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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)
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第30話 理不尽な死

別れの時――(悠馬と綾乃の場合)

―母さん、コーヒー美味しいね

―ほんとね

―母さんと一緒にコーヒーが飲めて良かった。僕、もう行かなけきゃ

―行くって、どこに?

―ごめんね、母さん。僕親不孝で…

―何を言ってるの、悠馬

―ごめんね、ずっと一緒にいられなくて、ごめんね

―悠馬?悠馬――


「悠馬!」


自分の声にハッとして目を覚ました。

 

 息子が死んでから、何度も何度も夢に出てきた。でも、こんなに息子の声が耳に残っているのは初めてだ。今もまだ耳の奥に残っている。あれは、確かに息子の声だった。


 私が知っている息子の声は、いつまでも少年のまま。まだ声変わりもしていなかった。私は大人になった息子に会うことはできない。もう、永久に――ずっとその事実を認められずに生きてきた。


 それに、ずっと感じていた。私のそばに、あの子の存在があることを。でも最近、ふと思った。私の想いが、あの子をこの地に縛り付けているのではないかと。あの子を、もう解放してあげなくてはいけないのかもしれない。そうでなければ、あの子は生まれ変わることすらできないのではないかと。


 昔、祖母に「死んだ子の歳を数えてはいけない」と言われたことがある。祖母は、私の父を産む前にお腹の子を亡くしていた。毎日毎日、その子が生まれてくるのを楽しみにしていたのに、妊娠八ヶ月で破水。病院に運ばれたが、「子どもの心音が聞こえない」と言われ、そのまま帝王切開したけれど、もう亡くなっていたらしい。前日まで胎動も感じていた我が子がどうして――と、すぐには受け入れられなかったそうだ。その話を聞いたとき、私は中学生だった。正直、祖母の悲しみがどれほどのものか分からなかった。ただ、祖母がよく口癖のように言っていた言葉を覚えている。


「死んだ子の年を数えると、その子は成仏できないんだよ」


とても寂しそうな顔をしていたのは鮮明に記憶に残っている。息子が死んでから祖母のその言葉をよく思い出すようになった。知らなくてよかった子をなくす痛みも――。


 でも、「もし今、生きていたら……」と考えてしまうのが母親なのだろう。それでも、成長した息子の顔は想像できない。私ももう……あの子を天国に送ってあげなくては。やっと、そう思えるようになった。


「悠馬……ごめんね。お母さん、悠馬と離れたくなかったの……」


*  *  *  *  *


 母さん、僕もずっと、自分が死んだことに気付かずにいたんだ。最近になって、やっと分かった。僕の背中にずっとへばりついていた、あの女の人は何度も僕に「もう死んでるんだよ」って言っていたのに、僕はそれが自分のことだとは思えなかった。母さんが僕の死を認めたくなかったように、僕も認めたくなかったんだと思う。だって、母さんのそばにいたかった。だから僕、ずっと彷徨っていたんだね。


 でも母さん、僕もう分かったよ。あの時、飛び降りてきた女の人の下敷きになったのが僕だった。あの瞬間、僕は死んでいたんだ。それからの時間は、流れるのが早かったり遅かったりして、僕には時間の感覚がなかった。でも、もう12年も経ってたんだね。


 そっか、生きていたら26歳か。でも母さん、僕にも分からないよ。26歳の自分なんて、想像できない。だって、僕はやっぱり14歳のままだから。


――母さん、僕、もうすぐ別の世界に行くみたい。何となく、そんな気がするんだ。今度こそ、本当のお別れだね。だけど、やっぱりすごく理不尽だと思うよ。空から人が降ってくるなんて、普通は思わないよね。避けようがないよ。あれっきり、僕の人生が終わってしまうなんて――やっぱり理不尽だよ。何て、今さら言ってもしょうがないけど。


 母さん、ずっとずっと、僕のことを思ってくれてありがとう。でも、もう泣かないで。僕、天国に行くから。……って、行けるのかな? でも、きっと大丈夫だよね。僕、何か悪いことをする前に死んじゃったから。


 たった14年だったけど、母さんの子どもに生まれて、本当に良かった。


「じゃあ、行くよ、母さん。ありがとう。またね」


――いつかまた、母さんの子どもに生まれて来れたらいいな。


*  *  *  *  *


「コーヒー、入ったよ」

「ありがとう。あのね、今、悠馬の声が聞こえたの」

「そう。悠馬、なんて言ってた?」

「ありがとうって。あの子ね、天国に行っちゃったみたい」

「そうか……あいつにも、俺の淹れたコーヒー飲ませたかったな」

「あ、そういえば……」

「何?」

「一緒にコーヒーを飲んだような…変ね…そんなはずないのに」

「きっと、悠馬も君と一緒にコーヒーを飲みたいと思ったんだろうな」

「……うん」


変だな。どこかのカフェに、息子と一緒に行ったような気がした。でも、どこのカフェだったかな……頭の中がすごくぼんやりしている。そんなカフェ、あったかな……夢?


 だって、あの子はもうとっくにこの世にいないのだから。一緒に行けるはずもない。私はカフェに1人で行ったことなんて、ないはず……。でも、頭の中に微かに残るコーヒーの香りと誰か。カウンターの向こうでコーヒーを淹れている、マスターらしい人の影。あれは……。


(あれも、夢だったのかな……?)



お読みいただきありがとうございます。

こちらは短編連作となります。

このお話しは第2話「曖昧な記憶」、第17話「止まったままの時間」、第21話「不可思議な事」、第25話「災難」と繋がっています。

また、第6話「離れられない」、第20話「記憶」と関連があります。

合わせてお読みいただければ幸いです。


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今後ともよろしくお願いします。

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