワンピースを着た人は……」

「さあ? そういう方は見てませんが」

「……そう、ですよね」


でも――あの時、マスターも確かに、あの女の人を見ていたような気がした。気のせいだったのだろうか。


(……やっぱり、気のせいだよな)


そりゃそうだ。幽霊なんて、現実には存在しない。しかも僕に微笑みかけて、声までかけてきたなんて……あるわけがない。幻だ。妄想だ。――そう思おうとしても、僕の心はざわついていた。子供の時と同じように、。また逃げてしまった。でも、誰だって怖いに違いない。怖くて逃げたくなるというもんだ。この世にいないはずの人が、血を流して僕を見上げて笑ったら……誰だって、きっと。


「今日は……少し、苦いコーヒーが飲みたい気分で」

「では、マンデリンなどいかがでしょう?」

「うーん、よく分からないけど……マスターのお勧めなら、それで」

「承知しました」


このマスターは――何だか掴みどころがない。静かすぎるその所作と、何もかも見えているような目。嫌な感じがするわけじゃない。


「ああ……そういえば」

「……ん?」

「もう何年も前になりますが。よく鶯色のワンピースを着た女性、うちにいらしてましたよ」

「えっ……」

「いつもあの窓際の、隅の席に座って。キリマンジャロを好んでおられましたね」

「……それで、その人は?」

「何年か前、交通事故でお亡くなりになったそうです」

「あ……」


……やっぱり。僕はあの女の人に、呼ばれたんだ。この場所に。生きていたときも、死んでからも。マスターは、どこまで知っているのだろう。いや、知っているはずはない。僕はあの事を誰にも言ったことはない。


「その女性が亡くなられた後に、主人がときどき顔を出されてましたけどね。……でももう、お見えにはならないでしょうね」

「どうして?」

「もう片が付きそうですから」

「どういう意味?」

「いえ…」


マスターはふっと目を伏せ、ゆっくりと彼女が座っていた席のほうへ視線を向けた。


 あの女の人は、僕を……恨んでいるのだろうか。だから、僕の前に現れたのだろうか。僕は、ずっとこの罪を――答えのない問いを、抱えたまま生きていくのだろうか。……僕のせいで、死んだんだ。けれど。後ろから追突してきた車はスピード違反だった。僕は、悪くないはずだ。でも、違う。言い訳がしたいんじゃない。


(ごめんなさい)


本当は、ただそれだけを言いたかったのに。僕は、逃げた。だからきっと、怖いんだ。だから――見えるはずのないものが、見えてしまうんだ。


「大丈夫」

「……え?」

「きっと、大丈夫ですよ」


マスターは、コーヒーを静かにカウンターに置きながらそう言った。


「何のこと……ですか?」

「いえ。ただ、なんとなく……」


やっぱり、このマスターは……変だ。でもその言葉は、僕が今一番欲しかったものだった。なぜ、分かったのだろう。


 会いたくないのに、見たくないのに、信じたくないのに。ここに来れば会えるかもしれない――そう思いながら、僕はまたここに来てしまう。


そしてまた、聞こえるんだ。どこからともなく、あの声が。


――やっと……会えたわね――



                            終

お読みいただきありがとうございます。

こちらは短編連作となります。

この話は第11話「私の席」、第23話「この世の狭間」、第27話「消えた女性」と繋がっています。

またこちらの第1話「君の面影」、第4話「淡い想い」と関連があります。


合わせてお読みいただければ幸いです。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ