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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
34/40

第34話 必然

伝えたい想い――(真央の場合)

 会いたかったあの人が、私の目の前にいます。私は、彼に伝えたかったのです。だから、ずっと彷徨っていたのだと、やっと気づきました。彼が自分を責め続けていたから——


 だから私は、「自殺じゃないよ」って、それだけを伝えたかったのです。


 でも、私にはその術がありません。こんなに近くにいるのに、私は彼に触れることも、話しかけることもできない……。私の体はもうとっくに消滅して、ここにいる私は、ただの幽霊でしかありません。マスターは私の存在に気づいているけれど、そういう話はきっと、彼にはしてくれないでしょう。


 私は何度もこの店に来て、マスターが私のような存在に気づく人だと分かりました。そのせいでしょうか。ここには私以外にも、彷徨う魂がいくつも通り過ぎていくようです。そんなことを思いながら、彼の背中を見つめていたら、若い女性が入ってきました。


「マスター、こんにちは」

「いらっしゃいませ」

「……あ、西城さん! 良かった、会えて。話したいことがあったんです」


入ってきて彼に話しかけたその女性が、一瞬、私を見たような気がしました。もしかして、視えている? ……そんなはずない。生きている人は、ほとんど私に気づきません。


 私はそっと、彼の背に手を伸ばしました。彼は振り返りませんでしたが、彼の隣に座った女性が、その私の手に視線をやったように見えました。そして、再び彼に話しかけてきます。


「あのね、西城さん。西城さんの彼女って、自殺じゃなかったと思うんです」


(えっ?)


「え? なに、それってどういうこと?」

「この前、西城さんの亡くなった彼女の話を聞いて、しかも私と同じ会社にいた人だって分かって……ちょっと気になることがあったんです」

「気になることって?」

「うちの会社にすごく怖いお局様がいて。昔、若い女性社員をいじめて自殺に追い込んだっていう噂があったんです」

「それって……もしかして……」

「私もそうかなって思って、直接そのお局様に聞いちゃいました」

「それは……随分と大胆だね」

「私、気になると黙っていられなくて。それで、そしたらお局様が打ち明けてくれたんです。彼女が、セクハラ上司と言い争って揉めて、その上司に突き飛ばされて……屋上から落ちていくのを見たって」

「……?」


彼は、あまりの衝撃に声も出ないという顔で、女性をまじまじと見つめています。


「でも、そのことを誰にも言えなかったって。そのうち、彼女は“自殺”ってことになって……」

「なんで言わなかったんだ? だって、それって、殺——」

「お局様、昔仕事で大きなミスをしたとき、その上司に助けられてクビにならずに済んだそうです。その頃、お母さんの介護でお金が必要で、会社を辞めさせられたら困る状況だったって……恩があったからって……でも、“言わなかったことがずっと胸につかえて苦しかった”って……泣いてました」

「それで、その上司は……?」

「もう亡くなったそうです。定年退職したあと、脳梗塞で倒れて半身不随になって……3年ほど奥様に介護された末に、2年前に——」

「死んだ……って……?でもそれじゃ、彼女が、真央があまりにも可哀想だ……いくらそいつが死んだからって、許されることじゃない……。自殺なんてことにされて、どんなにか……」

「そうですね……。コーヒー好きの、とても優しい女性だったって、お局様が言ってました」


そう言いながら、女性は私の方を見ました。——ああ、やっぱり。この女性には私が視えている、そう感じました。そして、私が彼に伝えたかったことを、彼女が代わりに話してくれたのです。


 話の内容からすると、この女性はこの店で彼と知り合い、彼の口から私の話を聞いたのでしょう。偶然にも、私のいた会社は彼女の勤める会社でもあり、真相を確かめることができたのです。


(偶然……? 本当に、そうなのかな?)


そう思ったとき、マスターと目が合いました。


 こんな偶然があるだろうか、もしかして——ここは、このカフェはそういう場所なのではないでしょうか。必要な魂が、必要な出会いを果たす場所。


 この女性と彼との出会いは、私の心残りを断ち切るための、必然の出会いだったのではないでしょうか。

彼が、私の死を「自分のせいだ」と苦しんでいたから。悩みを聞いてあげなかった、理解してあげられなかったと、責め続けていたから——私は、それを解きたかったのです。


(あなたのせいじゃないのよ)


ずっと、ずっとそう伝えたかった。私は、あなたの優しい笑顔が大好きでした。あなたと過ごした時間が、とても大切で、とても幸せでした。その思いを伝えたくて、私はこの世を彷徨っていたのです。


 長いあいだ、それすら忘れていたけれど……。


 もっと、もっと彼のそばにいたかった。彼と同じ世界で生きていたかった。でも、それはもう叶わない夢。……私ももう、旅立つときが来たようです。


「ねえ、コーヒー、美味しい?」


(もう1度、あなたに淹れてあげたかったな…)


――それじゃあ……幸せになってね。



                             終

お読みいただきありがとうございます。

こちらは短編連作となります。

こちらのお話しは第6話「離れられない」、第20話「記憶」、第26話「記憶の断片」、第31話「妹」と繋がっています。

また第2話「曖昧な記憶」、第8話「睨む女」、第10話「誕生日」、第15話「悪寒」、第16話「消えない光景」、第21話「不可思議な事」、第24話「不慮の再会」、第25話「災難」、第29話「懐かしい声」と関連があります。


合わせてお読みいただければ幸いです。

いいね・評価・ブックマーク&感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

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